第3話    「さすがに騎士舎に女連れ込むのはマズいっすよ」

「着いたぞ。ここが、騎士舎だ」

「……ここが」


 目の前にドーンと構えてるのは、大きな建物。元の世界だとマンションみたいなものかなって想像してたけど、予想に近いかな。


 三階建ての平面に広がった木造の建築物。

 ここの敷地もマクファーソンの屋敷と似たり寄ったりで、とっても広そう。……あ、騎士の人達の住居だから、もしかしたら、庭とかに練習場とかあるから広いのかも。


 建物に続く道を歩きながら、ハーヴェイさんは説明をしてくれた。


「騎士舎とは言っても、騎士団のうちの第一・第二・第三部隊の独身の奴らしかいないけどな。他の奴らは地方にいるし」

「……部隊?」


 えっと、それってたしか……。


「あ、あんた。もしかして知らないか? 前に、年月もわからなかったよな?」


 記憶の中を探ってると、ハーヴェイさんが私の様子を察して、尋ねてきた。馬鹿にしてる感じじゃなくって、ただ単純に気遣ってるだけだってわかる言い方。


 でも、たぶん。これなら私もわかると思う。王宮図書で、途中まで読んだ本に書いてあったから。

 一瞬よぎったセオドールさんの姿に、胸が痛んだけど。それはそっと心の奥にとどめておく。


「……第一は王族の身辺警護、第二は王城警備、第三は王都警備でしたっけ」

「お、なんだ。知ってんじゃん。どうしたんだ?」

「本で読みました」

「……本か。あんたも好きだなー」


 本って言葉だけで、渋い顔をされちゃった。そこまで拒絶反応を起こさなくてもいいのに。

 彼に答えた内容から、芋づる式に知識が蘇ってくる。


 ◇


 このパンプ王国には確か、第八部隊まで騎士団が存在してる。各部隊の人数は、約三十人。いわゆる元の世界で言う、高校の一クラスと同じくらい。

 ただし、第二部隊と第三部隊は人数が多めで、それぞれ六十人ってことになってたはず。


 第一部隊が一番栄誉ある仕事ってことになってる。……だって、王族の身辺警護だからね。責任も重大だけど、その分王族との信頼も必要だからやりがいのある仕事だと思う。

 それ以降は、第二部隊、第三部隊……っていう風に、順列が決まってる。


 ちなみに、さっき第四部隊以降が話題に出てこなかったのは、地方に勤務の部隊だから。国境とか、魔物が大量発生しやすい場所とかに配属になるんだって。


 ……うん、結構憶えられてる。でもまだ、ある程度わかるってくらいにはいってない。

 一般教養はもちろんだけど、私が本当に知りたいのは、もっとこの世界の人達が興味を持たないことだから。


 もっときちんと、この国と世界について調べていかないと。


 それに、普通の人が知ってることをわかってないと、知り合う人に不信感持たれちゃいそう。そんなことになったら、ややこしくなっちゃいそうだし……。


 騎士団に関わる仕事場に勤めるんだから、信用を失ったら牢屋に閉じ込められたりしないかな?

 ……万が一そうなっちゃわないように、十分気をつけないとね。


 ◇


「ま、要するに、だ」


 ハーヴェイさんの言葉で我に返った。

 彼は陽気な笑顔で、爽やかに告げた。


「ここは独り身の監獄っつうことだ」

「監獄って……」


 歯が太陽に反射してキラッとしてますけど。そんな歯磨きのCMに使われそうなくらい、素敵な笑顔でなんてこと言っちゃってるんですか。

 そして、それになんて返せばいいんですか、私。


 私の困惑した表情に、ハーヴェイさんは眉間にしわを寄せて深刻そうに教えてくれた。


「いや、嘘じゃないぞ。ここはな、女にえてる悲しい男共の住処なんだ」


 そんなおもむろに。『女にえて』って怖い言葉が聞こえたんですけど。私、ここで暮らして大丈夫……なんですよね?


 頬が思わず引きつった私をよそに、ハーヴェイさんが悲壮な表情を浮かべた。


「貴族で婚約者がいる奴はいい。だが、それ以外の奴らは朝から晩まで連日勤務っつう、女子との出会いなんてない環境だ。最悪だろ? しかも、だ」

「……しかも?」

「そのうち、残った内の諦めてさとった奴らはな、目覚めるんだ」

「目覚めるって」


 ……何に? 特殊な魔法を使える能力とか?

 よくわからなくて、考えてみるけど理解できない。疑問でいっぱいの私の顔つきを見たハーヴェイさんは、何かを察した後にホッと安心した様子で頷いた。


「クガ」

「? はい」

「さっきの俺の言葉は忘れろ。わからないままのあんたでいてくれ」

「?? はい」


 どうして慈愛の表情で見つめられてるのかな?

 ……でも、さっきの意味はよくわからないけど、ハーヴェイさんが忘れろっていうんだから、深く考えないでもいいのかな。


 とりあえずわかったって意志を伝えるために頷いてみせると、ハーヴェイさんは満足そうに微笑んだ。


 そんな時、騎士舎の正面玄関の扉がいきなり開いた。かと思ったら、そこから地響きが鳴りそうな勢いで、一人の男の子が駆けてきた。


「!? ハーヴェイせんぱぁあああい!!」

「げ」

「……知り合いですか?」

「騎士団の後輩だ」


 顔をしかめて、「うへぇ」と言いながら答えてくれた。……後輩の彼のこと、苦手なのかな?


 まっしぐらって表現がピッタリな速度で駆け寄ってきた彼は、茶色の髪を揺らしていた。まさしく焦っています、って様子で慌ただしくハーヴェイさんに話しかけてくる。


「っ大変なんっすよ! 今、聞いたんですけど、ビックニュースで――」


 まくし立てようとした彼の言葉が、唐突に止まった。

 ……? どうしたのかな?


 今気づいたけど、この男の人、私のこと見てる……?


「あの、ハーヴェイ先輩」

「なんだ」


 ? 急に真面目な顔をして、どうかしたの?

 キリッと真剣に、茶髪と揃いの茶色の瞳で彼は、ハーヴェイさんを見据えてる。ちなみに、ハーヴェイさんは、いたって面倒そうなうんざりした感じで返事をしてた。


「さすがに騎士舎に女連れ込むのはマズいっすよ」

「は? 何言ってんだお前。それくらいわかってるって。あとこの子とは、んな関係じゃないから」

「へ? 違うんすか?」


 第一声がそれって……。ハーヴェイさん、手癖の悪さは騎士隊の人達にも認知されてるの?

 ハーヴェイさんの否定に、茶髪の男の人はキョトンとしていた。そんなに意外なんですか。


 茶髪の彼は、私を指さして首を傾けた。


「えーっと……だったら、なんですか、彼女。関係者以外立ち入り禁止っすよ。あ、もしかして何かの案件の被害者とかっすか? あ! だったら俺、事情聴取立候補するっす!」

「はぁ!? ざっけんな! 彼女の面倒は俺が見るっつの! テメェに彼女は渡さん!」


 あの、そのセリフ、まるで私がハーヴェイさんの持ち物みたいです。やめてください。


 目を輝かせて手をピシッと上げた彼を、ハーヴェイさんが怒鳴りつけた。威嚇してる動物みたいな反応……。あと、さりげなく背後に私を隠さなくても、べつに取られたりとかはないと思います。


 背中から顔だけコッソリのぞかせると、茶髪の彼と目が合った。

 お辞儀とあいさつはしっかりしとこうかな。ここで生活してるときに、すれ違うこともあると思うし。


「あの……!?」


 なんでそんな凝視してるの!? 動揺しちゃって、ビクッとしちゃったよ!

 見ててもべつに、顔が変わったりなんかしないよ? どうしてそんな眺めてるのかな? それとも私って、そんなにおかしな顔してる?


「……その、はじめまして。明日からこちらで家政婦として働く予定の、リオン・クガです。よろしく、お願いします」

「…………」

「………………あ、の?」

「……………………かわ」

「? かわ?」


 川って、なにが?

 首を傾げると、フルフルと小刻みに震え始めた茶髪の彼は、握りこぶしを上げて吠えた。


「かっわいいな!? なんすかこの子、正統派清純系じゃないっすか! 意趣返したんすか!?」

「!?」


 正統派清純系って、なに?

 大声に驚いちゃって、ハーヴェイさんの後ろにとっさに隠れちゃったけど……。


「うっせぇ! っつか手を伸ばすな、ぜってぇ触らせねぇからな! こいつが汚れんだろが」

「『百人切りの副隊長』がそれを言うんすか! 女の敵! 俺達の敵! モテない男子にも恵んでくれっす」

「自分で狩ってこい! 男だろ!」

「それができたら苦労しないっす!」


 仲いいな、二人とも。じゃれ合いみたいな口喧嘩から、つかみ合いまでしようとしてる。

 百人切りとか気になる単語はあったけど……それよりも。


「副隊長?」

「は?」


 呼びかけると、取っ組み合いをしていたハーヴェイさんが顔だけ振り返った。

 怪訝そうな彼と、視線が合う。


 ……えっと、まさかだけど。


「……もしかして、副隊長って、ハーヴェイさんのことなんですか?」

「あ? ああ、言ってなかったっけ?」

「……え!?」


 あっさりと頷かれても、すぐに反応できないんだけど。

 逆にどうして、茶髪さんも「知らなかったんすか!」なんて叫んでるの?

 もしかして、知らない私のほうが、おかしいの?


「それじゃ、改めて」


 ふてぶてしい笑顔を浮かべると、ハーヴェイさんは胸元に左手をあてて、うやうやしくお辞儀をした。


「俺が、パンプ王国騎士団第三部隊副隊長ルイス・ハーヴェイだ。……今後ともよろしくな」


 顔を上げて、わざとらしくウインクを一つ飛ばしてきた。

 悔しいくらい様になってて、何だかちょっとイラッとした私は。


「女癖悪くても、出世ってできるんですね」

「ッブハ!? ちょ、クガ!?」

「っあっはははは!! 超直球! この子、マジで最高っすね!」


 隠しきれない本音が、口からこぼれてるっていう失態をしてしまった。

 えーっと……だって、ね? 仕方ない、よね?

 

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