第15話    「選んでほしいのだよ」

 じっと言葉を待つ私に、ジョシュアさんはあごに手をあてて口を開いた。


「ふむ、いいだろう。ただし、正式に決定するまで働くのは週に三日とする」

「え……?」


 正式に決まるまでって……?


「採用はなし、ですか?」


 見習いとかってこと?


「いいや、今すぐにでも正式決定したいぐらいだよ。しかしだね、レイモンドとの約束にも関わる」

「あ……」


 朝そういえば、この二週間はレイモンドさんが私を見極める期間でもあるって……ジョシュアさんが言ってた……。

 それなら、簡単には決められない、よね。


「……」

「それとだね。リオンは生きていくための術を知りたい、だから使用人になりたい。……違うかい?」

「はい……合っています」


 頷くと、ジョシュアさんは苦笑をもらした。


「だったら、余計に認めるわけにはいかないね」

「なんで、ですか……?」


 使用人になりたいって思う理由としては、不純だから?

 問いかけると、ジョシュアさんは私の考えが読めるみたいに首を振った。


「ふさわしくない、とかそういった訳ではないよ」

「……?」


 なら、どうして?


「君はこの国を、この王都を知らない。そうだね?」

「はい」

「知らぬまま働いたほうが、たしかに君はこの家に残る可能性が高いだろう。それは、私とアンジェにとっては利が大きい。しかし、ね」


 ジョシュアさんは、優しそうに目を細めた。温かさを持った深緑の瞳と、目が合う。


「リオンには多くを知り、視野を広げてほしい。私はね、消去法でなくその上で、このマクフォート家に仕えることを選んでほしいのだよ」

「……」


 他のことを知って、選ぶってこと? それって……。もし、選ばなかったら、余計に失礼になったりしないの?


「あら、いいじゃない? 私も、その方が嬉しいわ? だって、そうすればきっとずぅっと勤めてくれるでしょう?」


 パチンと手を叩いて、アンジェさんは喜んでくれた。

 私の迷いをわかってるみたい。


 ……ジョシュアさんとアンジェさんには敵わない。


「すみません」

「いいんだよ。むしろリオンは、よく考えている。生きるためには考えることは必要不可欠だ。考えるときを辞めた時が、最も恐れるときだよ」


 静かに首をふるジョシュアさんが、そう苦言をこぼした。


 商会をまとめている人だからかな。自然とジョシュアさんの話って聞きいっちゃう。そう思わせるような、何かをきっと持ってるんだよね。


 色んな体験と、色んな人と出会ったのかな? だから私に、今みたいに苦く笑いかけてくるの?

 その苦笑にはたぶん、ジョシュアさんのこれまでの苦労の表れだったのかもしれない。笑みの訳を深く聞く前に一瞬で消えてしまったから、わからないけど。


「……さて、ともあれ、働き始めるのは明後日からにするといい。今日は色々とあって疲れただろう?」

「色々……?」


 え。なんでそんな、含みのある言い方してるの、ジョシュアさん?

 ……まさか!


「王都に来た翌日から裏通りに迷い込むとは……いやはや、私でも予想外だったよ」

「聞いた瞬間は、めまいを起こしてしまったわ。もう、リオンちゃんたら、あそこは本当に危ないところなのよ?」


 え、え? 二人とも知って……。

 ってことは、やっぱり……!


 近くに給仕係として立ってたアンナさんと、バッチリ視線が合った。

 真顔だけど目が笑ってます、アンナさん!


「というわけだ。明日はゆっくり休むといい。わかったね?」

「外に出ちゃ、駄目よ? あ、屋敷の庭でも探索したらどうかしら?」

「……はい」


 二人には心配させたくなかったのにな。

 でも、私の自業自得だから。これを教訓に裏通りにはもう二度と行かないようにしなきゃ。


 場をとりなすように、ジョシュアは手を軽く叩いた。


「さて、夕飯は冷めてしまったかもしれないが……まぁ、気にすることはないだろう。食べようか」

「あ……ご、ごめんなさい」


 話に夢中になってて、すっかり夕飯を忘れちゃってた。

 私が「働きたい」って言い出したからだよね?


「ご安心を、旦那様! 話の途中で一度厨房に戻りまして、温めなおさせていただきました!」

「おや、悪いねアンナ」


 満面の笑顔でアンナさんが、食事を運ぶためのワゴンを押してきた。


 一番上の段には、金属製のドーム状のものが銀板の上に乗ってた。アンナさんは、その丸い半円形のふたのてっぺんについてる取っ手を、つかんで上げた。

 そこには、まだ湯気が出そうなくらいあったかそうな料理があった。


 アンナさん、すっごく気が利いてる! 

 先を予測した行動ができるなんて……使用人の人って、ここまでできなきゃいけないのかな?


 ……私、できるようになれる、かな? 自信、ないかも。


 ちょっと気落ちした私は、目を伏せようとした。だけどその前に、アンナさんが私に向かって微笑ほほえんできた。


「いいえ、旦那様。あと、だからお気になさらないでくださいね、リオン様!」

「! ありがとう、ございます」

「はい!」


 今日の一番の収穫は、アンナさんと仲良くなれたこと、かも。

 彼女と顔を合わせて、私は胸がポカポカするのを感じた。


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