第16話    「初めまして」

 翌日。

 さっそく私は、昨日のジョシュアさんのすすめを思い出して、屋敷の庭を散策させてもらうことにした。


 朝食の時、念のためジョシュアさん達に許可をもらっておいたから、歩いてても大丈夫! な、はず……。レイモンドさんは、嫌そうな顔をしてたけど……。

 でも、部屋にいたって、することないし……ゴロゴロするなんて、なんか落ち着かなさそうだから。


 二人に案内役もつけようかって言われたけど丁重にお断りしといた。

 だって、ただでさえ昨日もアンナさんを付けてもらったから、連日で私に人手を割くのはどうかなって。


 それに……人と話さない、一人の時間がほしかったから。

 異世界に来てから、常に誰かといるような時間が多かったから、なんだか少し窮屈きゅうくつにも感じてた。 


 ともかく。一人で散策する権利を手に入れた私はまず、バルコニーから見えてた庭園に向かうことにした。


 迷子になりそうになりながら、のんびりマイペースに歩いてるうちに、植物でできた生垣が見えた。


「たぶんここ、だよね?」


 標識なんてないけど……入り口に植物のアーチもあるから……見るからにそれっぽい。


 うん、入ってみよっと。


「お邪魔します」


 誰かに見られてるわけじゃないけど、つい、断っちゃう。

 恐る恐る足を踏み入れてみた。


「……?」


 ……え? 温度が変わった?


「あったかい?」


 庭園に入るまで、手を擦りあわせちゃうくらい寒かったはずなのに。……なんで?


「もしかして……これも、魔法?」


 空調管理、みたいな? なにかそういう仕組みをしてるの?

 ……でも、外なのに?


 だとしたら、すごい。私がいた世界だと考えられないよね。


 歩き続けてると、ようやっと開けた場所に出られた。


「!」


 大きな噴水! 私の身長の二倍くらいの高さまであるよ。

 それに……素敵なベンチ! 背もたれの部分の模様は、バラの花とツタをイメージしてるのかな? ゴテゴテしすぎてなくて、すっきりしたデザイン。


 噴水とベンチを取り囲んで、花壇には花が色ごとに分かれて植えてある。色が細かく分かれているから、まるで虹が地面にあるみたい。


「……綺麗!」


 どこを見ていいのか迷っちゃうくらい、あちこちに花が咲いてる。

 街の外は冬で、この光景はおかしいはずなのに。やっぱり、これは魔法で保ってる光景なんだなって一瞬で理解できちゃう。そんな私は、異世界生活に馴染みつつあるのかも。


 すぐにベンチに座っちゃうのももったいなくって。


 クルクル回るみたいに、私は辺りを見渡した。ちょっとカッコ悪いけど……べつにいいよね? 他に誰もいないみたいだから。


 ふいに、ゴウッと音がしたと思ったら、強い力で私の体が横に流されそうになった。


「っひゃ!?」


 突風!?

 急に風が吹いてくるなんて、ビックリした!


 ザァッと強い風が私の髪を乱すから、砂とか髪の先が目に入っちゃいそうで怖い。

 風が止むまで、少しの間は目を閉じようかな。


 景色をなくすと、ますます花の匂いが強くなったみたいに感じるよ。クラクラしちゃうほどじゃなくて、もっと嗅いでいたいような、安心するようなくらいの、ちょうどいいくらいの香り。


 頬を撫でていってるのは、何の花びらかな? それとも、葉っぱ?


 まぶたを閉じてるのに、不安なんてない。穏やかな空気と、あったかい日差しのおかげかな。


 ふと、そのとき。サクサクって、葉っぱを踏みしめるような音がした。

 遠くから聞えたその音は、次第に私のほうに近づいてくる。


 誰か、近くに来てるの?


 ゆっくりとした音につられて、私もおろしてたまぶたを、そっと上げた。

 下から広がっていく視界に、誰かの靴の先が見えた。


「やぁ、こんにちは。可愛い先客だね」

「!」


 そこには、華やかな笑みを浮かべる、まるで絵本に出てくる王子様のような男の人がいた。


 キラキラのプラチナブロンドは、一本一本が繊細で高価な金の糸みたい。瞳は瑞々しく咲いた菫の花みたいに、鮮やかな紫。


 顔立ちだって、『甘いマスク』って表現がぴったり。

 くっきりした二重に大きな瞳、スッと高い鼻に、薄く整ってる淡いピンクの唇。どれも全部、私が心の底からうらやましいって思うくらい、絶妙なバランスで顔に配置してる。

 むしろ、できすぎてて、どこか作り物めいてすら見えるよ。


 花びらが落ちきっていない視界の中にいる彼は見てると、この風景って完成された絵かなって錯覚しそうになる。美しくて、綺麗すぎて、ビックリしちゃうくらい。



 ――これは、本当に現実?



 疑っちゃう私をよそに、彼はその完璧な微笑みを唇にのせたまま。そして、彼は器楽がかなでる音楽にも聞こえるようなんだ声を出した。


「初めまして。君はまるで、一輪咲く可憐で愛らしいティンクルフラワーのようだ。その咲きかけのつぼみのように色付いた唇で、私に名を教えて?」


 そう言って、王子様のような彼は私の名前を尋ねてきた。


 ……ところで、あの、その……さっきの言葉って、何語、でしょうか……?

 私の幻聴? それとも、異世界の言葉だから、意味とか違ってますか?


 ……出会いがしら褒め倒そうとされると、正直彼の見た目の相まって、完璧すぎて恐怖を感じてしまう私は、おかしいでしょうか……?

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