第2話    「待ってたぞ」

 半ばやむなく騎士舎の家政婦として雇われることを承諾しょうだくした、あれから。


 『善は急げ、むしろ逃がしてなるものか!』みたいな勢いで、気迫のある笑顔で「2日後には騎士舎に来てくれ」と告げられて。

 そんな彼に押されるかたちで、私はさっそく手続きを踏んでいった。……なんだか、流されちゃってる感じがする。


 ジョシュアさん、アンジェさんに事情を話すと、二人ともさびしがってくれて。

 お世話になった二人の期待を裏切って申し訳ない気持ちもあったけど、前言撤回するつもりはなかった。……あのままマクファーソンの屋敷に居ても、レイモンドさんと気まずいままだしね。

 お互いに、そんな状況は精神的に良くないと思うから。

 

 アルについては……セバスチャンさんに伝言を頼んだから、たぶん大丈夫だと思う。

 本当は直接会って伝えたかったけど、いつ会えるかなんてわからないからね。


 手荷物は衣類以外何もないから、荷造りはあっさり済んでしまった。



 ◇◇◇



 待ち合わせは、いつも彼に会う中心街。

 相変わらずの人通りの多さに、向かうのをためらってしまいそうな気持ちになるけど。首を振って奮い立たせた。


 中心街の、一番人気があるところ。そこには大きな噴水がある。そこで、私とハーヴェイさんは待ち合わせをしてた。

 待ち合わせには絶好のロケーションで、よく使われるんだって。渋谷駅前のハチ公みたいなものなのかな?


 私の唯一の荷物の大柄のバックを持ち直して、目的地に向かう。ジョシュアさんとアンジェさんに『餞別せんべつに』ってもらったバックは、私のお気に入り。

 働き始めてお金がたまったら、二人には借りてたお金と一緒に、お礼の物を送りたいな。


 目的地が見えた私は、一歩退いちゃった。


「……なにあれ」


 すでにその場にハーヴェイさんがいたのは、べつにいいんだけど……。


 彼の周りには3~4人の女性がいた。いかにも大人の女の人っていう感じで、色気が凄い。露出は全然ない服装なのに、どうしてあんなに色っぽいのかな?

 おまけに、皆美人ばっかりだし……周囲の男の人が、滅茶苦茶ハーヴェイさんをにらんでる。ねたまれてるよ、ハーヴェイさん。どうして彼女達と平然と会話を続けられるの?


 正直、近づきたくないな……。だって……。


「……」


 思わず、私は自分の視線を下に動かした。

 ……普通に石で舗装された道が見える。胸元に、特段視界の妨げになるものはないから。


 それに比べて。


「……大きい」


 あの女の人達、転んだりしないのかな? バランスも崩したりとかしないの?

 胸にあんな大きなものついてたら、絶対下が見えないと思うんだけど。


 私だってなくはないんだけど……さすがにあそこまでいかないよ。

 例えていうなら……リンゴとメロンを比べるようなものだよね。絶対、私よりサイズが二回りくらい違う。


 そして、そんな美女達と遜色そんしょくなく横に立てるなんて、こうやって見ると、ハーヴェイさんってイケメンなんだよね。

 ……最近中身が残念だったからすっかり忘れそうになってたけど。外見は先輩と似てるから、当たり前なのかも。


 須江先輩だって、元の世界だとずっと周りに綺麗な女の先輩に囲まれてたからね。先輩の魅力は、それだけじゃなかったけど……。

 先輩の周りに集まってた人達は、彼の人柄にもかれてたから。


 ――他ならない、私だって。


「……」


 ……いけない。意識が沈みかけたけど、今はそんな暇なんてないから。

 違うことを考えなきゃ。


 とりあえず、どうやってあの輪に入るか、だよね。

 私に巨乳美女達とイケメンの会話に横入りできるのかな?


「無理」


 うん。結論が出たね。

 ……でも、このままいても、もう、帰る場所なんてないし。


「……あ」

「お」


 どうしようなんて迷ってたら、彼と人ごみの間を縫うみたいに視線だけが合った。


 腕を上げて、ヒラリとその手を揺らした。その後に、彼はまっすぐな笑顔を向けてきた。


「待ってたぞ」

「……こんにちは」


 ニッコリ笑いかけられると、正直ドキドキしちゃう。

 ……中身が似ても似つかないけど、外見だけは先輩と同じだからね。外見だけは。


 頭を軽く下げた私を、満面の笑みで見つめてくる。


「ごめん、連れが来たから。じゃあな、もしよかったら今度、飯でも付き合ってくれよ」

「ええ、もちろん」

「またね~ルイス」


 さっきまで彼を取り囲んでた女の人達は、あでやかな微笑を浮かべて彼に別れのあいさつを告げていた。

 ……去り際ににらまれるかと思ったんだけど、何にもされなかった。


 あの人達は恋愛感情とかでルイスに関わっているわけじゃないのかな?

 それとも……互いにそれが当たり前で、信頼しきっているのかな?

 ……あ。そもそも私が待ち人だったから、相手にしても圧勝できるっていう勝者の余裕……? …………この可能性が、一番高いかな。


「変わったご関係ですね」

「は? 何がだ?」


 キョトンとして。どうしてハーヴェイさんたら、不思議そうな顔してるの? 何がって、決まってるよね?


「……さっきの人達です。他の女性が割り込んで来たら、普通は嫌な顔、するんじゃないですか?」

「? いや、あんた待ってる間話しかけられて、ちょっとしゃべっただけの初対面の奴らだし。そんな束縛もしないだろ」

「!? 逆ナン……」

「逆? なんだそれ」

「……なんでもないです」


 そんなことされる人なんていたんだ! ビックリしたよ!


 ……それにしても、ドライだよね。ハーヴェイさんって。

 少し会ってだけでも、もっと話したいって思ってくるような人が出てきたりするって思わないの?

 客観視してるってことなのかもしれないけど……普通、自分の好意に対してそんなに割り切れるのかな?


「そうか? じゃあ、そんなことより早く向かおうぜ」

「……そうですね」


 『そんなこと』って言いきった。ハーヴェイさんにとって、さっきのことが日常なのかな。


 考え込んだ私を、不思議そうに彼が顔を寄せてきた。わずかに首を傾げると、彼の涼し気な寒色の髪がわずかに揺れた。


「ん? どうかしたか?」

「……べつに。気にしないでください」


 なんとなく、気になったのは。先輩と同じ顔の彼がそんなことをしていると、違和感とか、複雑な気持ちになったから。

 でも、本人を目の前にして、別の人を思い出してたなんて言えなくて。誤魔化すしかない。


 目を逸らして答えると、ハーヴェイさんは特に深くも聞かないでうなずいた。


「わかった。じゃあ、行くか。騎士舎はこっちだ」

「……! あ」


 力も込めないで持ってたバックを、彼に取られた。強引に、じゃなくてサラッと自然な様子でなんて、どうやったら身につくのかな。


 って、呆然と見守っちゃったけど。それ、衣類しか入ってないけど、そこそこは重いはずなのに。


「あ、あの。それたぶん重いから、自分で持ちます」

「は? んなわけないじゃん。すっげぇ軽いぞ? っつか、騎士の体力舐めんなよ。これぐらい、どうってことないから」

「……でも」

「そもそも、女子が大きい物持って俺が手ぶらとかあり得ないだろ。どんな人でなしだよ、俺」

「……」


 ――人でなしではないけど、女泣かせではないかと思います。

 なんてこと、荷物を持ってもらってる身としては言い返せないわけで。


 私の荷物を持ったまま移動し始めたハーヴェイさんの背中を、慌てて追いかけた。


 それでも、諦めきれないよね。だって、悪いよ。

 なんて言えば、返してくれるのかな?


 頭の中で言葉を選んでいると、不意に足を止めた彼が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「あ、じゃあ。これは人質ってことで。こうすれば、あんた逃げたりしないだろ?」

「……人質って」


 ……変な物言い。きっと、私に気遣わせないように言ってるんだろうけど。

 おかしな人。女の人にだらしないかと思えば、紳士的に接してくれるなんて。それとも、女の人に慣れてるから、気を配るのも上手いの?


 彼の言い回しに、私は首を傾けてみせた。


「バックは、物ですよ?」 

「ああ、そっか。じゃあ、物質ものじち?」

「物質って……」


 そんな表現あるのかな?

 楽しそうに瞳を揺らす彼は、上機嫌みたい。私の返しにも、ムッとする様子なんてない。


 しばらく愉快そうに笑っていたハーヴェイさんだけど、「あ」と何かを思いついたみたいで表情を明るくした。


 ? なにかな?


「わかった。じゃあ、これならいいだろ」

「え……?」


 そう言うと、バックをつかんでないもう片方の手で、私の手をつかんできた。

 その手を目の高さまで上げると、ハーヴェイさんはわざとらしく片目をつむってみせた。


「ほら、人質。これで完璧だろ?」

「!」


 キザっぽい。そう思うのに、男の人に耐性なんてない私は、ドキッとしちゃうよ。

 だって、すっごくカッコよく見えて。それに、タレ目だからか妙に色気も出てるし。

 ……先輩とそっくりだから。


「に、逃げないから! 放して……!」

「んじゃ、行くか。忘れ物ないな?」

「……っないです、けど!」

「ならよし。ほら行くぞー」

「っ!」


 じたばた暴れても、難なくハーヴェイさんってば連れていこうとしてる!?

 引っ張られてるはずなのに腕も痛くならないなんて、どういうことなのかな!?


 そのうち、暴れるのも疲れてきて。

 私は素直に彼に手をつながれたまま、歩くことになった。


 前にもつないだことがあったけど、やっぱり、ハーヴェイさんの手って大きいね。

 ……なんて、どうでもいいことに気づいたりしながら。  

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