第17話 「楽しめるといいね」
白のシャツに、
カーキ色のシンプルなスーツみたいなズボンは、彼のしなやかな脚がよくわかる。
……やっぱり、文句なしにカッコイイ人。
「……あなたは誰ですか?」
「あ、これは失礼。私の名はアル。よろしく」
アル? でもそれって……この世界の人達にしては、短くないかな?
アンナさんだって短いけど、フルネームで名乗ってくれた。あと、セオドールさんも名前だけだけど、短くない。
アルって、間違いなく本名ではない気がするよ。
「それは本名? それとも愛称ですか?」
「どっちかな? 君の想像に任せるね」
「……」
つまり、教える気はないんですね。
綺麗に微笑んでも、私は誤魔化されませんけど。
外見が整っているせいで、余計に胡散臭い人に見えるよ。結婚詐欺師とかって、こういう人のことを指すのかな?
「アルさん」
「アルでいいよ」
「……いえ、でも」
「アルにしてくれない?」
「…………じゃあ、アル。あなたはどうしてここにいるんですか? ジョシュアさん達の知り合い?」
さっきから疑問に感じてたことを投げかけると、アルは目を丸くさせてしまった。だけど、しばらくして何事もなかったみたいにフワッと笑ってみせた。
「何故? もしかしたら、ここの使用人かもしれないよ?」
「昼から庭園にいるなんて、使用人なら庭の手入れをする人以外ないはずです。でも……使用人にしては、
白いシャツに、スーツのズボンみたいなしっかりした素材の服なんて、土をいじる作業に向かないよね?
私だったら体操服とか……でも、この世界にはないのかな?
それとも、もしかしてこの人の恰好が庭いじりの恰好として正式だったり?
ちょっと自信がなくなった私に向かって、アルは軽く拍手をしてみせた。
「よく観察してるね。その通り、私は使用人ではなく、招かれた単なる客人」
「お客様? ……なのに、どうしてここに? それも一人でですか?」
「細かいことは気にしたら負けだよ?」
何に負けるの?
おまけに、シーッと唇の前に人差し指を立ててみせてウィンクを一つ飛ばしてくるなんて、キザな人。
でも、どうしてかな? 憎めないし、ウザいなんて思わない。
「さてと、先程の質問の答えをちょうだい? 君の名は?」
「リオン。リオン・クガです」
「リオンだね。わかった」
「……」
なれなれしい……。すぐに名前呼びって、どうなのかな?
でも、ジョシュアさんにもアンジェさんにも同じように呼ばれたし……これが、普通なの? あ、だけどドミニクさんには『クガ様』って呼ばれてるような……?
……名前呼び嫌だって言うほうが、『なんで』とか聞かれてややこしくなりそうかも。
……もう、いいかな。
「それで、リオン。君はここで何をしてたの?」
「何って……アルこそ、どうしてここに来てたんですか?」
「私は気分転換。君は?」
「……することがなかったし……同じように気分転換、みたいなものです」
部屋にいてもグズグズ考え込んじゃうだけ。だから外の空気を吸って、リフレッシュしたかった。
……でも。実際どうなのかな?
それを、考えずにいられてる?
……ううん、違う。考えなきゃいけないものだよ。
一瞬でも、忘れちゃいけないことだってわかってる。
……本当に? 本当に私は、わかってる?
「――悩み事?」
「っ! あ……はい。そう、ですね」
図星を指されちゃった。思わずビックリしたけど、アルにバレたかな?
アルは変わらない笑顔を浮かべてた。
営業スマイルって、よく聞くけど。その時は、なんで笑顔なのかなって思ってた。
今なら、その理由がちょっとわかるかも。
表情を読ませないための、相手に不快感を与えないため、じゃないかな?
私は今、アルの表情を見て『嫌だな』とは思わない。
でも、彼の内心が全く分からない分、すっごく不安になる。
綺麗でとっても素敵な笑顔なのに。だからこそ、怖い。
「……」
「リオン、君が何に悩んでるのかわからないけどね。それが解決したら、心から楽しめるといいね」
「え?」
楽しめるって、何が?
「何がですか?」
「ん? いや、君が、ここでの生活を送ることを純粋に楽しんでほしいなーって」
「……」
「たぶん今は、色々なことに処理が追いついてないでしょう?」
「はい」
この世界に来て、今日で何日目だっけ?
そう考えちゃうくらい、毎日が濃厚すぎて、忙しすぎて混乱とか目が回りそう。
「それに、君って考え込んだら抜け出せなさそうだ」
「……ジョシュアさんには、向こう見ずな面があるって言われましたけど」
「なら、それもまた真実だね。人がどう見えるかなんて、見る人によって違う」
「……」
そう、なのかな?
わからない。自分がどうかなんて。
「でも私、楽しんでる場合じゃないから……」
「だから、楽しまない? だけど、『楽しい』って制御できるものでもないでしょう」
「……かもしれません。それでも、しちゃいけないんです」
私は、帰らなきゃいけない。
その寄り道は、したらその分だけ帰るのが遅くなっちゃうから。
神様が私を、生きている間に元の世界に届けてくれる保障なんてない。
それに、もしおばあちゃんになってからそうなったって、なんの意味もないから。
確実なのは、私が自分自身で帰ること。
「……ふぅん、君がそう言い張る理由は聞きはしないよ? だけどもし、今後楽しんだって、それは許されることなんだって、おぼえておいて?」
「……はい」
目を細めて語る彼に、ちょっと
彼には、私がこの世界を何も考えずに楽しんでしまう時が見えているのかな?
だとしたら、それは――
「きっとないと思いますけど、わかりました」
私が、私を捨てたときだと、思うから。
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