第3話    「あー……始まってしまいましたか」

「なんだ、それは」

「茶色いペースト? 透き通ってる液体はいいとして、もう一つのはどす黒い液体に見えるけど、泥水……はさすがにないですよね?」

「これは私の故郷の調味料です。味噌みそとしょう油、みりんって言います」


 部屋から持ってきたものを調理台に置くと、アンナさんとヴェルツさんの好奇の眼差しが向けられた。しげしげと観察してるけど、やっぱり珍しいものなのかな。

 外国人の方って、日本の味噌みそとかしょう油に驚くってテレビでも聞くから。


 神様にこちらの世界に飛ばされたとき、買い物帰りだったから持ち物の中にこの3つがあった。今まで慌ただしかったのと、もったいなかったからで今まで一度も使わなかった。

 だけど、もったいないって出し渋っていたらいつまでもそのままになりそうだったから、良い機会だって思って使うことに決めた。賞味期限とかもあるしね。

 日本食が恋しくなったって言うのも、大きな理由の一つだけど。


 一緒にこの世界に持ち込んだ食材が腐り始めてたっていうのも理由の一つなのは内緒。

 明日にでもコッソリ捨てに行こう。この世界は冬の気候で寒いから腐りも遅かったみたいで失念してたけど、もったいないことしちゃった。


 それに、ここで料理長のヴェルツさんが味噌やしょう油の存在を知ってるかどうか確かめたいっていうものもある。もし、この世界に似たような味の物があれば、購入したいから。

 購入先を紹介までしてくれたら嬉しいけど、そこまでうまくはいかないとは思ってる。


「ミソ? ショーユ? なんだそれは」

「聞いたことないです」


 二人の反応はあんまりよくない。この世界に同じような味の物が存在してたとしても、名前まで一緒じゃないのかも。


「単品だとあまり食べないんですけど、一口味見だけしてみますか?」

「ああ」

「私も興味があります!」


 その場で試食会になった。ヴェルツさんが小さな皿を2枚用意してくれたから、そこに味噌としょう油をそれぞれ別々の皿に分ける。

 スプーンですくってなめて確認してみる。


 ……うん、普通の味噌としょう油。

 味噌はいつもダシ入りのにしてる。そのほうがお手軽なんだよね。


「! わわっ……! 独特な味がする!? なにこれ!?」

「!!」


 アンナさんは口元を手でおおって目を丸くしてる。彼女が口にしたのは、しょう油のほうかな?


「しょう油も味噌も、大豆を加工した物なんです。どちらも全く別の見た目なのに、材料が同じなんて不思議ですよね」

「え!? これで同じ材料なの!? わ、わけわかんない……」


 混乱した様子でマジマジと交互にしょう油と味噌を見比べるアンナさんは、にわかには信じがたいみたい。うん、そうだよね。私も初めて知ったときは驚いたよ。


 ……ところで、ヴェルツさんはさっきからどうして黙ってるのかな。


「あの……ヴェルツ、さん? どうかしましたか?」

「なんだこれはぁぁぁああああああ!!」

「!?」


 叫んだ!?

 い、一体どうしたんですか!?


「っ!? !?」

「あー……始まってしまいましたか」


 ヴェルツさんの豹変ひょうへんにポカンとしてたら、急に肩をガシッと力強くつかまれた。

 そしてどうしてさとったような表情をしてるの、アンナさん!?


 グワッと開眼してるヴェルツさんの気迫がすごいよ。

 顔を近づけないでください! 血走ってる目が怖いんです!


「おい、これはなんだ!」

「ヴェ、ヴェルツさんが味見したのは味噌みそです」

「そうか! これはミソって言うんだな!? 褐色のほうはショーユだったか!?」

「そ、そうです」


 改めて確認されたことを肯定して何度もうなずく。それを見たヴェルツさんは、しばらくして怪しげな笑みを浮かべた。

 包み隠さずハッキリ言ってしまうと、とっても怖い。命の危険まで感じてしまうほどなんだけど。


「ッフ! ふふふ…………アーハッハッハァアアアアアアハハハハハハハッ!!」

「!?!?」


 もう、両肩をつかんでる手を放してくださいぃ! どうして真正面の至近距離で私は高笑いをされてるのかな!? 瞳孔開きっぱなしってところも怖いよ!!

 助けを求めてアンナさんを横目に映すと、ガッツポーズをとられた。エールを送られるより、事態の改善を求めたいよ!


芳醇ほうじゅんな熟成された香りが鼻の奥を突き抜ける口いっぱいに広がのは絶妙ぜつみょうな味わい旨味うまみは充分ほどよく塩気がありこれ一つでいくつ新たな素晴すばらしいレシピが生まれるのかふふふふふふふふふふふふふふふ」


 ブツブツ言ってますけど、どこで息継ぎをしてるのかな!?

 目がうつろだけど、私が出したのはただの味噌としょう油なはずなのに、どうして半分意識が飛んでるの!?


「この国の料理はただ炭になるまで焼いて塩をぶちまけるかオークのエサにしかならないような水みたいな薄い煮込みしかないもんで国民の舌は死んで腐敗してやがると絶望してたがこんな逸材いつざいめぐってくるとはさすが商家すばらしいさすがジョシュア様にアンジェリカ様ハハハハハハッ」

「アルヴェルト、さっきから母国語のヴァイス語でまくし立ててますけど、リオンは通じないから困ると思いますよー」

「っえ……?」


 助け舟をアンナさんが出してくれたけど、気になる発言があったような……? 母国語って?

 詳しく聞こうと思った私をさえぎって、視界が鬼気迫ききせまるヴェルツさんにめられそうになった。恐怖で身がすくむので、いい加減お願いですから離れてください!

 

「それでこれはどうやって使うんだ! 教えろ!!」

「……と、とりあえず教えますし、さっき指示された通り試しに1品つくるので、放してくれますか?」


 じゃないと安心できないです。

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