第49話    「ルイスさんの傍にいたい!」

 私の望みなんて、自覚しちゃいけない。そう、自分に言い聞かせてた。


 気づくとつらくなるだけだって。

 私はいずれ、元の世界に帰らなきゃいけないんだから。


「私、は……っ」


 でも、声を出して形にしてもいいの?

 私にそんな我儘わがまま、許されるのかな?


 …………わからない。だけど、もし。もしも許されるんだったら。


 自分の衝動のままに、願いをのどから絞り出した。


「ここに……ルイスさんのそばにいたい!」


 ……言ってしまった。こんな我儘わがまま、言ってもいいはずがないのに。


 いつからかな。元の世界に戻ることを不安に思い始めたのは。

 私がこの世界から消えたって、何も変わらない。迷うことは一つもなかったはずだった。


 この世界にいたいと願うのは、自分勝手でしかなくて。

 一時のことで、今後の生活の全てが決まる。

 だからこそ余計に、元からいた世界に帰るべきなのに。


 この世界にとって異分子でしかない私が居続けることで、ルイスさんに悪いことが起きたら。

 私は悔やんでも悔やみきれないって、わかりきってるのに。


 ……だけど、できてしまった。


 大切な人達や、思い出が。

 そして何より、ルイスさんを好きになったから。


 この恋が実るか実らないかわからないのに、この世界を選ぶのはバカげてるかもしれない。


 それでも、後悔したくなかった。


 元の世界に戻らないと決めたことを、きっと一生私は後悔するんだと思う。

 でもきっと私は、元の世界に戻ってもルイスさんを想って後悔すると思うから。


 だったら私は、大好きな人の傍で後悔していたい。


「っ!? 光が……」


 何!? 突然鏡が、まぶしく輝き始めるなんて……。


 鏡の面に波紋が生まれた。波は表面を揺らして、それはやがて鏡全体へと繋がっていく。


『それが君の望みなんだね?』


 さっきから私にたずねてきた声が聞こえる。

 どこかホッとしたみたいな声色みたいに感じたのは、私の気のせいなのかな?


 光る鏡の中には、いつしか虚像の私がいた。映し出された制服姿の私が問いかける。


『逃げるの?』

「……ううん、違うよ」


 そう、逃げるんじゃない。

 私は選んだにすぎないだけ。


 この異世界にいることでずっと、ルイスさんの傍にいる。


『後悔しない?』

「それでもいいよ」


 この選択で、悩んだって。

 何でも得られるなんて、都合のいい話ないから。


 そんなの、おとぎ話でしかない。

 「皆幸せに過ごしました」なんて一言で済ませられるのは、物語の中だけ。


 私に訪れるのは、ハッピーエンドじゃないかもしれない。


「それ以上に嬉しいって、そう思えるから」

『……』


 悲しくても、きっと。

 それよりもっと、嬉しく思うよ。


 ルイスさんが笑ってくれれば。そんな彼の傍にいられれば。

 彼と同じ世界を、見ていきたいの。


 微笑んで伝えると、鏡の中の私は黙って見つめ返してきた。


『……そう。ならきっと、大丈夫だよね』

「っ!?」


 笑って彼女がそう告げると、鏡の光がますます強くなって。

 目が開けていられないくらい、強い光に飲み込まれていく。


 光に耐えるためにまぶたを閉じると、何も見えなくなった。


 そして――



 ◇◇◇



「え……? 戻ってこれた、の?」


 次に目を開けたときには、いつもの私の部屋にいた。

 手鏡を持ったままの態勢で、まるでついさっきまでのことがなかったことみたい。


 部屋の中を見渡しても、特に異変はない、よね?


「っ!? 時間!?」


 視界に入った目覚まし時計が、約束の時間にもう少しでなろうとしてるなんて!?


 慌ててカバンに今日着る予定のドレスと、手鏡を詰めこんで部屋を飛び出した。


 ーーさっきまで見たことが、単なる白昼夢か、現実のことなのかはわからない。


 だけど、どちらにしても私は、この世界に残ることを決めた。

 もしも今後、神様に「元の世界に帰れる」って言われても、首を縦に振らない。


 ……ごめんなさい。


 謝罪の言葉を心の中でつぶやいて、私は自分の中の未練を絶ちきるように走り出した。


 ◇


 待ち合わせの騎士舎の前に行くと、一台の馬車が停まってた。だけど、ルイスさんの姿はない。


「もしかして、遅刻しちゃった……?」


 それで、置いていかれたとか?

 ……ううん、それはないよね。ルイスさんって、「待たされるのは男の甲斐性だろ!」なんて言いそう。


 だったら、ルイスさんもまだ来てない、とか?

 それなら、いいんだけど。


 でもそれはそれで、心配。今まで待ち合わせした時も必ずルイスさんのほうが先にいたのに、今日に限っていないとか。

 ……もしかして、何かあったのかな?


「遅いですよ、何をノンキにしているのですか」

「!?」


 この声って、まさか。


 声がした方に顔を向けると、停まっていた馬車の小窓から見知った人がいた。


「レイモンドさん!」

「さっさと乗りなさい。時間がありませんから一刻も無駄にせず、迅速に行動に移してください」


 久しぶりに会った彼はそう言って、鼻にかけたモノクルの位置を片手で直していた。


「計画性の足りない野生児に頼まれました。あのバカは後で追うそうです。あなたは先にこちらへ」


 計画性の足りない野生児って……?

 よくわからなくて戸惑ってたら、そんな私の様子にあきれたようにため息をつかれた。


「……察しが悪いですね。頼んできたのは、ルイスですよ」

「! ルイスさんが、ですか?」


 ルイスさん、レイモンドさんに一体何を頼んでたの?

 まだ疑問しかなくて困惑する私に、レイモンドさんは嘆息して冷たい眼差しを向けてきた。


「説明は後です。早くなさい」

「っ! は、はい!」


 彼にうながされて、私は急いで馬車に乗り込んだ。

 とっさに動いちゃったけど、今の状況を全然、私は飲み込めていないよ!?

 


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