第12話    「……っあの」

「ここ……どこなの?」


 がむしゃらに走っていたら、いつの間にか見たことのない道に入ってたみたい。


「! あ」


 アンナさんのこと、すっかり忘れてた。

 先輩……ううん、先輩っぽい人だった彼を見かけて、それで頭がいっぱいになっちゃって。それで周りを見ずに追いかけちゃったんだ、私。


「……」


 思い出してしまったことを、首を振って忘れる。

 いつまでも違ったことを悲しんでいても、余計みじめになるだけだから。あの人のことは考えないようにしよう。


「それにしても、どこかな?」


 薄暗くて、ジメジメしてる。それに……なんだか臭い。

 まるで、繁華街の裏通りみたいな。


「……そっか。ここも、王都の裏通りなのかも」


 お店の裏口とかが集まるような、目立たない場所。両端に並んでる建物が高くって、でも道は狭い。息をするのも、圧迫感があって苦しくなりそう。


 ……なんだか、怖い場所。ここから出て、早く大きな通りに戻らなきゃ。

 そうすればきっと、アンナさんとも合流できるはず。


「きっと、探してる……よね?」


 ジョシュアさんに依頼されたんだから、途中で帰ったりしないはず。

 ……その方が、余計に申し訳ないかも。でも、だからって一人では絶対帰れないんだけど。道、まだ覚えきれてないよ。


 大通りに向かおうと決めた、私の背後から。コツコツとした足音が二つ分聞こえた。

 ……誰か来た?


 背後を見ようと体を動かすと、そこには男の人達が二人いた。

 どっちもがたいが大きい、ガッシリと筋肉のついた人。首が痛くなるくらい上げないと顔が見えないなんて、とっても背が高い。


「お、運が良いぜぇ。おい! ここに女がいるぞ!」

「は? おいオメェ、単なる乳臭ぇガキじゃねぇか! こんなんじゃ、興奮しねぇだろ! それとも、オメェこういうのが趣味かよ?」

「っ!?」


 な、なにこの人達? いきなり人のことジロジロ見てきて。

 しかも、その視線が身体の上から下まで舐めまわすみたいになぞっていくから、すごく気持ち悪い。


「っは、違っげぇよ! よく見てみろって、あの髪と目! ここいらじゃ見たこともねぇ! こいつは奴隷商にでも売りゃあ高くつくぜ!」

「!? マジかよ、黒じゃねぇか! こいつぁツイてるぜ、一体いくら毟れるだろうな! 下手すりゃ、金貨3枚は固いじゃねぇか?」

「いいや、もっといくな。こいつが処女だった場合は、より高値がつくぜ? そういう趣味の貴族がいるっつうのは、よく聞く話だ」


 売る。処女。金。


 ……頭の中で、男たちの間で出てきた単語がめぐる。

 私は、今。人さらいにおうとしているの?


「……っ!」

「お、急に震え始めやがって。今更危機感憶おぼえやがって、バッカな奴だ!」

「ホントだぜ、ガキが無事に裏通りを抜けれるわけねぇっての!」


 怖い。

 下品に笑う男達。私は逃げなきゃって考えてはいるのに、足が震えて動かない。


「いい社会勉強だよなぁ? 俺らって親切だぜ。社会の厳しさを教えるんだからな!」

「おうよ! ありがたく思えよ? 何だったら、感謝のかわりに俺のを舐めてもいいぜ?」

「ギャハハハハッ!! やっぱりオメェ、そういう趣味なのかよ!」


 けたたましく響く笑い声が、耳についた。


「っ……こ、ないで……」


 嫌だ。怖い。

 ガタガタと、歯が勝手に鳴る。


 ジリジリと距離を詰めてくる男達は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてる。会ったことはないけど、私には二人が悪魔にしか見えない。

 一歩でも下がって遠くに行きたいのに、足が……! 足がいうことをきかない!


「っや……」


 怖い!

 来ないで! 私に近づかないで!


 そのとき、男が私につかみかかろうと手を伸ばしてきた。


「……っ!」


 身をすくめておびえた私は、とっさに目をつむってしまった。

 そして男の指が、私に触れる。


 ……。


「!?」

「はぁ!?」


 …………え?

 なにも、ない?

 それに、さっきの……悲鳴?


 怖いけど、何が起きてるのか知りたい。

 恐る恐る私は、まぶたを上げてみた。


「クソ! なんだよ、コイツァ!? 邪魔くせぇ!」

「ッチ! この植物、締め付けてきやがる!?」 

「……え?」


 私の目の前には、ツタのつるで体を空中で大の字にはりつけにされた彼らがいた。


 なんで、街の中にツタ?

 ツタ……だよね? なんだか、つるの部分がロープくらい太いけど……?


 助かった、ってことに喜ぶ前になんだか驚きの方が先にきちゃった。

 というより、あの。この状況って……どういうことなの?


 男の人が言ったみたいに、ツタはますます彼らに絡みつく強さを増していく。

 ギリギリと音を立てそうなほど、強く、強く。まるで雑巾を絞り上げるように、つるは力を入れていく。


「ック……!」

「タス……ケ……」

「!」


 え、ええ!?

 あの、これって大丈夫なの!?

 顔が土気色……っていうより、黒ずんできてる!?


 こ、このままだと、死んじゃうんじゃ……?


「……や、やめて……」


 見たくないよ! いくらさっきまで、私をいかに高値で売ろうか考えてた、ひどい人達だったとしても。そんなの、見たくない!


「え?」


 私の言葉に反応したみたいに、男の人達の体が地面に転がった? 

 そして、二人は膝をつかずに地面に崩れ落ちる。


 慌てて近づいてしゃがんで鼻辺りに手をあてたけど、かすかな風が手のひらにあたった。……うん、生きてる。


「よかった……」


 人が死ぬ場面は、見たくない。


 ホッと息をつくと、私の上に影が落ちた。


「……!?」


 この二人に、仲間でもいたの!?

 ……でも。それだったら、もっと早くに助けにくるはず、だよね。


 なら、今後ろにいる人は……?


 背後を振り返ると、灰色のブーツが見えた。立ち上がって、その人と視線を合わせようとした。

 裾が長いダークグレーのローブ。こんなに暗い色を使った服を着てる人、この世界に来てから初めて見るよ。


 攻撃してこないってことは……たぶんこの人が、私を助けてくれたの?


「……っあの」


 私の前に立っていた人が、億劫そうな素振りで見下ろしてきた。

 薄暗い路地では、その人が着ていたローブはなじんでいた。そして、何故かフードをすっぽり被っていて、顔の部分があごしか見えなかった。


 私を助けてくれた人、のはずなんだけど。

 どうしよう、どう見ても怪しくしかないよ!

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