第4話 「困ったことがあったら、何でも言えよ?」
「あ。自己紹介が遅れたっすね。俺は第三部隊所属、チェスター・スクワイアって言う者です。以後お見知りおきを!」
「……よろしく、お願いします」
おどけた様子からガラッと変わって、彼、スクワイアさんは胸に手をあててきっちりと腰を曲げた。読んだ本に詳細は載ってなかったけど、これが騎士とか従者とかの礼式なのかな?
ハーヴェイさんもそうだったけど、慣れた感じがあるよ。もしかしたら、職場でよくやるからなのかも。
「いやーにしても驚いたっすよ! まさか、時の人が彼女なんて予想外で」
「そういや、さっきビックニュースって言ってたな。……ああ、それが『騎士舎の家政婦』か?」
「そうっす! 新しく家政婦が来る、しかも女性ってことで、これはぜひ先輩に伝えておかないとなーっと」
「そりゃどーも」
肩をすくめてみせるハーヴェイさんは、苦笑いをしてる。
女性からの連想ですぐハーヴェイさんが出るなんて……スクワイアさん、調教されてる。悪いほうの洗脳されてるね。
「んで、俺としては早く彼女を騎士舎に案内したいんだけど?」
「!? っとと、ちょーっと待ってください! まだ用事があるっす! っというか、こっちが本題で副隊長を探してたんすよ!」
横を通り抜けようとしたハーヴェイさんを
……そういえば、特にスクワイアさんから指摘されなかったけど。
「……」
ハーヴェイさんと手、つないだままだったね。
……こっそり外してもいいかな?
「…………? っ!?」
ぬ、抜けない!? 痛くないけど、しっかりつかまれてるから、全然ほどけそうにないよ!
ハーヴェイさんに目で訴えてみても、何も変わらない。今、目が合ったよね? 表情は動いてないけど目元が笑ってるから、気づいてるでしょ?
さては、ハーヴェイさん……私が困ってるのを面白がってる?
「……」
「……」
「…………っ!?」
ムッとして睨んでみせると、つかまれてる手の甲を、指の腹でそっと撫でられた。
背筋をなぞられたみたいにゾワッとするから、それはやめてほしいな。
恥ずかしいから手を放してほしいけど……ここで暴れるのは目立っちゃうし、おとなしくしてるしかないかな。
誰にも指摘されないことを祈らなきゃ。
「……ふーん、で? 本題はなんだよ?」
「急いで副隊長室に戻るっす! でないと――」
「何を道草をしてんだ! このバカ野郎共がぁああああ!!」
「!?」
ビ、ビックリしたよ……。
空気がビリビリ震えるくらいの大声で、思わず飛び上がっちゃった。
後ろを振り返ると、仁王立ちした厳つい中年男性が立っていた。
身長が2mくらいありそうで、筋肉は隆々って表現がピッタリ。腕の太さだけで、私の顔くらいあるんじゃないかな……?
彼の顔でまず目に入るのは、口の周りに生い茂ってるヒゲ。その次に、いかにも頑固おやじって感じのする堅苦しさ。顔立ちが彫りが深くて洋風だけど……もし日本人だったら、雰囲気的にちゃぶ台返ししてそう。
私の喉から絞り出したみたいな悲鳴が上がってしまった。
スクワイアさんも身を縮ませたけど、ハーヴェイさんは額に手をあてて宙を仰いでみせた。なんでそんなに余裕なの、ハーヴェイさん!?
「っひぃ!?」
「うわ……。こいつが探してるなら、さっさと言えよチェスター」
「今言おうとしたところっす!」
「それじゃ意味ないだろ!?」
「何をごちゃごちゃ騒いでんだ。ああ?」
「「な、なんでもないでーす(っす)……」」
仲良いですね、お二人とも。
同時にギロリと三白眼に睨まれて、二人とも背筋をまるでアイロンで伸ばしたみたいにピシッと正した。
彼らの様子に呆れた視線を向けた後、目つきの悪い中年の彼と私の視線が合った。
「……!」
どうしよう、怒鳴られる?
とっさに、ハーヴェイさんとつないだ手に力を込めちゃった。
「テメェは……」
「あ、の……」
「隊長。怖いんで、その犯罪者顔なんとかしてください。女子に見せるもんじゃないです」
「ルイスゥウウウ!! ッテメェ平然と上司侮辱してんじゃねぇ!」
「事実を述べただけですけど?」
「~~っこんの下半身男がぁ!!」
「隊長ぉ! 抑えてくださいっす!!」
今にもつかみかかりそうな、隊長と呼ばれた中年の彼を、スクワイアさんが羽交い絞めにしてる。あの中年の男性、血管が切れちゃいそうな……顔だって怒りで真っ赤だよ。
……ハーヴェイさんは、それを半笑いの表情で眺めてるけど。
ハーヴェイさんがしれっとした様子で、失礼な要求を叩きつけてたのは、たぶん私を考えてのことなんだよね。
私が、あの人を怖がっちゃったから……。それがわかったハーヴェイさんは、気を遣ってくれただけ。
その証拠に、ハーヴェイさんは私があんまり彼が見えないような位置になるように、身体を素早く自然な動きでずらしてた。
ハーヴェイさんが心配してくれてるのはわかる。でも……私が、しっかりしないと。
すぅっと息を吸い込んで、心をなだめようとしてから口を開く。
……すごく、ドキドキするよ。
「あの……」
三人分の目が、私の方に向けられた。一気に集まった視線に、
「あの、私。ここで家政婦をさせていただくことになりました、リオン・クガです。……よろしく、お願いします」
声がわずかに震えちゃったけど、許容範囲だって思いたい。
しっかり頭を下げて、それから怖々と顔を上げると、強面の男性は私に苦々しい表情を浮かべてた。
……やっぱり、さっきの態度がよくなかったのかな?
「……なるほど。テメェが新しく雇用される予定の奴か。……みっともねぇとこ見せちまったな」
「いえ、そんなことない、です」
バツが悪くて、苦い顔つきになっちゃってたみたい。
もしくは、恥ずかしくなっちゃってるのかも。みっともないって考えてるみたいだから。
そんなことないって思うけどね。三人のやり取りは、本当に仲がいいんだなって感じたから。
スクワイアさんからの拘束を外してもらった彼は、片手で髪を居心地悪そうにかきむしった。その後に、咳ばらいを一つしてみせた。
「オズワルド・グリフィスだ。第三部隊隊長を任命されている。この低能で女にしか目がない野郎の上司だ」
「ひどい言い様ですね、隊長。俺は平等に愛を振りまいているだけですけど?」
悲しそうに眉を寄せてみせるハーヴェイさんは、首を振ってみせた。
庇護欲を誘っちゃうような表情だけど……嘘っぽい。なんていうのかな、わざとらしすぎるよ。
演技臭いハーヴェイさんの様子を、彼……グリフィズ隊長さんは身体の芯まで射抜いてしまいそうな鋭い目つきで、ギロリと
「黙れ、この大バカが。テメェのせいで何度俺の元に苦情が来たと思ってやがる」
「注意されてから自重して、恋人持ちには手を出さないようにしたじゃないですか」
「ちったぁ反省しやがれ。後ろからナイフで刺されてもおかしくねぇような生活送りやがって」
「それなら、本望ですよ」
ケラケラと明るく笑うハーヴェイさんに、私は思わず眉をしかめる。
……それでいいの?
そこまで、色んな女性が好きなのかな、ハーヴェイさんって。
隊長さんも、渋い表情でハーヴェイさんを睨みつけてる。……そうだよね、良いはずがないよね。
「……この件で突き詰めても時間の無駄だ。とりあえず、仕事に戻るぞ」
「あ、ちょっと待ってくださいよ。俺、彼女を騎士舎に案内したいんですけど」
「…………今、そいつ……クガっつったか? クガを連れてきたのか? なら、家政婦として長年いるヒルダに任せればいいだろ」
「そこまで付き添ってもいいですか?」
「…………え?」
とっさに、私は疑問の声を小さな音量でこぼした。
ハーヴェイさんの申し出はありがたいけど……いいのかな?
彼の発言に、隊長さんは目を
……そうですよね、普通、女性に甘いとはいえ、勤務中に言い出しちゃいけないですよね。おまけに副隊長なのに。
「……わかった。行ってこい」
いいの?
引き留めるって思ってた隊長さんは、至極あっさりと
「その代わりに、戻ってこなかったらテメェ、わかってんだよな……ああ?」
「おお怖っ! そのままお茶でもするか、クガ?」
「!? いえ、それは……」
「さっさと連れて行って勤務に戻れ! このアホが!!」
「了解です。さて早く行くか、クガ!」
「あ……!」
アハハなんて陽気に笑って、ハーヴェイさんは私の手をグイッと引っ張ってきた。
その様子をやれやれって呆れた顔で隊長さんは眺めてる。
ズルズル引きずるようにハーヴェイさんに連れられていく。
私の意志は気にしないの、ハーヴェイさん!?
「あ、あの……! これからお願いします、隊長さん、スクワイアさん」
遠ざかっていく隊長さんとスクワイアさんに、聞こえるようにって声を出して呼びかける。
振り向いた二人は驚いてたけど、すぐに微笑を浮かべてくれた。
「こちらこそ、よろしくっす!」
「おう、よろしく。そっちも、バカの面倒を頼んだ」
「え!?」
「ひどいですね、隊長!」
「うるせぇ! クソ野郎が!!」
バカの面倒って……ハーヴェイさんのこと!? 面倒って、なに?
女にだらしないところを何とかしろってことかな?
「……ハーヴェイさんのは病気なので、たぶん無理だと思います」
「グハッ!? お、おい、クガっ!?」
「ガッハハハハハ!! そうか、無理か!」
「言われてますよ、副隊長!」
「…………ちくしょう」
結構小さな声で呟いたつもりなんだけど、聞こえちゃったみたい。
スクワイアさんと隊長さんに爆笑されて、ハーヴェイさん悔しそうに歯噛みしてる。
「~~ああもういい! さっさと行くぞ!」
「っはい!」
歩く速度を速めたハーヴェイさんに追いつくように、後ろを振り返るのをやめて前を向いた。
正面に見えた騎士舎は相変わらず大きくて、尻込みしたくなっちゃうけど。
……きっと、なんとかなるよね。
「な、クガ」
「はい」
ハーヴェイさんの横に並んで歩き始めると、彼は私とつないでない方の手をそっと上げた。
その手のひらは、私の頭の上に置かれた。
「新しい場所に来て、戸惑うこともあると思うけどさ。困ったことがあったら、何でも言えよ?」
「……!」
頭ナデナデですか!? 急にされたら何事かと思っちゃったじゃないですか。
……優しく全体的に撫でる。押しつけすぎず、かといって軽すぎない。この撫で方は……ちょっと落ち着くかも。
置かれた手のひらの存在を感じながら、そっと上目遣いに彼を確認した。
目が合ったハーヴェイさんは、爽やかな笑顔を浮かべみせた。
その笑みに私の心拍数が、大きくジャンプした。
「わかったか、クガ?」
「っ! ……は、い」
「よし」
私の返事に満足そうに頷く彼は、そのまま手を頭上から遠ざけた。
とらえてた視線も正面の騎士舎の方に戻ったから、彼の横顔が見える。
手はもうそこにないのに、頭がまだほのかにあったかい気がして。
ドギマギしちゃうのはきっと、先輩に似てるから。
先輩は頼りがいがあって、気遣いもできる人だから。
……私の、憧れの人だから。
「……」
――先輩に会いたい。
ハーヴェイさんの近くの職場を選んだら、そんな気持ちになるのは予想できたこと。
胸が刺し込むような痛みは、私が選んだもの。
……だから、大丈夫。
思い込みでも、やるしかないから。
記憶の中の先輩が、優しく微笑んでくれたような気がした。
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