第31話    「そんなこと、言わないでください」

「……っ嫌、です!」

「!」


 そんなの嫌だよ。

 どうしてエミリア様は自分を犠牲にするように言ってくるの?



 ――残された人が、どんな気持ちになるのかわからないくせに。



「っ!」


 ……そうだよ、わかってるよ。

 私が元の世界に戻ったら、ルイスさんにそういう気持ちにさせるんだってことも。


 だけど、仕方ないことで。

 悩んだって、苦しくたって、私が選んでしまうのは元の世界なんだから。


「……あなたには、ルイスが待っているでしょう? あの子に悲しい想いをさせないで」


 か細い声で懇願をしてこないでください。

 だって、そんなことされたらエミリア様が死を覚悟してるってわかっちゃうじゃないですか。


「……私、は」


 帰るためには、生き残らなきゃいけない。

 だけど、彼女を見捨ててはいけない。


 矛盾してるって、わかってるよ。


 でも、エミリア様を置いていくなんてできるはずがない。

 だって……。


「そんなこと、言わないでください。だって、あなたは…………ルイスさんの家族、なんでしょう?」

「!?」


 彼女が驚愕きょうがくで目を見開く。彼とおそろいの水色の瞳が月明かりを反射して、キラリと光った。


 顔つきに関しては、エミリア様とルイスさんは似ても似つかない。

 ……というより、男の人と女の人だから顔の輪郭の違いとかあって、どうしてもわかりにくかったんだよね。


 でも、妙に世話好きで、お人好しなのはルイスさんとそっくりだから。


「何故、わかったのかしら」

「……決定打は、さっきあなたがハーヴェイ家の人間だって名乗っていたことです。でもなんとなく、それ以前に引っかかってたことがあったから」

「引っかかっていたことですって……?」

「はい」


 前はあんまり面と向かって話してなかったから、気がつかなかったけど。

 今日、一緒にお茶をしてて一番似てるところを見つけたよ。


「笑顔が同じなんです」

「え……?」


 キョトンとする彼女は、元がきらびやかな美人なのに無垢むくな印象があって。そのギャップが、可愛い。

 思わず小さく笑っちゃう。そんな場合じゃないのに……。


「ルイスさんと、笑い方が一緒なんです」


 だから、気がついたんだよ。

 そうじゃなかったら、たぶん、わからなかったかも。


「ルイスさんにとって、大事なのは私だけじゃないはずです」

「……だとしても、私はその枠にはあてはまらなくってよ」

「! そんなこと……!」


 『ない』って否定したい。

 でも、安易にしちゃいけないってことくらいわかって、私は途中で口をとめた。


 ルイスさんとエミリア様の間には、溝がある。

 二人が顔を合わせると、険悪な雰囲気になっていたから。


 過去に何があったのか、わからない。エミリア様はルイスさんに冷たい姿勢で話すけど、心配はしてる。何か行き違いがあって、こじれてるんじゃないのかな。


 ……結局のところ、私はやっぱり、ルイスさんのことをまだよく知らないんだよね。


「っ!」  


 草むらを揺らす音が近づいてくる。

 ……もう、後がないんだ。


「だから、私のことは捨て置いてあなただけでも助かりなさい。時間稼ぎくらいはして差し上げるわよ」

「……そんなの、意味ないです。エミリア様も、助からないと……」


 そうじゃなくちゃ、きっとルイスさんを傷つけちゃう。

 そしてこの予測は、間違ってない気がするよ。


 心が大きくさざめく。


 エミリア様は儚く微笑んで、唇を震わせてる。


「彼にまた喪失感を味わせないであげてちょうだい」

「……え?」


 『また』?

 それって、隊長さんが言ってたことと関係があるの?


「――ッシャァァアアアア!!」

「!?」

「っ! ほら、早く走りなさい!!」


 バジリスクの咆哮が、私達の身体を震わせる。耳の鼓膜が痛くなってしまいそうなくらいの声に、怪物の強靭さを感じた。


 今更だけど怖くて、足が震えそうになる。  


「早く!!」

「っ嫌……嫌、です」

「わがままをおっしゃってる場合ではないでしょう!? しっかりなさい!」


 エミリア様の追い詰められた表情に、頭が真っ白になって。

 一緒に逃げるために、何か方法があるはずだって信じたくて。


 ただ首を左右に振るしかなかった。


「シャァアアアアッッ!!」

「!?」

「あ……」


 茂みが一際大きく揺れたと思ったら、バジリスクの鳴き声がすぐ近くに聞こえた。

 とっさに目をそっちに向けようとして、寸前のところで思いとどまった。 


 たしか、目が合ったら石になって死んでしまうはずだから。


「っ! 危ないわ!」

「!?」


 突き飛ばされた!?


 勢いよく跳ね飛ばされて、しりもちをつく。

 砂利に手のひらが擦れたのと、腰を強く打った痛みが襲ってきた。


 急にどうして?


 してきたエミリア様の方に視線を向けると、さっきまでいた場所に彼女の姿はなかった。

 代わりにそこには、巨大な生物の体の尾の部分があった。


「え……?」


 一枚一枚が人の顔くらいの大きさの灰色の鱗が、ギラリと鈍く光る。

 とぐろを巻いている尾の中心には、身体を拘束されたエミリア様がいた。


「なんで……」


 もしかして、さっきの『危ない』って言うのは私をかばおうとしてたの?

 そして私の身代わりに、エミリア様が捕まってる?


 表情を苦痛で歪ませる彼女と目が合った。


「逃げ……て…………は、や……く…………」

「エミリア、様」


 元々色白な彼女の顔色が、ますます白くなっていく。

 ……ううん、違う。血の気が引いていってる。


 呆然と見上げていると、彼女のまぶたが下りて瞳が完全に閉ざされた。


「嫌…………」


 こんなの、嫌だ。

 絶望に、目の前が真っ暗になる。


 このままじゃ絶対、エミリア様が死んじゃう。

 私を庇って。


「嫌!」


 現実を認めたくなくて、強い否定の言葉が口から飛び出した。


 エミリア様は、意識がなくなる最後まで私に逃げろって言ってた。

 だけど、そんなことできないよ。できるはずがない。


「なんとかしなきゃ……」


 ううん、なんとかするんだ。絶対に!


  


 

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