第38話    「普通でいいじゃないですか」

 自分の気持ちを確認したはいいけど……これ以上深く考えない方がいいよね。

 ますます悩んで、ドツボにはまるだけだろうし。気を取り直して話題を変えようかな。


 この気持ちを悟られたりなんかされたら、こっぴどくフラれちゃうに決まってるから。絶対にルイスさんがわからないようにしないと。


「それでその耳って結局なんですか?」

「え、おい今更聞くのか?」


 今更って、仕方ないじゃないですか。

 ルイスさんが失礼なことを言ったりするから横道に話がれたのに。


「私に文句を言うんですか? そもそもがルイスさんのせいじゃないですか」


 ムッとしてみせて言い返す。私の軽口に、ルイスさんが顔をしかめた。


「……俺のせいか?」

「他に誰がいるんですか? 人の話も聞かないで、嫌われるために無理やりキスをしたくせに」


 恨み言をもらすと、ルイスさんは目を頼りなく泳がせた。

 さすがに気まずいなんて感じてくれてるみたい。でもこれで何にも思ってなかったら、さすがに私でも怒るよ。


「うっ!? あー……っとそれはだな」

「誰でしたか?」

「…………俺、だな」


 素直に認めて、ルイスさんはガックリと肩を力なく落とした。

 自白した彼をよそ目に、私は淡々と話を続けることにした。


「それとちなみに、いつまでこの体勢のままなんですか」


 これは単純な疑問。私は寝転がれて楽でいいけどね。

 ただやっぱり落ち着かないし、できたら起き上がって会話したいよ。


「……べつにこのままでよくないか?」


 どうして不思議そうな表情をしてるんですか。それともルイスさんにとっては些細ささいなことなんですか。

 小首傾げないでください。その耳と相乗効果でワンコにしか見えないです。


 ……そういえば、このルイスさんの耳って、何の動物のなのかな。 

 っは!? 違うこと考えてる場合じゃないよね。このままぼんやりしてると、なぁなぁになって流されて会話続行なんて未来が見えるよ。


「ッダメです! 絶対、場所を移しましょう!」


 断固拒否しなきゃ。

 こんな状況慣れたくなんかないよ。


「…………なんか、そう強く反対されると逆のことをしてみたくなるな」

「!?」


 どうしてそこでアクドイ笑顔を浮かべるんですかっ!?

 そんな必要性ないと思います!


「変なところで興味を持たないでください!」

「はいはい。わかったっつうの。仕方ねぇな」


 どうして私がワガママを言ってそれを渋々聞き入れたみたいな様子なんですか!?

 違いますよね、常識的に考えて規格外なことを仕出かそうとしてるのはルイスさんですからね!


 ムスッとして見つめてるのに、ルイスさんは気にした素振りなんかなくて平然としてる。

 彼は身軽な動きで、さっと身体を私の上から退かした。


 上半身を起こすと、サッと視界に腕が入りこんできた。


「ほら」

「……」


 手を差し出されたけど……なんだか素直につかめないよ。

 気恥ずかしいから、だけじゃなくて。あんな態度をされたのに、親切にされたってどっちがルイスの本心なのかわからないから。


 疑わないで、ルイスさんの手をつかんでいいのかな。


 じっと手のひらの向こうに見えるルイスさんの顔を見つめると、彼は私の様子に不思議そうにしている。


「あ? どうしたんだ?」

「……いえ」


 掘り下げたって、ロクなことにならなさそう。きっと、レディースファーストだから自然としちゃってるだけじゃないのかな。


 内心で湧いた疑惑を打ち消して、軽く指先を彼の手のひらに乗せた。彼の手を引かれる力にうながされて、立ち上がった。


 彼のエスコートで、室内にあったソファーに座らされた。……私の部屋には備えついてなかったから、これってもしかしてルイスさんの私物?

 腰掛けると安定感があって、すっごく落ち着く。


 私の隣に座って、ルイスさんは「さてと」ってとりなしてみせた。


「んで、さっきの質問は……あー、なんだったっけな?」

「今、ルイスさんに生えてる耳についてです」

「ああ、そうだったな」


 こうやって話してる最中も絶えずにずっとピコピコと動いてる。……かわいいって思うけど、口にはしないようにグッと我慢しなきゃ。


「っつってもな……『何』かなんて、聞かれるとは思わなかったぞ」

「え?」


 あごに手をあて、ルイスさんは戸惑ってるみたいだった。 

 あの、私だって戸惑うんですけど。どうして聞くこと自体が変みたいな反応をしてるんですか?


 もしかして、この世界だと一目見てわかるようなことをわざわざ聞いたってこと?


 ルイスさんの様子にますます困惑する私を、彼はジッと見返していた。

 スッと目をすがめて、静かに問いかけてきた。


 その発言は、口調はいつもの軽い彼のものなのに、背筋がゾッとするような冷たさをおびていた。


「それとも、認めたくないだけかよ?」

「? 認めたくないって……?」


 あいまいに言われたって私、わからないんですけど……。

 ルイスさんは余計に困った私の表情を、黙ってしばらく観察してきた。頬にチクチク彼の視線を感じると、息をするのもなんだか緊張しちゃうよ。


「…………悪ぃ、変に勘繰かんぐったな。あんたは、そんな駆け引きを仕掛けてこない人間だったのに」

「? あの」

「疑って悪かった」


 目をせて謝られても、混乱度合いが増すだけですけど。


 ルイスさんが私に対してどう悪いって感じてるのかわからないから、許しようもないし。それにきっと聞いたって、気にしなそうな予感がするよ。

 その耳が嫌われる原因だってルイスさんは思い込んでたみたいだけど、全然私は気にしなかったこともあったしね。


「気にしすぎですよ。普段は無神経なところが多いのに、どうしてこんなところで神経質な面をのぞかせてるんですか?」

「おいクガ!? こういった時に容赦ようしゃない言葉を向けてくんなって! どう反応したらいいのか困んだろが!」

「普通でいいじゃないですか」


 そうですよね?

 だって、私達にそんな雰囲気似合いませんよ。


 それに、せっかくルイスさんから久しぶりに話しかけてくれているんだから。

 

 いつルイスさんが我に返って、前みたいに「もう関わるな」って言ってくるのかって不安も少しだけあって。

 だから、これくらいの冗談とかからかいは許してもらわないと、私だって平常心が保てそうにないよ。


「あんた……俺ら一応これから、真面目な話をするんだけどな」

「いいじゃないですか。しましょう?」

「…………もういい、わかった。ああもう、してやるよ!」


 投げやり気味に言い放たれても。私としてはあおったつもりはないのに、半分キレてるみたいなヤケクソ感を出さないでほしいな。


 そのままの勢いで、まくし立てるみたいにルイスさんはさっきの質問の答えを教えてくれた。


「こんな耳がある理由は一つしかないだろ!? 俺には獣人の血が流れてんだよ!」

「……獣人」


 険しい顔をルイスさんはしてて、自分自身の発言に嫌そうな表情を浮かべてるけど。


「……」


 『獣人』って、たしか一度どこかで本で読んだことがあった気もするんですが。

 あの……そもそもそれって、何でしたか?





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