第5話 「なにか言いたいことでも?」
騎士舎に来てから仕事の内容を把握するのに忙しくて、あっという間に1週間経った。
家政婦って言っても、やることは前の使用人の見習いのときと同じ。
ただ、洗濯と食事の量は違うけどね。
ここ、騎士舎には約70人の騎士の人達が住みこんでる。
初めて聞いたとき、人数が少ないって感じた。気になって、家政婦長のヒルダさんに理由を聞いたんだけど、他にも独身の人はいるみたい。
例えば貴族出身の人は王都内に敷地を持ってるから、そっちから職場に通うんだって。
でも、洗濯も食事も出してくれるし、敷地内に訓練所もあるし、職場から近くて費用も安いから、大体の未婚の人はここに住むみたい。
洗濯しなきゃいけない物の量と、食事の量がたくさんなのは大変だけど。なんとか仕事にはついていけてるって思う。
あ、でも。一番助かったのは、洗濯しなきゃいけないのはタオルとか下着だけってことかな。
服のほうは、王城に洗濯専門の使用人がいるから、王城のシーツとかと混ぜて一緒に洗濯しちゃうんだって。大型の洗濯魔道具を使って一度にするみたい。
経費とか人件費削減のためかな?
と言っても、70人分のタオルと下着の洗濯も十分大変なんだけどね。
手作業で洗濯板を使っての作業も、力労働で疲れちゃう。洗濯板に桶のセットなんて、家庭科の授業以外で初めてみたよ。
洗濯が不慣れなこともあって、私はそっちの担当にはあんまり回されない。
むしろ食堂の厨房のほうに主についてくれって言われてる。
「食堂に私がいる方が
なにはともあれ、頑張っていかなくちゃ。
◇◇◇
「リオンちゃーん! カウンターに日替わり定食一つ! 頼んだよ!」
「! っは、はい!」
料理長のベティさんの差し出されたお盆を受け取って、カウンターに運んでいく。
今日の日替わりは、朝告げ鳥のソテーがメインの料理。皮がパリッと焼きあがってて、香ばしい匂いが食欲をそそる。付け合わせのスープもパンも。
おいしそう……! 口からよだれが出ちゃいそう。
違うメニューだろうけど、今日のまかないもすっごくおいしいんだろうな。
「お待たせしました。日替わり定食です」
注文受け取り用のカウンターに載せると、料理を待ってた騎士の人が切羽詰まった様子で話しかけてきた。
「あ、あああの! クガさん!」
「……? はい」
どうかしたのかな?
……まさか、私、注文間違えちゃった?
でも、それにしても、様子が変だよね。彼、勢いよく唾を飲み込んで、焦りの感情しかないから。
「その! もしよかったらなんですけど、俺と――」
「『俺と』?」
「!!!? っひぃ!?」
発言を遮ったのは、低いけど透き通った声。声の主の彼の、タレ目がちの中の空色の瞳がスッと細くなってる。
私と目が合って、彼、ハーヴェイさんはニコッと笑った。
ハーヴェイさんが肩に手を置いたのは、さっきまで慌ててた男の人だった。
満面の笑みを浮かべたまま、ハーヴェイさんが優しくささやいた。
「それで? 第二部隊のジム・フーカー? あんたのさっきの言葉の続きは?」
「!!? っい、いや……その…………」
? この男の人、急に顔色が悪くなったけど、どうかしたの?
真っ青になっちゃってるなんて、今からご飯なのに大丈夫かな?
「ん? 遠慮すんなよ。言いたいことがあったんだろ?」
「すみませんでしたぁあああああ!! なんでもないですぅううううっっ!!」
「……あ」
行っちゃった。ご飯が載ったお盆はしっかり持って行ってくれたけど、あんなに走ったらスープがこぼれちゃうんじゃないのかな?
何だったのかな?
「ハーヴェイさん」
「よ。久しぶりだな、クガ」
カウンターに肘をついて笑いかけてきた。数日前に会ったばっかりなのに、変なの。
ここ、騎士舎の食堂は騎士団の駐在所から近いことから、昼食はここでとる人達が多い。もちろん、ハーヴェイさんもそのうちの一人で、毎日ここで食事をとってる。
でも、私と頻繁に会うってわけでもないよ。接客じゃなくて厨房で働いてるときは、ハーヴェイさんが来ててもわからないからね。
「久しぶりってほどでも、ないと思いますけど」
「んなこと言うなよ。クガに会いたくて会いたくて仕方なかったんだからな。ここ数日の会わない日は、本気で心が枯れるかと思ったぞ」
嘘ですね。
首をすくめて嘆いてみせてるけど、それ、単なる建前で事実はそうでもないよね?
「同じこと、一体何人に言われたんですか?」
「うっわー……さすがに正面切って、誰にでも言ってる発言はしないでくれよ」
「? 違うんですか?」
「…………いや、まぁ」
「……」
「んなシラッとした目で見んなよ」
しどろもどろと要領がない返事だから、きっとそうだよね。
わかってるから、べつに隠さなくてもいいのに。
ハーヴェイさんが女性にだらしないことくらい、わかってるよ?
むしろ今更感があります。
コホンと取り成す咳ばらいをしてみせたハーヴェイさんは、いたって気まずそうだった。私はそうでもないんだけど。
「んで。仕事にはもう慣れたか?」
「……たぶん、少しは?」
自信はないけどね。
でもさすがに、働き始めて今日でもう1週間くらい経つから。
「そうか。何かあったらいつでも言えよ?」
「……それ、前にも言われましたよ」
「あー? そうだったか?」
とぼけられたけど、絶対言われたよ。こんな念押しするみたいに言うなんて、ハーヴェイさんは心配性なのかな。
私の頭に手が置かれるのも、前と同じ流れ。
厨房では料理に髪の毛が混じったりしないように、一つにまとめてたのに。それも乱れてグシャグシャになっちゃった。
「っ! ボサボサになっちゃうので、ちょっと……」
「べつにいいじゃん? ほれほれ」
「わぷっ!? あ、あの……!」
なんだか、前と違って撫で方が荒い気がするよ。
おまけにやめてもらおうとしたら、もっとひどくなっちゃった。
「ルイス、オメエなぁ……」
「あ、隊長。今から昼ですか? 奇遇ですねぇ」
「……! 隊長さん、こんにちは」
「おう」
横から現れた隊長さんと目が合った。
けどすぐに逸らされて、隊長さんはハーヴェイさんをジロリと睨みつけた。
物言いたげな隊長さんの視線を受けて、ハーヴェイさんは撫でる手を止めた。
この間に髪を結びなおしとこうっと。今はクシを持ってないから手でスッとすいて整えとく。
「なにか言いたいことでも? 隊長」
「…………いや」
「?」
どうしたのかな、隊長さん。冷めた目でハーヴェイさんを眺めてるけど。
ハーヴェイさんはハーヴェイさんで、その視線を受けても微笑んでるし。
なんだか、私の知らないところで分かり合ってるみたい。
「あの?」
「なんでもねぇ。……気を強く持てよ、クガ」
「え?」
「ルイス、テメェはほどほどにしやがれ」
「何のことですか?」
気を強くって……どういうことなのかな?
ハーヴェイさんは
気になるけど、とりあえず。
「……注文、何にしますか?」
「俺、日替わり定食で頼むな」
「はい。隊長さんは?」
「同じので構わねぇ」
「わかりました」
二人から注文を取って、私はベティさんに聞えるように言った。
「日替わり定食二つで、お願いします!」
私は私のできることを、こなしていかなくちゃ。
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