第5話    「失礼ながら、坊ちゃまはビビりですか」


「っそ、そんなこと、しません……! 絶対に!!」


 サッと血の気が引いた。疑われるだけでも怖くて、とっさに席を勢いよく立ってしまった。

 隣の席に座ったままのレイモンドさんと目が合う。彼の瞳は、やっぱり私に対して疑惑しか浮かべてない。

 そこまで、信用されてなかったの……?


 嫌われてるとはわかってたけど、こんなことを疑われるなんて。

 鼻の奥がツンとしてきた。……泣いたって、ますますレイモンドさんにウザがられるだけなのに。


「――レイモンド、やめなさい。お前の行動はあまりにも礼節れいせつに欠いている」

「……っですが」


 静かに制止するジョシュアさんに言い返そうとして、レイモンドさんは口を開いた。

 それを、ジョシュアさんは片手を上げて押しとどめる。


猜疑かいぎ心を抱くことはあきないでは重きをおいて構わない。しかしね、敵か味方かを見極める良きまなこを持たなければ、それは価値などないよ」

「……」


 淡々とさとすジョシュアさんを、レイモンドさんはジッと見つめ返してた。


「…………わかりました。たしかに、私の先刻の対応はめられたものではありません」

「わかればいい」


 素直に非を認めて、レイモンドさんは深くため息をついた。軽くうなずくジョシュアさんをジロリと睨む彼は、明らかに納得のいってない様子だけど。

 ……あとでやつあたりとか、されない、よね?


 アンジェさんは二人の話に口をはさまなかったけど……ジョシュアさんと同じ意見だった、ってことなのかな?


 ふいに、ジョシュアさんの目が合った。

 ジョシュアさんのさっきまでの厳格な雰囲気は氷解して、普段の穏やかな空気をまとってる。


「それで、このメインの料理はなんて言うんだい?」

「あ……。これは『肉じゃが』、という料理です」


 まさか自然に会話を戻してくるために話題を振られるなんて。予想外で少しあわててちゃったよ。

 動揺を最低限にして答えた私に対して、ジョシュアさんは首をかしげた。


「『肉じゃが』? ……ふむ、一体どのような料理だろうか?」

「これは野菜を数種類、それと細切れにした肉を煮込む料理です」


 具材はオーソドックスに、ニンジンと玉ねぎとジャガイモに肉だけ。本当はこんにゃくとかもあれば入れたかったけど、見当たらなかったから、今回はなしにした。

 ちなみに、ニンジンと玉ねぎとジャガイモはこの世界にある似たような野菜を代用した。色と大きささえ慣れれば、調理後は日本でもある普通の一品に見える出来ばえになってる……はずだよ。


「スープの一種ということかな?」

「スープ、というよりは煮込み料理ですね」

「ふむ、たしかに。スープはこちらのほうかな? なんだか色がくすんでいるが……これは」

「泥水ですか」

「違っ!? 違い、ます!」


 間に口をはさんできたレイモンドさんに度肝を抜かれたけど、すぐに首を振って否定した。

 

「こっちは『みそ汁』って言います。ジョシュアさんの言われてる通り、スープの仲間です。具はナスルビーを使っています」


 ナスルビーは日本でのナスみたいなもの。ただし、色が深赤だけどね。だから、ルビーって後についているのかも。


 つまり単純に言ってしまえば、これは『ナスのみそ汁』。

 本当は私はみそ汁には豆腐とかが入ってるほうが好みなんだけど。調理場には見当たらなかったし、洋風なこの異世界のことだからあまり期待しないほうがいいかも。


「ふむ。どれ……」


 ジョシュアさんがスープ皿に盛られたみそ汁を、スプーンですくって口にふくんだ。


「ふーむ……見た目は万人受けはしなさそうだが、豆の深い香りが癖になるな。魚のダシを用いているとは、随分と一風変わった…………。どちらかというならば、パンプ王国でなくラビアム寄りの味付けに近しい」

「ラビアム、ですか?」


 この世界にも日本の料理に似た味付けの物があるのかな?

 疑問を持った私に、レイモンドさんの眉がつり上がる。また、彼の不興をかってしまったみたい。


「ラビアムも知らないとは、どれほどあなたは浅慮せんりょなのですか」

「……すみません」


 レイモンドさんが険しい顔でにらんでくるってことは、もしかして、知らないのもおかしいくらいの大国なのかな。


「レイモンド。彼女は遠方から来られたんだ。知らなくても奇異なことではないさ。知識がないのであれば、得ればいいだけのこと」

「……そうですが、いくらなんでも無知すぎはしませんか。ラビアムといえば、周辺国であるこの国でも知らぬ者がいないほどの、貿易国でしょう。ラビアムの絹といえば一級品で、年頃の娘なら誰しもがそれを用いたドレスをまとうことにあこがれるというのに」

「彼女がいたのは外部との交流の少ない村だったのかもしれないな」

「……らちが明きませんね。そもそも、それならばどうしてわざわざ知りもしない外部であるこの国に来ているのですか」

「! っそ、れは」


 レイモンドさんに冷たい眼差しで見つめられて、思わず言葉に詰まった。

 『神様に突然強制的に来させられました』なんて素直に言ったら……間違いなく正気を疑われるよね。「はぁ?」なんて言いながら、侮蔑ぶべつされるのが目に浮かぶよ。


「成り行きで、やむを得ず、でしょうか?」

「……何故自身の行動なのに、疑問系にされてるのか問い質したいところですね」


 そうは言われても、あえて言うならこうとしか。

 レイモンドさんからの不信感が増したような気がする。心なしか、いつもより鋭い眼光を向けられてるし。


「おや? レイモンドが女性に対して深く掘り下げようとするなんて珍しい」

「あらあらあら! レイちゃん、もしかしてリオンちゃんのことが好きになったのかしら!」

「断じてあり得ません。突然、何を突拍子とっぴょうしもない妄言を。頭の中に花を咲かせるのは結構ですが、こちらにそれをあてはめないでいただきたいです」

「おめでとうございます、坊っちゃま」

「何がですか。その白髭しろひげむしりましょうか、セバス」


 楽しそうに盛り上がるアンジェさんとジョシュアさんに、深くお辞儀をするセバスチャンさん。そんな彼らを見て、レイモンドさんは疲れた様子でため息を吐いてる。


「ところでレイモンドは食べないのかい?」

「そうよ! おいしいわよ、レイちゃん」

「あなたまで何を平然と泥水をすすって……」


 いえあの、レイモンドさん。アンジェさんが食べてるのはみそ汁なんですけど。

 だけど、レイモンドさんにとってはそうとしか見えないみたい。しかめっ面で食事を進める二人を見てる。


「得体の知れないものを口にする理由がどこにありますか? 口に入れるまでもなく、舌には合わないに決まっています」

「っ!」


 明確に拒絶された。……でも、レイモンドさんは私を嫌ってるみたいだから、仕方ない、よね。…………悲しいけど。

 自然と肩が落ちた。うつむくと、レイモンドさんが泥水と称したみそ汁が視界に入った。


 おいしくできたと、思ったんだけど。食べてもらえなきゃ、意味ないよ……。


 重くなった場の雰囲気も、肩に重圧としてのしかかってきて、つらい。

 レイモンドさんの分だけでも、私が作った物じゃな料理を今から作ってもらうように、お願いしないと。迷惑をかけちゃって申し訳ないけど早めがいいよね。


 頼もうとして口を開いた私の言葉をさえぎって、セバスチャンさんの声が響いた。


「ふむ。なるほど」

「何を一人で得心しているのですか」

「失礼ながら……坊ちゃまはビビりですか」

「は? …………セバス、ボケましたか」

「何をおっしゃいますか。齢70になったばかりにございます。まだまだ、現役ですとも」

「世間一般には、引退を考えるような妙齢なのですが。……まぁ、セバスですからやむを得ませんか」


 しっかりついてる腕の力こぶを見せつけてるセバスチャンさんは、どこからどう見ても70歳には見えないよ……。日本とこの世界の住人だと、高齢の方の元気具合も違うのかな?


「セバスが耄碌もうらくしているかの話は置いておきますが……ビビりとは無礼ですね。疑問でなく断定する根拠がどこにありますか」

「何をおたわれを。現に今、坊ちゃまも似たようなことをなさっているでしょうに」

「……」


 やんわりと嫌味をふくめて返すセバスチャンさんにやり込められて、レイモンドさんは目つきを鋭くしてる。黙ってるのは、事実だって認めてるからなのかな。


「そうよ。レイちゃん、好き嫌いはいけないって前に教えたでしょう」

「一体何年前の話をされているのですか」

「商家には交流で地域特有の物に触れることもある。食わず嫌いはかんばしくないな、レイモンド」

「……何故子どものわがままのように私の意見が扱われているのですか」


 アンジェさんとジョシュアさんの追撃に、レイモンドさんは深くため息を吐いてる。

 私のことを配慮して三人が言ってくれてるのは嬉しいけど、無理に食べてもおいしくないんじゃないのかな。


「その、ごめんなさい。無理しなくていいです。好みとか見た目とかも気を使わなきゃいけなかったのに、それを配慮しなかった私が悪いんです」

「…………ここであなたが謝った場合、私が折れないと完全に私が悪者に立たされますね」

「っ! すみません……」

「レイちゃん」


 たしかにレイモンドさんの指摘通りだと思う。私はそこまで気が回らなかった。だけど、この会話の流れだとそうなるよね。

 アンジェさんがレイモンドさんをたしなめるみたいに名前を呼んだけど、彼は悪くないよ。


「あの! これ、下げてきます! 私、今から料理長さんにお願いして、他のを用意してもらいますから」

「今から支度してできあがるまで、どれ程かかるとお思いですか。その間、空腹で待てとおっしゃるのですか、あなたは」

「……っごめん、なさい」


 私のことを彼が嫌ってるのはわかってたはずなのに。

 お願いされたことが嬉しくて、アンジェさんやジョシュアさんに喜んでほしくて動いた。

 レイモンドさんが迷惑がるかもしれないってことくらい、少し考えれば予想できたかもしれないのに。


 アンジェさんもジョシュアさんも、レイモンドさんに対して目尻をつり上げてるけど、彼は悪くないよ。

 調子にのって、でしゃばった私がいけないから。


「――ですが」


 ポツリとレイモンドさんが静かにつぶやいた。表情だけじゃなくて、言葉の端々にも嫌々ながらっていう空気をにじませたまま話を続ける。


「時間の無駄な浪費、使用人がかけた料理の手間をかえりみるに、私の一存でこれを退けるのは、あまりにも非効率だと判断しました」


 ? それって……?

 深いため息をこぼしながら、レイモンドさんは食器を手に取ってる。


「セバス、口に合わなかった時のことも考えて、料理長に新たな夕食の手配を頼んでおきなさい」

「坊っちゃま。まずは一口お召しになられてから、それはうけたまります」

「……」


 セバスチャンさんの言葉を、レイモンドさんは鼻で一笑する。

 彼の手が動いて、フォークが肉じゃがのイモを刺した。それをもう片方の手を使ってナイフで一口大に切る。


 口に運ばれていく様をただじっと見つめてた。

 レイモンドさんの薄い唇にイモがふくまれる。その後はただ無言で、レイモンドさんは噛む動作を行ってた。


 咀嚼されたのを見届けてから、どうしても気になって、おずおずと聞いてみた。


「あ、の。どうでしたか……?」

「…………」


 そ、その沈黙はなんでしょうか。

 そしてどうして、私の顔を見て、疲れがこもったため息を吐き出すの?

 彼自身が言ってたように、口に合わなかったの?


「そんな不安そうな目で見られたら、言いにくいでしょうに」

「……」


 え、それってやっぱり、まずかったってことなのかな!?

 ど、どうしよう……!


「あ、あの……ごめんなさ――!?」


 え!? 今度はみそ汁に手をつけてる!?

 泥水に見えたくらいなんだから、食欲なんて湧かないかもしれないのに。


 みそ汁を飲むのに使ったスプーンを皿へと戻して、レイモンドさんはハンカチで口元をぬぐった。


「食べられない味てはありません。予想の範疇はんちゅうを越えていました」

「……? まずくは、なかったってことでしょうか」

「そうなりますね」

「!」


 普通以上だったら、よかった。本当は、おいしいって思ってくれるのが一番だけど。それはゼイタクな考え方だよね?


「素直にうまかったとお伝えになればよろしいでしょうに。いくつになっても、坊っちゃんは照れ屋ですねぇ」

「その減らず口をなんとかしましょうか、セバス」

「無理でございます!」

「力強く即答をしないでください」


 アンジェさんもジョシュアさんも、レイモンドさんとセバスさんのやり取りを見て、ニコニコ楽しそうに微笑んでる。


 もしまた、レイモンドさんに料理を食べてもらえるなら。今度はおいしいって言ってもらえるように、頑張りたいな。


 使用人として正式に雇われた初日の夕食会は、その後は和やかに進んでいった。

 ちなみに、アンジェさんとジョシュアさんはもちろんだけど。レイモンドさんが完食してくれたことに、思わず「よし!」なんてひそかにガッツポーズをとっちゃったのは、内緒の話。

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