◆Emilia END◆   昨日の敵は

「そんなこと、できません……!」

「!」


 首を力無く振ると、エミリア様の息をのむ音が聞こえた。


「なら、あなたは私と死を共にする気なのかしら?」

「……それは」

「できないでしょう? ともすればあなたが辿たどるべき道は一つしかないはずよ」

「…………」


 口ごもった私を見て、エミリア様は呆れた様子で深いため息をこぼす。


「しっかりなさい。確固とした信念があるのなら他に惑わされてはいけないわ」


 でも、そのためにエミリア様を見捨てろって言うの?

 私のために自ら忠言する彼女は優しすぎるよ。


 ……気遣ってくれたんだと思うけど、いらないよ。


「だけど……誰かを踏み台にしてなんて、生きたくありません!」

「っ! な、なにを言っているのよ。あなた、さっきあの男に対してはできたでしょう? それと同じじゃない」

「違います!」


 違う。全然違うよ、エミリア様。


 あの人は私達に危害を加えようとした加害者。

 だけど、エミリア様はそうじゃなくって。


「エミリア様は私を護ろうとしてくれた。助けようとしてくれました。だから、今度は私があなたを助ける番です」


 でも、それには私には力がない。

 剣だって振るえないし、魔法だって使えない。


 歯がゆいし、悔しいけど。まぎれもない事実。

 嘆いていたって仕方ないこと。だったら、他に方法を考えるだけだよ。


「力を貸してください」

「……」


 真剣に見つめると、彼女のんだ水色の瞳が揺らぐ。

 やがて、エミリア様はそっと瞬きを一つすると、唇の端をわずかに上げてみせた。


 それは貴族のお嬢様には似合わない、不遜ふそんな笑み。


「……あなたの提案に乗りましょう。話しなさい」

「! はい!」



 ◇◇◇



 茂みが揺れる音が次第に大きくなっていく。

 じわじわと追い詰められているのがわかるけど、私達は一歩も動こうとはしなかった。


 ただ、私もエミリア様も、耳をませてどこから音がしてるかをつかむことに集中してた。


「……来るわよ。覚悟はよくて?」


 エミリア様が私に流し目をしてきたから、それに力強くうなずいてみせた。


「はいっ! ……とは言っても、やっていただくのはほとんどエミリア様になりますけど……」

「…………たった独りで立ち向かっていない現状だけで、私は充分よ」


 フワリと笑うエミリア様に心が救われるよ。思わず、微笑み返してみせた。

 でも、ここで安心はしちゃいけない。気はしっかり引き締めないとね。


「――シャァァァァアアアアアアアアッッ!!」

「っ!」


 時間を空けずに突然現れたバジリスクを見ないで、大きな咆哮ほうこう音で位置を判断する。

 すかさずそっちの方に体の向きは変えて、視線は地面に固定した。


 絶対に何がっても顔は上げちゃダメ。

 でないと、石になっちゃうから。


「≪流れる水は腐らず大蛇をめるでしょう。やがて刃となりむしばむ存在になりなさい≫」

「キシャ!? ッシャッ……シュ…………ュ………………ッ」


 大量の水が現れて流れていく。ただ、流れていく先はどこかは目で追えない。

 その行先を知っているからこそ、目で追うのが危険だってわかってるから。


 バジリスクの鳴き声がか細くなっていく。視界の端に見える尾の先が、激しくのたうちまわってる。


 っ! ……危ないかも。あんまり近いと尾にあたりそう。

 危険すぎる縄跳びみたい。ぶつからないように一歩下がっとこうかな。



 ――私がエミリア様にお願いした方法は、完全に彼女の能力に頼っての方法だった。



 まず、彼女の水魔法でバジリスクの口から多量の水を流し込んでもらう。

 そのまま溺死できしさせるのも手かと思ったけど、待っている間に攻撃されたら意味がない。


 だから、流し込んでもらった水を使って、その水をさらに複数の刃に変えてもらった。

 そして刃に変えてもらった水で、内臓を内側から切り刻むようにお願いした。


 バジリスクがどんな魔物なのか、私は知らない。

 でも、どんな生き物だって内部からの攻撃には耐性がないはず。


「ッ…………………」


 ビクビクと痙攣けいれんした後に、バジリスクはその巨大な身体を弛緩させた。

 だらりと伸びる長い怪物は、まるで寝てるみたい。


 ……なんて、顔はまだ見てないから実際に目を閉じてるかなんてわからないけど。

 まだ生きてて目が開いてたら、私石になっちゃうしね。


「……どうやら、倒せたようね」

「え?」


 ポツリと呟いたエミリア様に、思わず間抜けな返事をしちゃったよ。

 いやだって、あっけなさすぎるよね?


 あんなに緊迫感あったのに、跡形なさすぎないかな?


「どうして不思議そうな顔をしてるのかしら? 多少は浮かれるか安堵したらいかがかしら?」

「……早すぎて実感が湧かないです」


 バジリスクがパッと出てきてパッと死んじゃった。

 なんか、3分間の料理みたいなお手軽感覚……。


 戸惑う私に対して、エミリア様は深いため息を吐き出した。


「私としてはあなたが理解できないわ。未だかつてこんな破天荒で無慈悲な討伐方法はなかったはずなのに、その様子でどうして容易に発案できたのかしら」

「えっと……めていただいているんですか?」

あきれているわ」

「……」


 そうですか。

 ジト目で観察されて、そっと視線を合わせないように瞳を泳がせた。


 と、ともかく。博打だったけど、なんとか上手くいってホッとしたよ。

 ヨカッタ、ヨカッタ。


 締まりのない終わり方だったけど、それを無理矢理自分なりに納得しとく。

 終わりよければ全て良しだよね!


 ウンウンと内心うなずいとく。


 そんな心情を察したエミリア様は、再び特大の嘆息をしている。


「あなたって……本当に、豪胆な方」


 苦笑しながら微笑むエミリア様は、月明かりに照らされてとても綺麗だった。



 ◇◇◇



「……!」

「ご機嫌よう」


 ちょっと空いた休日に、図書館に行くために騎士舎から出た私を捕まえたのは日傘を優雅にさしたエミリア様だった。


「少しお時間をいただけないかしら?」

「……はい」


 誘いに頷くと、近くに停めてあった馬車に乗せられた。

 前に見たのと同じデザインの外装だ。同じ種類の馬車をいくつも持ってるのかな?


「あの……どこに行くんですか?」

「黙ってついていらっしゃい」

「……」


 着くまで内緒ってこと?


 そして連れていかれたのは、彼女と初めて出会った場所でもある訓練場だった。

 中央のグラウンドでは、ちょうど第三部隊……ルイスさん達が訓練を行ってた。


「こちらよ」


 エミリア様の誘導で、中央が一番見やすい観客席に誘導される。

 そして、二人で並んで席に腰かけた。


 これって、エミリア様がルイスさんを観るから、そのお誘いってこと?

 最初は「ルイスさんにつきまとうな」って否定的だったはずだけど……。それくらい私を認めてくれたってことなのかな? 


 ……でも私、ルイスさんに拒絶されてからまだ話をしてないんだよね。

 だから正直、ここには居づらいよ。


 ……そういえば私とエミリア様の二人でバジリスクに襲われてから、もう一週間くらい経ったんだよね。エミリア様はくじいた足は大丈夫なのかな?


「あの……足のお加減はいかがですか?」

「あら、ご配慮感謝しますわ。一週間養生して、だいぶ良くなったの」

「そうですか」


 良かった、骨折とかじゃなくて。



 ――バジリスクに襲われた後。 


 エミリア様に肩を貸しつつ、二人で森を抜けた。森の中で他の魔物に襲われなかったのは、本当に幸運だったよ。

 なんとか王都の門前に来たと思ったら、エミリア様は貴族だったこともあって大問題。


 そこから取り調べで別々にされて、そこから彼女とは会ってなかった。

 だから結局、今日会うまではエミリア様が捻挫ねんざか骨折かはわからなかったんだよね。

 


「ええ。これもあの時のあなたの判断のおかげね」

「……そう、でしょうか」

「当然でしょう。何故そこで自信がないのかしら? 胸を張りなさい。あなたは私の命の恩人なのよ? 光栄に思いなさい」


 どうしてエミリア様が偉そうに微笑んでいるのでしょうか。

 得意げにフフンって笑われても、あの、一応私褒めてもらっているんですよね?


「……ですからあなただけ特別に、平民だけど私の友人を名乗るのを許可して差し上げるわ」

「…………え?」


 どういう、こと?

 友人?


 瞬いて見つめると、眉を寄せて不服そうな顔をエミリア様はしていた。

 だけど、彼女の耳の端が薄くピンクに色付いてる。


 ……たぶんだけど。もしかしてエミリア様、照れてる?


「なによ。拒否することは認めなくってよ」

「! いいえ、断るつもりなんかないです!」


 慌てて首を左右に振ってみせた。


 うん、そんなつもりなんてない。むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ!

 いいのかなって、確認の意味で聞きたいけど。……必要ないかも。


 だって、私の言葉にとっても嬉しそうにエミリア様が表情をほころばせたから。


「……そう。ならいいのよ」

「はい。…………あの、これからもよろしくお願いします」


 一瞬ためらったけど、私は様子をうかがいながらそっと口を開いた。


「その…………エミリア、さん」

「っ! ……ええ、もちろんよ!」


 私の呼び声に、彼女は水色の瞳を細めて優しく微笑んでくれた。


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