第37話    「私をあなたから締め出さないでください」

 私の目がルイスの見慣れない三角形の耳に釘付けになっているのをどうとらえたのか、彼はクシャリと表情を歪めた。


みにくいだろ? これがあんたに見せたくなかったモンだ」


 醜い? ルイスさんはそう思ってるの?

 私に見せたくなかったから、あんなに冷たくしてたの?


「普段は出ないように気を張って、予防に封じる魔法までかけてんだ。けど、ここ数日ちょっとした拍子ひょうしに出るようになった」


 でも、さっきまで生えてなかったよね? どうして私とキスをして耳が出るの?

 気を張るってことと関係があるの?


「……キスをした理由をまだ聞いてません」

「コレは出るのは感情が過剰に高ぶったときしかない。一番手っ取り早い方法だったからやった。それだけだ」


 そんな理由で、私キスされたの?

 見せるための……嫌われるための手段として?


「……っ」


 止まっていたはずの涙があふれてくる。にじむ世界の中、ルイスさんは私の様子なんて気にもしないで静かに話しかけた。


「……あんただって、これで俺に幻滅しただろ?」

「!」


 もしかして、無理矢理することで嫌がられることも計算に入れてるの?

 完全に私に嫌われるために?


 だとしたら……。


「ムカつきます」

「は?」


 胸の中でもやっとしてた物が、イライラになって私を動かした。

 グツグツ煮えそうなくらいの想いがせり上げてきて、それをそのまま口にした。


「あのですね。私、ファーストキスだったんです。それをどうしてわざわざ、こんな方法で奪われないといけないんですか」


 悲しいし、悔しい。

 ルイスさんにとってキスはどうでもいいものなんだって、当たり前みたいにしてるんだって感じちゃうことだったから。


 私にとってルイスさんは、以前の関係を簡単に崩してもいいような相手に思われたんだってとらえられて。その程度の関係しか、築けてなかったの?


 キッと真上にあるルイスさんの顔をにらみつけると、彼はたじろいだ。さっきはあんなことをして平然としてたくせに、その反応はなんですか。


「耳なんてどうだっていいです! そんなの生えたって、コスプレかなぁくらいにしか思いません!」

「は? どうだっていいって…………コスプレってそもそもなんだよ?」


 なんかルイスさんが呆然と聞き返したりしてるけど知りません!

 ルイスさんだって話を無視して横暴な行動をしたんだから、私だっていちいち答えたりなんかしないです!


 元をたどっても、ルイスさんの論の根本が違うよ。

 この世界に来てから、魔法とかファンタジーな事に触れてきた。元の世界には空想のこととしか描かれてなかったものがたくさん存在してて、この世界の常識とかに驚いてばっかりだった。

 今更、獣の耳の有る無しで引くとか引かないとか、そんな次元は通り越してるんだから。


「見くびらないでください。私はそんなことでルイスさんへの気持ちを変えたりなんかしないです!」

「!」

 

 今までルイスさんがどんな人達と出会って、どんな目を向けられてきたのかはわからない。でもきっと、彼の様子から獣の耳を見つけられた途端に嫌悪感を持たれたのかもしれない。


 だとしても、それが私まで一緒だなんて勘違いされるのは心外でしかないよ。



 もしも、ルイスさんが人からの接し方が変わってしまうことにおびえてるんだとしたら。

 それが原因で、女の人なら誰でも優しくしてるっていうナンパな態度につながっているのなら。



 全力でそんなことないって、否定したい。

 そういう人ばっかりじゃないんだよって。少なくとも、私は違うってことはわかっていてほしい。


 人の価値観って、そんな簡単なものじゃないって思うよ。


「勝手な決めつけで、私をあなたから締め出さないでください」


 どうか、受け入れられるはずがないなんて前提を立てて、壁を作らないで。


 だって、違うはずだよ。

 獣の耳が生えていたって、いなくたって、今まで過ごしてきた時間で積み上げた思い出の中身まで変わらないでしょ?



 ――例え、彼が私自身を見てなかったことがあったとしても。



「お願いです。『私』を、『私じゃない他の誰か』として見ないでください。私として…………リオン・クガとして、ルイスさんに認めてほしいんです」


 彼の目が大きく見開く。私の嘆願が出るなんて全く思いもしなかったみたいで、信じられないって気持ちが彼の顔から読み取れた。


「……いつから気づいたんだよ?」

「花祭りの頃から違和感は感じてました。明確にわかったのは、あのバジリスクに襲われたときです」


 最初は些細ささいな違和感。目が合っているはずなのに、彼の瞳に私が映っている気がしなかったとき。

 一度悟ってしまったら、その後は知らないフリをするしかなかった。


「どうして、わかったんだ?」

「……私も、同じでしたから」


 私はルイスさんに、先輩を重ねていた。


「ああ、そっか。俺ってあんたの『先輩』って奴とそっくりだったな」

「はい」


 私が先輩に会えないように、彼が私を通して見つめていた誰かとはルイスさんにとっては会うのが困難な人なのかもしれない。


 「その相手は誰ですか?」なんて、聞けないよ。


 ……それに知りたくなかった。

 愛おしそうな、慈しむような彼の視線の先に、誰がいたかなんて。


 きっとそれは、彼にとって他の誰とも比べ物にならないほどに、一番大切な人に違いないから。



 ――でも、それももう今、指摘してしまった。

 


 彼にとったら、突かれたくなかった部分を刺激するようなことだと思う。そっとしておいてほしいって願っているはずのこと。


 だけど、私を見て誰かの面影を追われるのはもう嫌。


 彼が私を見ていないときに胸が痛んで。気づいてすぐは小さな痛みだったはずなのに、時間が経つにつれてその痛みは強くなっていった。

 私をちゃんと見てほしいなんてお願い、単なるワガママだってわかってるけど。


 ルイスさんは顔を悲しみで歪ませながら笑った。

 それは明らかに、私達を不毛なことをしてるって思って自ら嘲笑うもの。


「似た者同士だな、俺ら」

「……そう、ですね」


 たしかに、似てる。

 本人じゃなくて、まがい物に手を伸ばそうとしていたこととか。


 彼は私に向けてきてくれた親愛はきっと、『誰か』に向けてのものなんだと思う。

 それを受けて勘違いをしてしまったのは、私。



 ――『先輩』じゃなくて、『ルイス・ハーヴェイ』という人物が心を占拠し始めたのは、一体いつからだったかな?



 元の世界に帰らなきゃいけないって、ここに私は居ちゃいけないって、わかってるのに。

 いずれ彼のそばを自分から手放さなきゃいけないことも、わかってはいるけど。


 『彼にも私自身を好きになってほしい』なんて、欲張りな気持ちを自覚してしまった。


「でも、ルイスさんと私は違いますよ」


 言ってしまったら、楽になるのかな。

 でもルイスさんをこれ以上困らせたくないから、こんな感情はふたをして鍵をかけなきゃ。


 泣きたいけど、今泣いたら止まらなくなりそうだから微笑んでみせた。


「そうか? 同じだろ?」

「いいえ、違います」


 同じなはず、ないよ?

 ルイスさんは私のこと、誰かの代わりだって思ってるかもしれない。よくて、友情でしかないはず。


「全然、違います」


 だって、ルイスさん。知らないですよね?

 私がいつの間にか、あなたを特別な気持ちで想い始めてたなんて。


 さっきキスされたときは驚いたし、その理由を聞いたら悔しくて悲しくなったけど。

 キス自体は嫌じゃなかった。


 他の誰かとかだったら、きっと全然違った。

 キスされたことにイラつきが隠せなくて、ビンタくらいはしちゃうと思う。


 ……ルイスさんだから、嫌悪感が少しもなかったんだよ。


 そのことに気づいて、私だってさっきようやく自覚したんだから。ルイスさんが知ってるはずないよ。

 ……自覚したって、仕方のないことだけど。



 ――だって、これはあらかじめ結末が決まってる。



 彼の心の中には私じゃない誰かがいて。

 私はいずれこの世界を去っていく。


 だから、これは片想いにもならない恋なんだってこと。


 だったらこんな想い、なかったことにしちゃおう。


 本音を隠して、私は表情を取り繕った。ほんの少しだけ、私の想いを混ぜて。


「だって私はもう、ルイスさん自身を見てますから」


 誰かを重ねたりなんかしてない。

 私は、先輩じゃなくてルイスさんにかれてる。 


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