第46話    「おおっと? まさか俺に惚れたか?」


 ……どうして、私は今、食後なのにハードな運動をしてるのかな。

 急な坂道の上で、ルイスさんが私を振り返って爽やかに笑ってる。まるで、スポ根のドラマみたいなシチュエーション。


 体育会系ではないんですけど、私。


「っあ、あの……。どこへ行くつもりなのか、そろそろ教えてくれませんか?」

「もう少しで着くから、待ってろって。そのほうがあんたも楽しめるぞ?」


 さっきから行先を聞いても、ルイスさんはもったいぶって教えてくれない。

 ここの坂道に来るまでも2つ上り坂を制覇してきたのに、まだ登る気なのかな。

 

 カフェで私の4倍は食べてたのに、どうしてそんなにケロッとしてるのかな。ルイスさんの胃袋は相変わらず理解できないよ。


「ほら、頑張れって。この坂道登り切ったら到着だからな」

「登り切ったらって…………どこを頂上としてますか?」

「? もちろんあそこだ」


 ルイスさんが指さした先は……。


「…………遥か先じゃないですか」


 50mは距離があるよ!

 角度が60度はありそうな傾斜が急な坂が続くとか、何の修行なのかな。


 ルイスさんがわざわざ連れて来ようとしてるからには、きっと何かあるんだとは思うけど。

 さすがに厳しいよ。


「つらかったら俺が抱えていくぞ?」

「頑張ります」

「即答で拒絶かよ! ちょっとは悩めって!」


 私の返事にルイスさんが苦笑いをする。

 だってここではっきり断らないと、ルイスさんのことだから平然としちゃいそうだから。


 そんなことされたら、心臓が持たないよ。


 ルイスさんにはげまされながら、少しずつ坂道を進んでいく。時間をかけて長い長い坂を登り切った先には、開けた空間が広がっていた。


 酷使した足の影響でふらふらする。こけないように注意しながら、ルイスさんのうながしにしたがって広場の奥に向かう。

 

 行き止まりのそこは、私が見たことのない風景があった。


「ここは……」

「良い景色だろ?」

「……はい」


 木製の手すりの下には、オレンジ色に染まる街並みが広がってた。まるで、ポストカードの中の風景をそのまま取り出したような美しさ。

 苦しかったけど、きつい坂道をのぼってよかった。じゃないと、この光景を見ることなんてできなかったから。


 こんな場所があったなんて知らなかったよ。王都っていうのは伊達だてじゃなくて、とっても大きな都市だったんだね。日本で言う東京くらいな規模なのかも。


 眼下に広がる絶景を見てると、自然と感嘆の息が出ちゃう。


 少し離れた場所に見慣れた騎士舎を発見。普段から使ってる場所を見つけると、ホッとする。

 ……あ。あの、そばにある周囲の建物から浮いてる大きな円形の空間って、訓練場かな。周りの家とかと比べると、改めて訓練場って大きかったんだなってわかるよ。


 騎士舎よりも訓練場よりも、一際目立つ建造物がある。周囲を見渡せるここより、その建物のてっぺんの位置がさらに高いところにある。


「立派な城ですね」

「あれがこの国の王城、ククルビタ城だ」


 この王都に来て初めてじっくり見たよ。

 建物が大きすぎて、逆にあんまり見えなかったのかも。


 まるで真珠みたいな純白な城の壁面が夕日に照らされて、色を変えてる。屋根のブラックグリーンの色合いが対照的だった。

 ハッと息をのんでしまうような幻想的な風景。


「この景色を、ルイスさん達は守ってるんですね」


 ルイスさんが所属をしてる騎士団第三部隊は、王都警備をしてる。

 この平和で美しい景色を、ルイスさん達……第三部隊の人達が守ってる。


「ルイスさんは、どうして騎士になろうって思ったんですか?」 

「……俺が騎士になった理由は」


 問いかけると、ルイスさんは街並みを眺めている目を細めた。 

 遠くを見つめる彼は黙ってしまった。


 ……答えにくいことを聞いちゃったのかな。

 「やっぱり答えなくていいです」って言いかけた私をさえぎって、ルイスさんの言葉が耳に届いた。


「俺はリーチェのために騎士になろうとした」

「っ!」


 リーチェさん…………それってたしか、ルイスさんの婚約者だった人だよね。

 ルイスさんにとって、大きな存在だった彼女。

 

 彼がたまに悲しそうな瞳になっていることに、気づいてた。


「彼女が死んで意味がなくなっても、俺は『騎士であり続ける』事実に固執こしつしてた」


 「すがりついていたのかもしれないな、その事実に」なんて言って、ルイスさんは自分自身をあざけていた。

 自分の行動にむなしくなっても、それしか選択肢がなかったのもしれない。


 ルイスさんにとって、彼女が望んだことを成し遂げることが、喪失感を埋めて自我が崩壊することを防ぐ、防衛手段の一種だったんじゃないかな。


「それが、彼女へのとむらいだって信じていた」


 あるいはそれは、ルイスさんが自分自身にせた罰だったのかもしれない。


 懺悔ざんげをする罪人みたいにポツポツと話すルイスさんは、私の方を見ていない。彼の視界は、夕焼けに染まる王都の風景だけ映していて。

 もしかしたら、この景色を見ながら、リーチェさんとの思い出を思い起こしているのかもしれない。


「闇雲に任務に打ち込んでいるうちに、気づけば居場所があった。俺の望む望まないに限らずに。背を預けられる仲間も得られた。……けど、俺が俺自身を許してしまいそうで怖かったんだ。んなこと、ちっとも願ってないっつうのに」

「……」


 ただ淡々と語られる彼の内情に、私は相槌あいづちを打てなかった。

 易々やすやすと肯定してしまうと、彼の想いまで軽くなってしまいそうで。


 一つ気になって、閉ざしていた口を開いて尋ねた。


「騎士になったことを、後悔していますか?」

「…………以前の俺なら、そうだったかもな」


 今は、違うの?

 街を見下ろしていた彼が、私の方へ顔を向けた。


 フッと表情を和らげる彼に、さっきまでの張りつめた空気はない。


「あんたに、会ったから」

「私、ですか?」


 目を細めて笑う彼に、暗い影は見えない。

 底冷えするような得体の知れない雰囲気をまとっていた人と同一人物だって、誰もわからないはず。


 彼が見つめる先に、私がいるってことが信じられないくらい。


「あんたに会って、俺は変われた。あんたが俺のかせを砕いてくれた」

「……私は」


 私は何もしてない。

 ただ、ルイスさん自身が乗り越えただけなのに。


 ルイスさんの瞳に、困惑した私の顔が映ってる。

 夕日の光が輝くオレンジ色の視界の中で、彼が優しく微笑んでる。


「あんたに会えて、よかった」

「……はい」


 ――私も、あなたに会えてよかった。

 

 この世界に来て、あなたの姿が私を、私の姿があなたを苦しめていたのかもしれない。

 お互いに相手に他者の影を探してた。


 でも、あなただからこそ、その姿で良かったと思う。


 あなただから、私は好きになった。


 視線が合った彼は、肩をすくめておどけてみせた。イタズラをしかけた子どものように、片方の唇の端のみをわずかに上げる。

 

「……なーんて、な? おおっと? まさか俺にれたか?」

「――っ」


 冗談が、まるでナイフみたいに私の胸に突きさってくる。

 ……そうですよ、れているんです。あなたにどうしようもなく。


 肯定できたら、どんなに楽になるのかな。

 できるわけないのに。


「そんなわけ、あるはずないじゃないですか」

「なんだよ、つれないな」


 横目ににらんで否定してみせると、ルイスさんがねた。

 彼に対して認めてしまえば、まってる息もできるの?


 水の中に沈み込んでいくみたいに、息苦しい。

 もがけばもがくほどに、悪化していく心境。


 つらい、悲しい、苦しい。

 私の感情を伝えたいけど、それはできないし、しちゃいけない。


 元の世界に戻るのなら、彼に抱いてる恋心を見捨てていくんだから。


 そっと彼にバレないようにため息をこぼす。

 彼のそばにいるのがつらいのに、ここにいたい。


 せめてタイムリミットがくるまでは、どうかルイスさんがこの想いに気づかないでほしい。


 もしも、私の想いを受け入れられてしまったら……。


「たまにあんたって、俺に対して厳しい意見を出すよな」

「そうですか?」


 ふてくされるルイスさんに首を傾げてみせる。

 表面では何事もないフリをしてるけど、ただのやせ我慢でしかなくて。


 彼が私の想いを受け入れるはずなんてない。

 なのに、ありえないもしもの可能性を考えると、胸がうずいた。


 告白すらしないで逃げようとしてる私に、そんな未来なんて訪れないって決まってるのに。



 ――私の元に、ハッピーエンドは訪れない。



 ルイスさんから視界から外して、正面に戻す。


「連れてきてくれて、ありがとうございます。……本当に、キレイですね」

「ああ、そうだな」


 二人で見れる世界を、目に焼き付けよう。

 私が元の世界に戻っても、思い出せるように。彼との思い出を、一つでも多く心に残したい。

 


 

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