第50話    「バカ同士でお似合いですよ。あなた方は」

「お久しぶりです、クガ様!」

「! アンナさん」


 レイモンドさんに連れられて到着した先は、マクファーソン家の屋敷だった。

 ここを出てから数ヶ月しか経ってないはずなのに、なんだか懐かしく思えるよ。


 久々の再会をアンナさんも喜んでくれてるみたいで、屋敷を入って出迎えてくれた彼女は表情を緩めてた。


「頼みましたよ、アンナ」

「はい! もちろんですよ、レイモンド様! 私の全力を持って、仕上げます!」

「え? あ、あの……!?」

「さぁ、クガ様! どうぞこちらに!」


 ど、どうして私、ズルズル引きずられるみたいに連れていかれてるの!?

 アンナさんの力が強すぎて、抵抗できないよ!?



 ◇◇◇



「……なるほど。幾分いくぶん、マシにはなったようですね」

「……そう、ですか…………」


 レイモンドさんの声に返す言葉に、全然力がこもってないのは仕方ないと思う。


 あの後、言葉通り私はみがき上げられた。

 浴槽に入れられたかと思えば、アンナさんを始めとしたマクファーソン家の使用人の方々に隅々まで香油でマッサージされた。

 全員女の人達だったけど、そういう問題じゃないよ。


 その後も後で、怒濤どとうの流れ。化粧に、髪も結い上げられて、ドレスの見た目をよくするためにコルセットをして……。

 もう、何がなんだかわからないまま、色々いじられた。


 アンナさん達が満足して、「完璧ですよ!」なんて太鼓判を押す頃には、もう私の体力は底を尽きていた。

 ……と、いうよりも、される側の私のほうが疲れてて、どうして支度をしてた側の彼女達は目を輝かせてたのかな?


 アンナさん達が手をかけてくれたお陰で、たしかに舞踏会の準備はできた。だけどそれにかかった時間は、優に4時間はくだらないと思う。

 昼前にこの屋敷に来たのに、もうすぐ夕方になろうとしてるんだから。


 今は来客室で、ただ座ってルイスさんを待ってるだけなのに。

 グッタリしちゃって、もう立ち上がるのもしんどいよ。


 本番の舞踏会はまだなのに、こんな調子で大丈夫なのかな?


「随分と気のない返事ですね。情けない」

「……すみません」


 レイモンドさんの言う通りすぎて、謝るしかないよ。

 せめてもの気持ちで、正面のソファーに腰かける彼に頭を下げた。


「おやおやいけませんよ、坊ちゃま。レディの準備は戦争なんですから」

「坊ちゃまはやめろと言ったでしょう、セバス」

「おや。そうでしたかな」


 首をすくめつつ、淡々とセバスチャンさんはテーブルの上に軽食を並べてる。

 ……そういえば、お昼もまだだったね。それも忘れちゃうくらいバタバタしてたよ。


「あのバカの毛繕いは、もう少し手間がかかるようです。クガはここで腹に物をめてなさい」

「……毛繕いって」


 他に言い方があったんじゃないかな? それに、腹に物を詰めるっていうのもなんだか……。

 戸惑う私の様子を、レイモンドさんは鼻を鳴らして一笑した。


「なにか? ルイスのにじみ出る野蛮さは隠しようのないことです。あなたとは違い、表面上うまく取り繕えない奴ですから」

「おや、坊ちゃまが女性をめるとは。このセバス、感激ですぞ。とはいえ、あと一歩精進なされたほうがよろしいですな。それでは、けなされてるものだと勘違いなされるかと」

「その無駄口を閉じて黙りなさい。でないとその白髭、全てむしりますよ」


 お二人とも、以前と変わらないね。

 ……あれ? そういえば。


「あの……アンジェさんとジョシュアさんはどうされたんですか?」


 さっきまで考える余裕もなかったけど、この屋敷に着いてから会ってない。

 久しぶりにお会いしたいし、挨拶もちゃんとしたいな。


「あのバカップルは国外に取引のための旅行中です。今頃、新婚気分ですよ」

「そう、ですか」


 舌打ちしながら答えてくれた、レイモンドさんの表情は苦い。と、いうよりバカップルの抽象で伝えるのも、彼が苛立ってるのがわかる。

 ……一体何があったの?


「お陰でこちらは、出たくもない舞踏会への代理ですよ。下らない。あのような汚水のような香水の匂いと、オーガのように内面が醜い者を集めた場など、何故私が参加しなければならないんですか」

「……」


 なるほど。ルイスさんとレイモンドさんが元級友だっていうのは、違和感あったんだけど。二人とも貴族嫌いともなれば、納得だよ。

 同じ考え方だから、結託したのかも。


 ……って、あれ?


「レイモンドさんも出席するんですか?」

「この格好で行かないとでも? もしそうお考えなれば、余程奇妙で程度の低い頭脳をされているかと」


 ……そう言われてみれば、レイモンドさんの格好が普段着とは違う。

 なんだかカッチリとした、いかにも正装って服を着てる。


 レイモンドさんに指摘をされるまで気づかなかったなんて、どれだけ疲れてるのかな、私。


「坊ちゃま、クガ様にあたられるとは……いささか小僧すぎますぞ」

「小僧すぎるなんておかしな造語を生み出さないでください、セバス」


 レイモンドさんはイライラしてるみたいで、私に食って掛かってきた。それをセバスチャンさんにたしなめられてる。

 よっぽど、舞踏会に行きたくないのかな?


 眉間にしわを刻みながら、レイモンドさんはセバスチャンさんが淹れた紅茶を飲んでる。

 ティーカップを持つしぐさは丁寧なのに、不機嫌さを全面にだしてるなんて器用だよね。


 私もセバスチャンさんが用意してくれた紅茶を、一口飲み込んだ。

 ……花の香りがフワッと立ち上って、すごくホッとする。何かのフレーバーティーなのかも。


 それにしても。


「私、今日待ち合わせにレイモンドさんが来るって知らなくて……驚きました」

「でしょうね。私自身があなたの支度を手伝う計画を持ちかけられたのも、つい一昨日のことです」

「それはその……ごめん、なさい」


 ルイスさん一体何しでかしてるの!?

 それはレイモンドさんだって怒るし、私に八つ当たりだってしたくもなるよね!?


 ここにいない問題児のかわりに、深く頭を下げる。

 レイモンドさんの大きなため息が、頭上から聞こえた。


「あなたのせいではないでしょう。あの考えなしの無能が全ての発端です」

「……でも、私のことですから」


 ルイスさんが気を回してくれたのは、私のためだ。

 なのに、私がお礼を言わないのって、おかしなことだと思う。


「…………本当にあなたは、ここに居座っていた時と変わらないのですね」

「え?」


 顔を上げると、苦々しい表情でこちらをにらむレイモンドさんと目が合った。


「あなたは、ただルイスに親切を押し売られただけでしょう? 面倒事に巻き込まれた対価として、ただ受け身でいるだけでも構わないかと」

「でも、私を想ってルイスさんがしてくれたことですから。その気持ちが嬉しいんです。……あ、だけど迷惑をかけてしまったレイモンドさんには、申し訳ないですけど」


 苦笑いをしてそう答えると、レイモンドさんは目を細めた。


「あなたは……」

「? どうかしましたか?」


 ジッと観察されるなんて。まさか私、レイモンドさんの気にくわないことでも言っちゃったかな?


「……いえ、なんでもありません」

「? そう、ですか?」


 結局、なんだったのかな?

 よくわからないけど、レイモンドさんがなんでもないって言うんだから、掘り下げるのも悪いよね。


 視線を外して、レイモンドさんはモノクルを片手でかけ直した。


「あなたも大変ですね、嫌悪してる相手に頭を下げるなんて」

「……? え?」


 嫌う? それって何のことなのかな?

 レイモンドさんが指してる人物が誰のことだかわからなくて、首を傾けた。


「嫌悪してる相手って誰のことでしょうか?」

「は?」

「?」


 なんでそんな、『こいつバカだろ』みたいな目で見られてるのかな私。

 レイモンドさんにこんな風に見られるの、前に洗濯用の魔導具を壊しかけたあの事件以来だよ。


「皮肉でなく、本気でおっしゃってますか、あなた」

「皮肉?」


 ますます、訳がわからなくなったような。

 一体レイモンドさんは、何を伝えたいの?


「ですから、嫌いでしょう? 私を」

「…………え?」


 嫌いって……もしかしてレイモンドさんのこと?

 予想してなかった反応が返ってきたのは、私だけじゃなくてレイモンドさんも同じみたい。

 私も彼も、困惑してた。


 どうして、そんな誤解されてるのかな?


「この家から追い出した非情な扱いをした者など、好む人間がいるはずないでしょう」

「? でも、あれは当たり前だと思います。見知らぬ人が自分の家に上がり込んできて気分のいい人なんて、いるはずないじゃないですか」


 レイモンドさんの反応が普通だよね?

 むしろ、アンジェさんとジョシュアさんがお人好しすぎるんだと思う。


 それに……。


「それに、私は今の仕事先に満足してますから。騎士舎で働けるのを、嬉しく思います」


 笑って告げると、レイモンドさんが目を見張った。


「……全くあなたは。したたかか、能天気かのどちらかでしょうね」


 それって、められてはいない、よね?


「良かったですなぁ、坊ちゃま。気に病んで本日会うのを睡眠を削ってまで渋ってた姿を知ってた身としては、感無量でございます」

「……何を平然と虚言を吐いているのですか、セバス? あとその下らない泣きマネはみっともないので、慎みなさい」


 ワザとらしく「よよよ」と白のハンカチーフで目元を拭う素振りを見せるセバスチャンさんを、白い目でレイモンドさんは眺めてた。

 仲が良いですね、お二人とも。


 視線を戻したレイモンドさんと目が合うと、彼は私に対して一笑した。


「バカ同士でお似合いですよ。あなた方は」

「え?」


 一体、何のこと?

 レイモンドさんはそう言うと、静かに紅茶を飲み干した。


 その後にいくら聞き返しても、「バカバカしい」って言ってまともに取り合ってはくれなかった。


 

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