第47話    「イチャつくなら外でやれっす」

 ここ数日、ルイスさんと会ってない。前は、暇ができればそのたびに顔を出してたのに。

 近頃のルイスさんは多忙みたいで。一週間後に例の舞踏会がひかえてるせいかもしれない。


 一番上の立場じゃないけど、主賓しゅひん格に近いから打ち合わせとかの準備とかで忙しいのかな?


 『副隊長なのに2~3時間ごとに私に会いに来てる場合じゃないよね、仕事しようよ』とは、日々感じてたものの……。

 こう急にルイスさんの姿がなくなるとさびしくなるなんて、なんだか納得いかない。間違いなく、彼に毒されてるよ。


 ちょっと複雑な気分になりながら、今日の業務として厨房で働いていた。

 食堂の仕事にあたる日数が減っていたせいか、最近は色々と発見がある。


 例えば、騎士の人達の中には私が働いてるのを確認して、ガッツポーズをする人もいれば、悲鳴をあげる人もいるようになった。

 ガッツポーズもよくわからないけど、悲鳴はもっとわからないし失礼じゃないかな。

 後ずさって「口説かないし近づきません。だから訓練は許してください、怖い怖いコワい……」なんて呟かれるなんて。私はホラー映画の幽霊か何かなの?

 悲鳴を上げた人が一人じゃないってことも、ギョッとしたんだけど。


 思い出すだけでへこんでしまうので、深く考えないようにしよう。私が何かしたってわけじゃないんだから。

 …………でも一体、あの人達に何があったのかな?


 勤務中に変な態度の騎士達もいたけど、おおむね前と変わらないくらい私は動けていた。 


「おーい、クガさん!」

「え? スクワイアさん」


 振り返ると、注文受け取り用のカウンターの下から見知った彼がこっちをのぞきこんでいた。名を呼ぶとスクワイアさんはニッコリと笑った。


「久しぶりっすね! 元気にしてたっすか?」

「お久しぶりです。はい、おかげさまで」

「あの……今、いいっすか?」

「え……」


 昼のピークは過ぎたけど、さすがに休憩に入るのは私一人の判断だと厳しい。

 料理長のベティさんに確認しないといけない。


「ちょっと待っててもらえますか?」

「もちろん、いいっすよ!」


 奥で調理をしてるベティさんに聞くと、気安い了承が二言目には返ってきた。

 「若い子が遠慮なんてしてんじゃないよ!」なんて後押しまでされるから、こっちとしては感謝しかない。

 休憩から戻ったら、いつもよりしっかり働こう。


 昼食もまだだったから、まかないをのせた盆を持って行く。

 厨房で働く他の人達にも声がけをしてから、食堂へと出た。


「お待たせしました。昼がまだでしたので、食べながらでも構わないですか?」

「いいっすよー。俺も食いながらなんで」


 そう答えたスクワイアさんの手元には、たしかに日替わり定食が1つ。ちゃっかり自分の分を頼んでたみたい。

 昼食時を過ぎてたから、食堂内の人はある程度はけてた。周囲に人がいない四人掛けのテーブルの席が空いてたから、そこを使うことになった。


 スクワイアさんとは向かい合わせに座る。『食べながら』って言ってたし、早速手をつけようかな。


「いただきます」

「? なんすか、それ」


 習慣でつい、手を合わせちゃう。

 そういえばこっちの世界では、このあいさつは使わないんだよね。


 マクファーソン家で初めてした時には、ジョシュアさんもアンジェさんも、今のスクワイアさんみたいにキョトンとした表情を浮かべてたよ。

 ここでは、神様に誓いを捧げるんだって。


「なんか、貴族みたいっすね。食前にあいさつするなんて」

「いえ、ただの故郷での習慣なだけですよ?」


 軽く首を振って、否定をしてみせた。

 不思議そうに観察をしてたスクワイアさんは、「そうなんすか?」と首をひねった。


「たしかに、アレとは内容が違うっすね。えーっと……なんっすかね、アレ。あー? んー?」

「『主よ、この恵みに感謝をいたします』ですか?」

「そう! それっす!」


 思い出せないスクワイアさんに助け舟を出すと、ニカッと満足そうな笑顔が返ってきた。


「でも、クガさんのやつのほうが短くていいっすね。それに、お高くとまってない感じで」

「そうですか?」


 うんうんとうなずくスクワイアさんに、肯定も否定もできなくて、あいまいにしか返事できない。


「あっと、俺も食べるっす。それでっすね。俺の用なんですけど」

 

 スクワイアさんはフォークとナイフで肉を切り分けつつ、話し始めた。


「クガさんが先輩を立て直してくれたんすよね?」

「え?」


 何の話?

 とっさに反応できなくて、自然とスープをすくっていた手がとまった。

 食事の片手間に話題に上がる内容がソレだとは思わなかったよ。


「隊長から聞いたっす。クガさんが先輩と会ってくれて、そっから落ち着いて様子が安定したって」

「いえ、その……お礼を言われるようなことじゃないですよ。原因の一つが私みたいなものでしたから」

「あ、そうなんっすか? でもいいじゃないっすか、結果オーライってことで」


 そんなの、マッチポンプみたいじゃないかな? 素直に感謝を受け取り切れないよ。

 だけど、自己申告をしてもスクワイアさんの姿勢は変わらない。


「第三部隊を代表して言わせてほしいっす。ありがとうございました」


 真摯しんしな態度を崩さずに、心からの感謝を伝える彼の様子に言葉が出なくなる。


「ルイスさんは皆さんに好かれているんですね」

「へ? ……はぁ、そうっすね。女にモテんのは超イラッとくるっすけど。ま、それも最近じゃナリをひそめてますが」


 素直に感じたことを口にすると、スクワイアさんは目をまたたかせて答えた。


「あー、ほら。先輩って面倒見がいいじゃないっすか」

「そうですね」


 私がここに来たのだって、彼の誘いがあったから。

 正直、あの紹介をお願いしたのは大正解だったと思う。


 きっとルイスさんは、困ってる私を見かねて声をかけてくれたんだ。

 婚約者だったリーチェさんと外見が似てる私を、ほっておけなかっただけかもしれないけど。


 私は、先輩に似てるルイスさんを見てるだけでつらかった。

 なのに彼は、そっくりな私をためらいなく助けようとしてくれた。


 他にも魅力はあるけど、そんな些細ささいなことができるのって、素敵だなって思うよ。


「入団したての頃、先輩が一番気を遣ってくれたんっす。訓練後にソーダをおごってくれたり。ヘマして落ち込んだときにさりげなくはげましてくれたりなんかして」


 懐かしそうに振り返るスクワイアさんは、目を細めてる。


「結構、隊員に俺みたいな奴多いんすよ。先輩に支えられたって奴。じゃなきゃ、あんな紙みたいに軽い先輩が副隊長なんてできないっす」

「……そうですよね」


 人望があるだろうなとは感じてた。休日に見に行った時には、第三部隊の人達がルイスさんと冗談を言い合ったりしてたし。


「さらっとそういうことできちゃうから、女の子にモテるんすよね! ああーっ! そう考えるとイライラするっす! 先輩ばっかりズルいっす!」


 ガジガジと肉を噛みしめながら、悔しそうにスクワイアさんはうめいてる。


「先輩なんてカッコいいし、剣術は反則級に強いし、体力バカだし、おまけに性格も面倒見いいとか!? なんなんっすか!? モテない俺への嫌がらせっすか!」

「いえ、嫌がらせはないんじゃないかと……」


 うーん、客観的に聞けば聞くほど、男性にとっては嫌な男になるよね。

 でも私にとっては、それを相殺するくらいなんだか残念系なんだよね。

 最近なんてチャラい発言が彼から出るたびに、スルーが定番になってきたし。


「ああ!? っつかよく考えれば、俺の発言って先輩をめてないっすか!? ムカつくんでやっぱり忘れてください!」


 「ウガー!!」なんて宙にほえながら、スクワイアさんは発言の撤回をしてきた。

 でもそれは、単なる照れ隠しなだけなんじゃないかな。だって、彼の頬はわずかに赤くなってるから。


 ……好かれてるんだね、ルイスさん。

 隊長さんも、事あるごとに私にルイスさんのことを話してくるから。


 ルイスさん自身だって、第三部隊の人達を大事な仲間ってとらえてるってわかる。

 …………でも。

 

 その事実があるからこそ、余計に気にかかることがあって。

 遠回しにスクワイアさんに聞いてみることにした。


「スクワイアさんも知ってるんですか? その……」

「もしかして、先輩が獣人ってことっすか? 知ってるっすよ?」

「! ……え?」


 先回りして私の質問に答えてくれたけど、スクワイアさんなんで聞きたいことがわかったのかな。

 ……って、今の問題点はそこじゃなくて。


 スクワイアさんは知ってるの?


「ルイスさんから話したんですか?」

「いえいえ、そんなまさかですって。好き好んで先輩がその話題出すわけないじゃないっすか」


 軽くパタパタと手を左右に振って否定をしてるスクワイアさんは、あっけらかんとした様子だった。


「じゃあ、どうして……」 

「あ、ついでに言わせてもらうっすけど、俺だけじゃなくて、第三部隊全員知ってるっすよ? あ、他の部隊の騎士はぼちぼちっすけど」

「!?」


 予想外すぎる情報に、戸惑うよ。

 私が目を丸くしてるのを不思議そうに観察しつつ、スクワイアさんは一口大に切り分けた肉をほおばってる。


「獣人は戦闘狂なのが特徴っす。先輩、剣抜いたら気性が荒くなるじゃないっすか」

「! 気づいてたんですか?」

「バレバレっす。一応これでも、騎士やってますんで。殺気くらい感知できないとやってられませんって」


 表情は変わってなかったはずなのに。

 

 「むしろ先輩、隠す気あるんすかね?」なんて首を傾げてるけど……。たぶんルイスさん、バレてることに気づいてないんじゃないのかな?


「ルイスさんは知ってるんですか? そのこと」

「知らないっすねぇ」


 のんびりとした口調で答えつつ、目の前の肉を平然と切り分けてる。なんてことない世間話をしてるみたいな反応をされても……。


「なんで、知ってるって皆さん言わないんですか」

「俺らに黙ってる水くさい先輩が悪いんで。先輩が告げるまで知らないフリをしとこうって口裏を合わせてるっす」

「水くさいって……」


 そんな話なのかな?

 結構ルイスさんは気にしてた覚えがあるんだけどな……。


「信用しない先輩に一矢報いるんで、クガさんも言っちゃダメっすよ?」


 シーッとわざとらしく人差し指を自身の唇にあててみせて、スクワイアさんは微笑んだ。

 イタズラを企む子供みたいなしぐさをされると、彼にとってこの話題は些細ささいなことだって思える。


 悪乗りが過ぎるよ……。

 訓練風景でも感じたけど、第三部隊の人達ってユニークだよね。


 副隊長がルイスさんだし、隊長さんだって特徴的だし……もしかしてワザとそういった人達を集めた部隊なのかな?

 ……まさかね。


「隊長さんとか、止めなかったんですか」 


 「いい加減にしろ、テメェら!!」なんて、大声で一喝いっかつしそうなのに。

 

「しなかったすよ? 黙認してるっす。隊長は先輩が騎士団に入団する前からの知り合いみたいっすから、先輩が自分からバラさなくてもどかしかったみたいっすね」

「え?」

「『良い薬になんだろ、奴めちっとは俺の苦労を思い知れ』なんて悪態ついてたっす」

「……」


 それは、なんというか。

 たしかに、そういう気兼ねない関係なんだろうけど、ルイスさんがそのことを知ったら怒り狂いそうだよ。


 でも、隊長さんの気持ちも少しはわかるような。ルイスさんほぼ毎日隊長さんに叱られてるから……。

 というより、私のところにルイスさんが顔を出すと、半分くらいの確率で隊長さんが連れ戻しに来る。………あれ? そういえば二人とも役職についてるのに、そんな身軽でいいのかな。

 …………隊員の人がその分負担してるんだよね、きっと。ルイスさんに会ったら、その辺り問いたださないと。


「ちょっとしたお茶目っすよ」

「……『ちょっと』じゃないと思います」


 ため息混じりに返しても、スクワイアさんは歯を見せて笑って反省する様子なんてなさそう。


 でも、よかった。最初からルイスさんが獣人だってわかってるなら、彼が打ち明けても何も問題ないはずだから。

 私と話した時も、ルイスさんは態度を変えることを恐れてたから。


 きっと第三部隊の人達に裏切られたら、彼はまともじゃいられないと思う。


 …………でも、これはこれでどうかなとは思うけど。


 ホッとして無意識のうちに笑ってた。

 ……うん、よかった。


 スクワイアさんと顔を合わせて笑ってると、誰かが食堂に駆け込んできた。慌ただしい足音が聞こえたと思ったら、後ろから急に衝撃が襲ってきた。

 

「クガぁぁぁぁぁああああ!!」

「っ!? ル、ルイスさん!?」

「ちょ!? 何事っすか!?」


 ビックリした! 

 いきなり後ろから飛びつかれるなんて、もうちょっとでスープこぼすところだったよ。


 首周りに腕が絡みついてて、食べにくすぎるよ。


「見つけたぞ! なんでこんなところでチェスターなんかと昼食ってんだよ! 浮気か!? 浮気なのか!? テメェこの野郎、許すマジチェスター……!」

「自然と本気の殺気飛ばさないでくださいっす、先輩。寒気半端ないんで。あとそのせいで、周囲の騎士が臨戦態勢になっちゃってるじゃないっすか」

「浮気じゃありません。普通に談笑してただけなのに、何が浮気ですか」


 息継ぎなしに言いきったルイスさんの視線の先には、スクワイアさんがいるみたい。

 スクワイアさんの顔が引きつってる。一体どういう顔してるの、ルイスさん。


 それと、頭をグリグリ押しつけてこないでください。地味に痛いです。


「ああ~久しぶりのクガ、最っ高だな。いやされる。ズタボロに使い捨てられた身体にしみ込むな……」


 私にはそんな効能ないですけどね。きっと、気のせいだと思うよ。それか思い込みかな。

 にしても、ルイスさんの声に覇気はきがないよ。


「どうしたんですか? なんだか、疲れてるみたいですけど……」


 何か問題でも起こったのかな? でもそれなら、スクワイアさんだって同じように忙しくなるだろうし……。


「聞いてくれよ、クガ! アルの野郎、ここぞとばかりにこきつかいやがって……クソ」

「え? アル?」


 悪態をついてテーブルに突っ伏すルイスさんはグッタリとお疲れモード。

 アルが何かしたのかな?


「あいつに借りなんてもう二度とつくんねぇ」

「借り、ですか」


 騎士団関係とは別で、個人的なやり取りで疲れちゃったんだね。

 でも、ルイスさんの口からアルの話題が上がるなんてめずらしい。


「借りって、どうかしたんですか?」

「あー……ちょっと、な」

「?」


 言葉を濁らされちゃったけど、何か言いたくないことなのかな。

 だったら、深く聞く必要はないよね。


 …………それより。


「ところで、いつまで抱きついてるんですか?」

「クガぁ、膝枕してくれよー」

「無視ですか? しませんよ? 食べにくいので、放していただけませんか?」


 うだうだ言うルイスさんを放置して食事を再開したいのに、やっぱり目の前の腕が邪魔でできない。

 こんなことして、ぶつかって腕にスープこぼしても知りませんよ?


 黙って様子をうかがってたスクワイアさんと目が合った。……あの、どうして私とルイスさんの攻防をシラッとした目で見てるんですか?


 私が困ってるの見ててわかりますよね?


「なんっつーか、二人とも堂々とし過ぎじゃないっすか? ここ、一応食堂っすよ。場所わかってるっすか」


 私は巻き込まれてるだけなのに、なんでルイスさんと一緒にされたの!?


「イチャつくなら外でやれっす」

「だってよ。外行くか?」

「行きません!」


 ひどい!? 濡れ衣もいいとこだよ!

 慌てて否定しようとしたのに、ルイスさんがさらに爆弾発言を追加してくるなんて。


 誤解されてるのに、なんでルイスさんは嬉しそうなの!?

 ニヤニヤ笑ってないで、さっさと解放してください!


 

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