第10話    「待ってください……!」

「さて、話もまとまったことだ。ところでリオン、君は服の替えをもっているかい?」

「!」


 そういえば……持ってない。学校から帰宅するときにこっちに来させられたから、今着てる制服しかない。

 制服って、そのまま洗ってもいいのかな? そもそも、この世界での洗濯の方法って……?


 とりあえず、首を振って否定をする。


「ない、です」

「やはりそうか。ならば、そのための金を渡すから街に買いに行くといい。ついでに、街の様子も見ておいで。二週間は滞在するというのに、どこに何の店があるかわからないと不便だろう?」

「! でも、そこまでしてもらうには……」

「一度手をかけると決めたからには、最後まで目を配るのが義務というものだよ。どうしても気になるようなら、金は後で返せばいい」

「……はい」


 さっきのレイモンドさんに対しての押しの強さを見ているし、ここは素直に頷かせてもらおう。


「案内役として、アンナを付ける。道に迷うことはないかとは思うが、気を付けて行ってきなさい」

「……はい」


 使用人の人、なのかな? 女の人の名前みたいだけど。


「もう! 私が着飾りたかったのに! ねぇあなた、私も行ってきては駄目かしら?」

「我慢なさい、今日の私用が先決だからね。またの機会に、リオンに頼んでみてはどうかい?」

「……そうね。仕方ないわね。リオンちゃん、今度、一緒に行きましょうね!」

「は、はい」


 き、着飾るって……。それは、ちょっと苦手かも。でも、アンジェさんのお願いだから、もし頼まれちゃったら行っちゃうんだろうな、私……。


 レイモンドさんは、私に極力関わらないことを決めたのか、あの後からずっと何も発言してない。


 すっごく敵視されててるから、彼をイラつかせないようにできるかぎり接触を避けていかなきゃ。居候させてもらうのは私で、彼は当然のことを言ってるだけでしかない。



 ◇◇◇



「初めましてクガ様! 本日付き添いとなります、アンナ・バーネットです。よろしくお願いします!」

「……初めまして。こちらこそ……よろしくお願い、します」


 明るく元気な女の子は、ニッコリと笑った。着ているロング丈のメイド服は、この屋敷の使用人用の制服なのかな?


「ではクガ様! ちゃちゃっと買い物を済ませて、街を散策しましょう! その服装では防寒に優れていませんので、すぐに風邪を引かれてしまいますよ!」

「はい……」


 テキパキ話す子。私に対しても厳しい目つきで見てこないから、力を抜いて過ごせそう。それに、年齢も同じくらいみたいだから、変に年下とか年上とか気にしなくてもよさそうかな?



 それからすぐに徒歩で屋敷を出て、街の中にある服屋へ直行した。

 年頃の女の子に人気なお店なそうで、値段もお手頃、デザインは流行にやや遅れ気味だけど可愛いって評判なんだって。


 アンジェさんはキラキラフワフワのドレスを着てたから、私には似合わないかもって思って心配してたけど。シンプルな服があったから、助かったよ。


 革ひもでキュッと編み上げられたコルセットは、腰を細く見せてくれるはず。ふんわりと広がった桃色のスカートの下には、パニエとドロワーズ。胸元にある白のリボンが特にお気に入り。

 うん、ドレスっていうより、ワンピースって言った方がいいかも。


 このデザインがすっごくしっくりきたから、色違いの水色とエンジ色のドレスを買った。

 あとは防寒具に白のフード付きローブ、下着を3着買って終了。


 ……とりあえず、ドロワーズとは違う、きちんとした下着があってホッとしたのは内緒。


 せっかくだから、一番気に入った桃色のドレスに着替えてから街を回ることになった。珍しい高校の制服のままだと、目立っちゃうしね。


「クガ様、それだけでよかったのですか? 小銀貨1枚にも達していませんよ?」

「……はい。それに……このお金は、借り物なので。必要以上には、使っちゃ……」


 小銀貨1枚は日本円に直すと、大体一万円くらい。だから、アンナさんが案内してくれたお店は、すっごく良心的なだった。


 ジョシュアさんからは屋敷を出るときに小銀貨五枚を預かってた。店で、アンナさんに硬貨の値段の相場を教えてもらったときにはビックリもしたけど。

 ジョシュアさん……多すぎです。二週間分のつもりで渡したにしても、5万円分はどうしたらいいのか扱いに困ります。スリだって怖いし。


 無駄遣いはしないようにしなきゃ。


「ほぁ~偉いですね~。私だったら、一気にパーッと使っちゃいますよ、パーッと!」

「……もったいないから、ちょっと、無理」


 アンナさんは目をパチパチさせてから、ふわりと笑った。


「クガ様はお金の管理についてしっかりされているんですね! 私も見習わないといけないとは思うのですが……」


 家計簿とかつけられないタイプなのかな、アンナさんって?


「では、クガ様! 衣類も購入されたことですから、街をご案内しようとは思うのですが、どこかご希望の場所などはありますか? 私としては、パンプ王国首都の目玉観光地、王城を見に行くのがおすすめですよ!」

「王城……」


 それは、惹かれるかも。お城とかって、日本の物しか実物は見たことないから興味ある。

 でも、図書館とかあるなら、そっちにも行きたい。元の世界に戻るためには、情報を知るために本を調べなきゃいけないだろうし。


「もしも迷っているのでしたら、そちらもご案内します!」

「……!」


 困ってるのに気づかれた?

 アンナさんの様子をうかがえば、ニコニコと上機嫌に笑ってた。


 親切だ。どうしよう、ここはお願いしようかな?


 ためらいながら、私はおずおずと口を開いた。


「あの……じゃあ……っ!? え……」


 言いかけた言葉が自然と止まって、固まってしまった。


 見覚えのある人が、いたような。


「? クガ様? どうかなさったのですか?」

「……う、そ……」


 あの後ろ姿って……。


「ま、待って……!」

「クガ様!? どちらに行かれるんです!?」


 消えちゃう。彼が、どこかへ行ってしまう!

 慌てて、一瞬だけ視界の端に映った男の人を追いかける。私の背中からアンナさんの声が聞こえた。


「待って……待って!」


 道を走っていく。ふんわりした長めのスカートが足に絡まりそうになって、何度も転びそうになったけど、そんなの気にしてる場合じゃない!


 だって。だって、あの後ろ姿は……!


「待ってください……!」

「……?」


 遠くに歩いていた彼が、私の声に足を止めた。

 近くなっていけばいくほど、そうにしか見えない。背の高さも、後ろ姿も、髪型も、彼にしか。


 髪の色は違うけど。でも、絶対に彼は。


 追いついた彼の服を、離さないようにギュッと捕まえた。


須江すえ先輩!」


 振り向いた彼は、私の知っている先輩と全く同じ顔をしていた。

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