第14話    「……教えて、ください」

 いつまでも裏通りにいると、またさっきみたいなことになりそうで怖かったから。

 すぐに移動しようと思った私の目にとまったのは、さっきの人が魔法で描いたツタの文字だった。


「え……?」


 また、動いてる?


 再び動き出したツタが、矢印を形作った。

 その矢印の先は、一本道の片方を指していた。


「もしかして……こっち?」


 ちょうど私の真後ろを指していたそれは、私が思わず振り向くと、足元をくぐり向けていった。


「っきゃ!?」


 え、え!? び、ビックリした!

 思わず後ずさると、そのツタは目の前の地面でまた矢印の形になった。


「案内して、くれるの……?」


 たどると、表に出れるのかな?


「セオドールさんがかけておいてくれたの?」


 やっぱり、あの人は悪い人じゃない。


「……ありがとう」


 聞こえてないとは思うけど、お礼を呟いて私は矢印を追いかけ始めた。



 ◇◇◇



「本当に出れた……!」


 私が追い付くのを待ちながら案内してくれるなんて、親切すぎだよセオドールさん!

 ちなみにそのツタは、表の通りに出た瞬間に地面に吸い込まれて音を立てて消えちゃった。


 人が行き交う中、大きな呼び声を聞いた。  


「――オン様! リオン様! どこにいらっしゃいますかー!」

「あの声って……」


 もしかして、アンナさん?


 声がする方へ向かうと、女の子が顔に手をあてて叫んでいた。

 たまに周囲の人を捕まえて、何かを話してる。……もしかして、私の特徴を話して、見た人がいないか聞いてる……?


「! 行かなきゃ……!」


 泣きそうな顔してる……!

 慌てて走って、アンナさんのもとへ向かう。


「アンナ、さん!」

「!」


 頑張って声を上げる。人が多くて、聞こえにくいかもしれないけど。

 アンナさんと目が合った。


「リ、リオン様ぁあああっ!!」

「……っ!」


 は、走るの早いっ! 早いよアンナさん!

 運動場なら砂煙が間違いなく上がりそうな勢いで、アンナさんが向かってくる。


 これ、見たことある! たしか、テレビの中の闘牛とかだ!


 思わずひいちゃって、私の足が止まりそうになる。

 に、逃げちゃ……ダメ?


 アンナさんはミサイルみたいな勢いで、私に突っ込んできた。


「! わ……!?」


 ギュッと抱きしめられるなんて、予想できなかったよ!


「どこに行かれてたんですかぁ! リオン様、この王都の道、全然知らないのにはぐれるなんて……。私……私! 心配で……すっごく、すっごく探したんですよぉ……!」

「……アンナ、さん」

「うわぁああああんっ!! 見つかってよかったですぅううう!!」


 アンナさん、泣いてる。

 鼻声で叫ばれて、私は目をまたたかせた。


「ごめん、なさい」

「本当ですよぅ……うぅ。もう会えないかと思いました」


 グズグズと泣かれながら、私はアンナさんにしばらくの間抱きしめられ続けた。

 こんなに心配をかけてしまって、不謹慎だけど少しだけ嬉しくなった。


 落ち着き始めたアンナさんに、私は呼びかけた。


「……アンナさん」

「っぅ? なんです、かぁ」

「ありがとう、ございます」

「! いいえ、どういたしましてです、リオン様!」


 少し敬語がくずれたアンナさんに、距離が縮まった感じがして。

 それに喜んでしまった私は、ますます反省しなきゃいけないよね?



 ◇◇◇



 アンナさんと再会した後。はぐれてどこにいたのか説明して。もう一回アンナさんに泣きながら怒られて。

 今日はそのまま帰ることになった。


 「そんなことがあった以上、ご案内はしません! リオン様にご負担が大きすぎます!」って、アンナさんに言われちゃったためだ。

 ……本当にごめんなさい、アンナさん。


 屋敷に戻ったら夕方になってしまったから、時間的にもちょうどよかったかも。


 部屋で休ませてもらっていたら、いつの間にか寝てしまったみたい。ノックの音で起こされたら、もう晩ご飯の時間になっちゃってた。


 食堂に向かうと、アンジェさんとジョシュアさんが席についてた。

 レイモンドさんがいなかったから理由を聞いてみると、仕事の関係で深夜に屋敷に戻るから一緒には食べないみたい。

 ……よかった、私のせいで部屋にいる、とかじゃなくて。そうだったら申し訳ないよね。


 私も朝座った席に座ると、ジョシュアさんがほほ笑みながら話しかけてくれた。


「やぁ、リオン。どうだったかな、王都は」

「楽しかったかしら? あ! そうそう! その服、似合ってるわよ!」

「楽しかった、です。……アンジェさんも、ありがとうございます」


 一概には、楽しかったなんて言いきれないことがあったけど。ニコニコ笑ってる二人を、わざわざ悲しそうな顔にさせること、ないよね?


 ジョシュアさんもアンジェさんも、とっても良い人達だから。詳しいことを話したら、絶対、悲しそうな顔になっちゃう。


 ――でも、今日のことで分かった。

 私は、この世界の基本的なことを知らない。


 危ない場所があるとか。服装とか。……騎士だってそう。あと、魔法も。

 騎士の服を着た先輩にそっくりな人と、ローブを着て顔を隠した人が私の頭に浮かんだ。


 私は、この世界でどれくらいかはわからないけど、過ごしていかなきゃいけない。

 だから、私は。


「ジョシュアさん」

「なんだい」


 呼ぶと、ジョシュアさんと目が合った。


「この屋敷で使用人として、働かせてください」

「訳を話してくれないかい? 今朝は、迷っていただろう? それが、どうしてだい? 決めるのには、早いだろう?」


 真剣な瞳に、のみ込まれそうになる。

 ……キチンと言わないと、ジョシュアさんも納得しないよね。私は深呼吸をしながら伝えた。


「生きていくためには、知識が必要です。……掃除、料理、洗濯、そのどれも、私は自信がありません」


 元の世界では当たり前のようにやってきたことだけど。この世界に同じ道具があるなんて限らない。


 掃除機、コンロ、洗濯機……全部、身近にあったものだけど。

 この世界にはないかもしれない。……ううん。たぶん、ないんじゃないかな?


 だったら、こっちの世界のやり方を憶えなきゃいけない。

 わからないまま、一人暮らしも、宿での生活もできないに決まってるから。


 そして、それを手っ取り早く身に着けられるのは、使用人しかない。


「最初は迷惑をかけるとは思います。でも、頑張ります、から…………だから、教えて、ください」

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