第48話    『君が望むモノは何?』

 舞踏会当日の朝は、普段と変わらないように始まった。


 ついにこの日が来てしまったことに焦りもあるけど、いっそのこと、さっさと終わらせてしまったほうがいいのかもしれない。


 舞踏会の日が近づけば近づくほど、表情が固くなっていく。そんな私を見かねて、ルイスさんは軽い調子で助言をくれた。


『んな固く感じんなって。単なる食事が豪勢ごうせい宴会えんかいだととらえとばいいんだ』


 ……うん、それはどう考えても無理です。

 だって、私がルイスさんに恥をかかせちゃったり、嫌な思いをされたりしないかとか、不安が山ほどあって。


 ――本当に私で、いいのかな?


 考えただけでも、憂鬱ゆううつ。このままベットにとじ込もってたいよ。


「でも、そうもしてられないよね」


 今日は一日仕事を休みにして、夜に開かれる舞踏会の準備にあてることになってる。

 着付けたり、化粧に髪型も気を配らなきゃいけない。


 私一人じゃ到底できないから、ルイスさんの伝手つてをつかって支度をすることになってた。

 目覚まし時計を確認してみるけど、まだ時間に余裕がある。だからって、二度寝するような気分でもないけど。


「あと一時間後に騎士舎前、だよね?」


 そこで待ち合わせになってたけど、どこかのお店とかで着付けのサービスでもしてるのかな?

 元の世界で言う、美容院の着物着付けみたいな。


 とりあえず、身一つでいいって言われるけど。前に、ルイスさんが私に見立ててくれたドレスは持っていかなくちゃ。

 あとは、何がいるかな?


「……あ」


 一つだけ思いあたって、机の引き出しの取っ手を引く。

 中には、鏡面を伏せられた手鏡があった。


 花祭の時の、ルイスさんからの贈り物。ルイスさんからもらった日からこの手鏡は、毎日欠かさず持ち歩いてた。


 最初に『真実を映す鏡』なんて聞いた時は、半信半疑だったけど。

 これがあったから、ルイスさんが抱えてる物がもっと細かくわかった。

 それだけじゃなく、バジリスクから命を救ったのもこの鏡。


「やっぱり、何か特別な力でもあるのかな?」


 白昼夢みたいに鏡が私に見せた光景は、間違えようのない真実でしかなかった。

 にわかには信じがたいけど、最近だとつい、こう言って流してしまいそうになる。


「……異世界だからアリ、なのかも?」


 人間、諦めと割り切りが必要だよね。


 最初は異世界だって実感するような物事に、うんざりしてた。

 いつからかな、それが事実だからって受け入れるようになったのは。


 元の世界との違いを見つけるたびに焦りを覚えていたのは、いつまで?


「……」


 自分自身が気づかないで起きてた変化が、怖い。

 いつまでもこの世界にいるはずなんてなくて。帰らなきゃいけない、そのはずなのに。


「私は――」


 答えが出なくて、唇の動きが止まってしまう。

 言いかけた言葉は、何だったのかな。


 視界に、『真実を映す鏡』が入った。


「これを使えば、わかる?」


 ……私が今、何を望んでいるのかもわかるのかな。


 指先を伸ばして、手鏡の持ち手に触れる。細かくツタ模様に彫刻された持ち手が、手のひらにデコボコした感触を伝えてきた。


 ソッと顔の正面まで持ち上げる。映りこんだのは、見慣れた私の真剣な表情で、背景はいつも私の過ごす部屋。

 ……変わらない、普段の景色。


「……何も映らない?」


 やっぱり、そんな何回も簡単に見れたりしないのかな。

 …………期待してガッカリしてもいいはずなのに、どうして今私は、安堵あんどしてるの?


『真実を見るのが、怖い?』

「え?」


 誰かの声が聞こえたような。

 とっさに声を上げて反応してしまった。見えない誰かに投げかけられた問いに、ドキッとした。


 気づいちゃいけない物を、指摘されたような。


 改めて、マジマジと鏡を観察してみる。

 前にも、鏡を見てる時に声が聞こえたことがあった。


 たしかあの時は、その後。


「……」


 あの時と同じように、指先で鏡の面に触れてみた。



 ――そして、次の瞬間。



 また私は、真っ暗な空間に気づけば立っていた。



 ◇◇◇



「あ……」


 また、同じ場所。

 少し離れた場所にあるのは、前に見たことがある大きな姿見の鏡。


 光をこぼす鏡だけが、この空間の中で唯一の明かりだった。


『さぁ、のぞいてみなよ』


 うながされる声につられるように、自然と足が鏡へと近づいていく。

 きっとそう、ココ・・に答えがある。


 優しい声は、私の様子をうかがってるみたいだった。


 鏡の前で立ち止まる。

 手を伸ばせばすぐに触れられる距離まで近づいてるのに、鏡には私の姿は映らない。くもりガラスみたいに、白くにごって何も見えない。


 前は、最初は私の姿は映ってたのに。その時とは、違うの?


「どういうこと……?」


 私の疑問と困惑をよそに、見えない声の主は疑問をぶつけた。

 

『――君が望むモノは何?』


 

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