第39話    「本人に聞いたら教えてくれました」

「……まさかだけど、獣人自体何かとか聞かないよな?」

「…………その、ええっと」


 微妙な表情をして、視線を泳がせる私を「正気か」って言いたそうに目をいて見つめるルイスさんがいた。

 い、居心地が悪いよ……。


 だって、仕方がないよね?

 「たぶん合ってる、のかなって」程度の知識しかないのに、堂々と「知ってます!」なんて言い返せないし。


「耳のところに獣の耳が生えてたり、お尻からはシッポが生えている人のことですよね?」


 合ってるのかビクビクしながら、彼の様子をうかがいつつ答えてみせた。

 本で読んだ限りは、そうだったような。


 不確かな部分しかない私の様子に、ルイスさんはますます信じられないって表情になった。まさしく「唖然あぜん」って言葉がピッタリの顔で、私の返答が普通じゃないってことをあからさまに伝えてきた。


「違いましたか?」

「違ったっつうかなんつーか……改めてあんたが常識にとぼしいのを認識したよ」


 私の言葉だけじゃ不十分みたい。

 ……でも、他に何かあるのかな?


 読んだ本には特に他に何も書いてなかったと思うんだけど。


「この国に獣人がほとんどいないことは知ってるか?」

「それは、わかります」


 街を歩いてても全然すれ違わないし。そう言われてみれば、パンプ王国内に獣人族はあまり住んでないって書物にも記載があったような。


「その理由は単純だ。ここの国のお偉いさんは獣人に対して排他的なんだ」

「種族差別ってことですか?」


 私がいた世界でも、問題視されてて社会の科目で習ったよ。どこの世界でもそういうのって変わらないのかな。

 私には、よくわからないけど。


「ただ、耳が違ってシッポが生えてるだけなのに?」

「あんたみたいに考えてる奴の方が、この国じゃ少数派なんだよ。特に、貴族の世界だとな」

「……変な考え方ですね」


 どうして気にしちゃうのかな?

 耳とシッポで、その人たちにべつに迷惑をかけてるわけでもないのに。


 ルイスさんが嘘を言ってるようには見えないけど、どうしても信じられなくて不信感満載な表情になっちゃうよ。

 彼はというと私の納得してない顔を見て、逆によくわからないって言いたそうにしてる。


「幼い頃はこれを見せないための魔法も使えないで、常に出しっぱなしだった。そんな俺に、会う貴族連中が全員表情を歪ませて汚らわしいものを見るみたいにあざけってきたよ。……たまに、あわれんだ視線を向けてくる輩もいたけどな」

「……」

「それが、この国の貴族じゃ普通なんだ」


 そこまで、いとわれる存在なの?

 ルイスさんがあっさりと口にしてる事実は、私には簡単には受け止めきれそうになかった。


「それは、俺の家だった場所でもそうだった」

「!」


 それって、家族にもそんな扱いを受けてたってこと?

 そんなはず、ないよね?


「公爵家だった俺の家の使用人達は、貴族出身だった。俺は使用人にも格下に、血筋では父と母にあたるやからには出来そこないの存在しないモノにされた」

「そんな、ことって……」


 どうして?

 だって、獣人の血が混じってるってことは、父親か母親が獣人だってことじゃないの?


 それなのに、軽視されてきたってこと……?


「俺は、望まれて生まれた奴じゃないんだ」

「っ!?」


 私の疑問を解き明かす彼の言葉が、冷たく部屋に響いた。

 ルイスさんは感情を表情から、目からスッと消している。


「かつて、ハーヴェイ家をより強固な力を持たせるために、祖父が獣人をめとって子を産ませた。その子どもが俺の父だ。父は自分の身に獣人の血が流れていることを、何よりも嫌っていた」

「……つまり、ルイスさんが獣人の特徴を持っているから嫌ってるってこと?」

「そうだ」


 それだけで?

 だとしたら、何てくだらないことをしてるの?

 ポカンとして見つめると、ルイスさんはそれにうなずいてみせた。


「……? あの、でもそもそも獣人の血を入れるのが強固な力を得ることにつながるんですか? それって、貴族が獣人嫌いだったら逆効果じゃないかと……」

「人間には人間の、獣人には獣人特有の魔力属性がある。それだけが目的で祖父は実行した。血をけがした、なんて周りに言われまくってたな」


 肩をすくめてみせたルイスさんは、あっさりそう言ってのけたけど……納得なんてできないよ。


 魔力属性はたしか、人間が「風」「火」「水」で、獣人は「土」だったはず。

 ルイスさんは「水」と「土」。


 種族の違いで使えない魔力属性が使えるようになるっていうのは、大きなことなのかもしれないけど。

 それで結婚するっていうのは違うんじゃないのかな。それとも貴族の世界だと普通のことなの?


 ルイスさんだって貴族、だよね。いずれ、そういった損得で結婚するのかな?


 ……ううん、私には教えてもらえないよね。

 それに第一、知ってもどうすることもできないんだから。「嫌だ」なんて言う権利もないのに。


「……でも、それでこじれてるんですよね」

「ま、そうだな。父も散々貴族連中からバカにされてたみたいで、完璧主義な性格もたたって唯一の欠点の血がおぞましくてしかたないんじゃねーかな」


 他人事みたいに自分自身の親を話すなんて。たぶん、ルイスさんにとってはどうでもいいってとらえてるのかも。


「だから、父にとってそれを思い起こす俺は邪魔でしかない存在ってわけだ。母もそれで罵られたみたいでな、二人してお前さえいなければって反応だったな。そんな空間わずらわしいだけだろ? だから俺は早々に家を出たんだ」


 ルイスさんにとって家ってしがらみでしかなかったの?

 ……あれ? でも。


「エミリア様は? 家族、なんですよね」

「あ? なんであんた、知ってんだ?」

「……本人に聞いたら教えてくれました」

「あいつが自発的に? へぇ」


 エミリア様の名を上げても、ルイスさんの目は変わらない。

 彼にとっては、彼女もどうでもいい枠に入ってるってこと?


「あんたの言う通り、エミリアは俺の姉にあてはまるな」

「お姉さん、なんですか」


 あの時は深く聞けるような状況じゃなくて、妹なのか姉なのかわからなかったけど。


「やっぱり」

「は」

「あ、えっと」


 眉にしわを寄せるルイスさんに、口ごもりながら説明した。


「エミリア様って面倒見がよかったからそうかなって思ってたけど、一番はルイスさんをとっても心配してたから」

「面倒見がいいだって? 冗談だろ」

「冗談じゃ……」


 淡く笑うルイスさんは、心から信じていなそうで。

 私が言ったことを、嘘だって思ってるみたい。


 そんなことないのに。

 だって、エミリア様は自分自身の命より私の命を優先したくらいなんだから。


「それに俺を心配してただって? あいつが…………俺を? ありえねぇ、あんたの気のせいだろ」

「っ!? そんなこと!?」


 楽しそうに笑っているのに、ルイスさんの瞳はさっきから変わらず感情をくしたまま。


 どうして信じてくれないの?

 ……ううん、信じてないんじゃない。ありえないって知ってるみたいな感じがするよ。


 そんなことないのに。どうして、諦めきってるの?



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