第13話    「な、何か言ってくれませんか……?」

「あ、あの。……あなたが、助けてくれたんですか?」

「……」


 たぶんそうだとは思うけど、念のための確認は必要だよね?

 聞いてみると、彼………それとも彼女かな? はコクンとうなずいてくれた。


「あ、やっぱり。そう、なんですか」


 あってたみたい。

 助けてくれたってことは、この人は地面に転がってる彼らみたいなことはしてこない、よね?


 ……ふぅ。安心したら、肩から力が抜けちゃった。肩が全体的に痛いから、すっごく緊張して怖かったんだな、私。


「あ……ありがとう、ございました」


 お礼を言い遅れちゃった。しっかり頭を下げて感謝を伝えないと!

 この人がいなかったら、どうなってたのか考えただけでも怖い。


「……」


 フルフルと左右に首を振ってくれた。これは、『気にするな』ってこと?

 えっと……でも、ね。


「あ、あの。なにか、お礼をさせていただけないですか?」

「……?」


 私の問いかけに、その人はゆったりした動作で首を軽くひねった。


 気にするなって感じでこの人は伝えてるけど、なにもしないままはさすがにどうかなって。

 本当に、もう少しで危ないところだったから。 


「……あなたのおかげで、助かったから。もう少しで、私、売られるところで。なにか欲しいものとか……ない、ですか?」

「……」

「あ。で、でも、あんまり、高いものは買えない……んですけど……」

「……」


 所持金は、ジョシュアさんから借りてるものだから、さすがに全部は使えないけど……。少しくらいなら、この人のお礼のために使ってもいい、ううん、使うべきだって思う。

 だって、今ここに私が私でここにいられるのは、この人のおかげだから。


 それでも、その人はまた首を左右に振った。『いらない』ってこと、なの?

 え、でも……そんなの、私の気が収まらないし……ど、どうしよう。


 ……あ、そうだ。


「あ、あの……だったら、名前。教えて、ください」

「……?」

「今度、街で見かけたとき、名前を呼んで、改めてお礼の品を渡します。それにもし、あなたが困っているときは、私が手伝います。あんまり頼りにならないかも、しれないけど……」

「……」

「お、お願いです。それくらいは、させてもらえませんか?」


 これは、私の自己満足だけど。頷いてほしい、な。


「……」

「…………」

「………………」

「え、ええっと。な、何か言ってくれませんか……?」

「……」


 また無言……!? どうしよう。


 困って内心アワアワしてると、その時にコクンと一度、だけどしっかり頷いてくれたのが見えた。

 もしかして、この人、迷ってたのかな?


「! あ、ありがとう、ございます……!」

「……」


 教えてもらえるんだ!

 あ! もしかして初めてこの人の声が聞ける?

 これで、この人が男なのか女なのかわかるかも!


 フードがあご以外隠してて、全然どっちかわからないんだよね。ローブってゆったりしたものだから、体格もしっかりかやわらかい感じなのかも判断できないよ。


 残る判断材料は、身長くらいだけど……。私の目線とあごの位置が同じくらいだから、背の高い女性でも、男の人でもいると思うし……。


 あとは、今から聞ける名前くらい?

 ……どんな名前なんだろう?


「……」

「……」

「………」

「……? あ、あの?」


 な、なんで何も言ってくれないのかな?

 思わず首を傾げると、その人は右手をスッと上げて指先を地面に向けた。


「……下?」


 下に何かあるの?

 レンガでできた道しかないよね?


 視線をこの人の指と同じようにゆっくり下げた。

 べつに何も……? え!?


「ツタが……」


 さっきまであの男達を拘束していたツタが、つるをくねらせて地面に形をつくっていってる。

 まるで、蛇みたいに、それ自身が意志を持っているみたいに、みずから動いていく。


「魔法みたい……」


 って、違うよ。

 これもきっと、魔法でやってるんだよ。


 だって、昨日だってドミニクさんが火を起こしてくれたんだから。


 するすると動いていたツタが、やがて動きを止めた。

 ええっと……?


「セ、オ……ドール?」


 異国の文字だって明らかにわかるものなのに、なんで私、読めてるの?

 ……もしかして、強引に輸送するのをさすがに不憫ふびんに思った神様がわかるようにしてくれた、とか?


「これが、あなたの……?」


 聞きたくて、うつむいて文字を眺めてた顔を上げると。

 そこには、誰の姿もなかった。


「……いない……?」


 足音一つすらしなかったのに。どうやったら、立ち去ることができたのかな?


 服装もだけど、一言もしゃべらなくて、魔法を使って名前を伝えるなんて。


「変わった人……」


 でも、きっと。悪い人じゃない、よね?


 また、会えるかな? 会えるといいな。

 お礼は、何にしよう。


 そのことを考えて、ちょっとワクワクした私だけど。ふと、気が付いた。


「あれ? 結局、あの人って男の人? 女の人?」


 『セオドール』だけだと、どっちか判断できないよ。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る