第5話    「……駄目、でしたか?」

「とは言っても、私達もここで立ち往生をしていたのだけれどね」

「あら、そうだったわね? 私ったら、すっかり忘れていたわ」

「……ぇ……?」


 それって、どういうこと?


 ジョシュアさんはのんびりとした様子で、アンジェリカさんはうふふと軽やかに笑ってる。

 え、あの、そんなにのん気に言うことなの? それとも、そんなに大変なことじゃないの?


 ……ドミニクさんの様子からして、それはない、かな。ため息こそ吐いてないけど、あきれた眼差しで二人を眺めてるから。


「馬車の車輪が雪に乗り上げてしまってね。ここからは街までまだ距離があるから徒歩では厳しい。不運なことに食料の備蓄も尽きようとしているのさ」


 ……それって、まずいよね?

 移動もできないのに、籠城ろうじょうしようにもご飯がないなんて。


 ……餓死がし一直線?


「大丈夫、なんですか?」

「うーん、ま、なんとかなるさ。私は運が良いほうなんだ」

「……」


 嘘だ。本当に運が良いんだったら、こんなところで餓死しかけてることにならないはず。

 ジョシュアさんのこの危機感のなさと自信は、一体どこからくるのかな?


「いつまでもこのままではらちが明かないのは、わかってはいるがね。馬用のまでとは言わないが、せめて私達は何かを食べなければならない。生き残るためにはね」

「……」


 ジョシュアさんの言う通り、まず第一の優先事項はそれだよね。

 ……だから私が行くまで、『食料が』なんて言う話をしてたんだ。


「とは言ったものの。食料がないのは、どうしたものか」

「その状況で見ず知らずの者を引き取るのは、いささか計画性にかけるかと」

「ははっ! これは手厳しい」


 そんな状況なのに、私のことを心配してくれたなんて……お人好しにも程がないかな?

 私としては、すごく助かったけど。


 でも、申し訳ないよ。肩身もせまいし、ドミニクさんの目が痛い。 

 なにか、私にできることはないかな?


 あ、そうだ。


「……あ、あの」


 声をかけてみると、三人同時にこっちを見た。一斉に視線がきて、思わず肩を揺らしちゃった。後ずさりたくなったけど、我慢しなきゃ。


「……これ」


 手に持っていたビニール袋を、ジョシュアさんに差し出す。


「よかったら、使ってください」

「これは……」

「持ってた、ものです」


 ジョシュアさんが中身を確認する。

 たしか買ったのは、玉ねぎ、にんじん、ジャガイモ、キャベツ、牛乳、しょう油とみりんと味噌だったはず。


 ……見事に重い物ばっかり。どれも、安かったからまとめ買いをしてしまったせいだけど。ここまで持ってきてたのは、半分意地だったから。


 味噌としょう油とみりんは、もしかしたらこの世界はないものなのかもしれない。

 だって、三人とも名前が西洋の人っぽいから、環境的にそういったのが生えていなかったりするかも。

 そもそも日本人って食に対する要求が強いから、あんなに色んな種類の料理を取り入れているんじゃなかったかな?


 でも、渡したことに後悔はない。それに私が今持っていたって、調理するすべはないんだから。


「どれも見たことがないものだが、使っていいのかい?」

「……はい。お口に合うかわかりませんが」


 見たことがないって……玉ねぎもにんじんも、この世界にはないってこと?

 ……どうしよう、虫を食べていくような文化だったら。馴染める気がしない。


「虫……とか、食べる感じですか?」

「虫? いや、食べないね。遠方の国では、そういった文化もあると聞き及んではいるが。なんでもミートワームが大層美味――」

「詳しく話さなくていいです」

「そうかい?」


 危ない。恐ろしい内容を聞くところだった。思わず即座にさえぎっちゃったけど、失礼だったかな?

 ソロリとジョシュアさんの様子をうかがうと、楽しそうに微笑んでこっちを見つめていた。


 もしかして、からかわれた?


「あなた、イジメすぎては駄目ですわ。たしかに、リオンちゃんは可愛いですけれど」

「リオン、ちゃん?」

「あら、駄目かしら?」

「……いえ。大丈夫、です」


 首を振って、私は問題ないことを伝えた。アンジェシカさんは私の返事で、満足そうに笑った。


「おや。アンジェだけずるいな。では、私はリオンと呼ばせてもらえるかい?」

「……は、い」


 苗字じゃなくて、最初から名前なんて。外国人……違った、異世界人って、フレンドリーな人なのかな? それとも、アンジェリカさんとジョシュアさんだけ?


「私のことは、ジョシュアと呼んでくれ。マクファーソンだと、妻と判別がつきにくいからな」

「あなたこそずるいですわ! ねぇリオンちゃん、私のことはアンジェって呼んで頂戴ちょうだいね! 絶対よ!」

「……ジョシュアさん、アンジェさん」


 試しに呼ばせてもらうと、二人は満足そうに頷いてくれた。


「っ! ……ぅ」


 ドミニクさんが、すごい形相でにらんできた。

 私、その剣で刺されなくても視線で殺されちゃうんじゃないかな?


「旦那様と奥様の名を、さらには『様』もつけずにとは……図々しい娘だ」

「……駄目、でしたか?」


 やっちゃいけないことだったの?


「いいや、そんなことはないよ。むしろ、今後も名で呼んでくれるかい?」

「私も、『様』なんてつけては嫌よ?」


 二人が言ってくれてるなら、いいのかな?


 ドミニクさんはまだ不服そうな顔をしてたけど、本人達が認めてくれてるから黙ることにしたみたい。主張とかそれ以上はしなかったから。


「わかりました」


 変わらず、ジョシュアさんとアンジェさんって呼ばせてもらおう。


「さて、呼び方も決まったところで。リオンからもらったこれだけど。どうやって食べるんだい?」

「調理道具は、ありますか?」

「ああ、そうか。すまない、ないんだ。私達は道すがら食事は常に保存食でね。特に調理が必要がない物ばかり用意していた」


 どうしよう。包丁は望めなさそう。

 ジョシュアさんは持ってないみたい。アンジェさんは……たぶん、ないよね。


 残る可能性としては……。


「ドミニクさん、刃はありますか?」

「……なくは、ない」


 読みが当たった。護衛というからには野外でサバイバルの経験とか、その対策はしてるかもしれないって考えは間違ってなかった。


 なれなれしく呼ぶなって言いたそうなドミニクさんに話しかける。諦めてほしい。私としては、まずいごはんよりおいしいご飯を食べたい。


「この芽を、全部とってください」


 とりあえず、ジャガイモを差し出した。

 本当は刃物を貸してって言いたいけど、私を信用してないからドミニクさんは貸してくれないはずだから。

 そうなると、やってもらうしかないよね。


「……やむを得ないか。貸せ」

「!」


 どうやら、ジョシュアさんとアンジェさんにいずれ渡る食料ってことが大きかったのかな? ドミニクさんは渋々請け負ってくれた。


 向けてきた手にジャガイモをのせると、ドミニクさんは手際よく芽を処理していく。その間に、積もってる雪でなるべく綺麗そうなのを使って、ジャガイモの表面の泥を落としていく。

 あっという間に、人数分の四つのジャガイモの下処理を終わらせてくれた。


「これでいいか」

「……はい」


 次は…………次は?


「あ」


 しまった。どうしよう。私達が雪の中にいるってこと、すっかり忘れてた。

 こんな中で火なんか起こせそうもないのに、ジャガイモの準備をしたって何もならないよ。ジャガイモを生でなんて、お腹を壊しちゃうよね?


 こんなことだったら、最初からキャベツにしとけばよかった。

 でも、キャベツみたいなのは馬が食べたほうがいいかなって思ってたから。それでさっき、やめたんだよね。


「……」

「リオン? どうかしたのかい?」

「あの……実はそれ、生で食べられなくて……焼かないと、下痢になるかも……」


 ジョシュアさんに正直に相談すると、彼は自身のあごを撫でながら頷いた。

 そして、ドミニクさんに何故か目配せをした。


「……ふむ、なるほど。ドミニク」

「わかりました」


 お辞儀をしたドミニクさんは、片手にジャガイモを持って、そこに空いているもう一方の手を近づけた。


「《火よ集え。灼熱しゃくねつほむらで対象を包み、熱を与えよ》」

「!」


 ドミニクさんがそういうと同時に、彼の手から炎が飛び出した。火が、ジャガイモを取り巻いて焼いていく。

 寒さで硬さが増していたジャガイモが、あっという間に焦げていく。


 ……すごい! これって、魔法!?


 わずかな火でも、十分にあったかく感じる。寒い中でのあったかいものって、どうしてこんなに安心するのかな?


 しばらくして、突然現れた火は収束していった。残ったのは、こんがりと焼かれたジャガイモのみ。

 それを見届けてから、ドミニクさんは上げていた片手を下して息をついた。


「すまないね、ドミニク」

「いえ」


 そう言うと、ドミニクさんは次のジャガイモを手に取った。そしてまた、同じようにジャガイモに火を向けていく。


 ドミニクさんはまるで事務仕事をこなすみたいに、淡々とこなしていくけど。

 私は、その動作に目が釘付けだった。


 だって、魔法なんだよ!?

 あの、映画とかでしか見たことのない世界が目の前にあったら、そっちに意識が向くのは当然じゃないかな?


「ふふっ、魔法を見るのは初めてかな?」

「!」


 ジョシュアさんに気づかれてた!

 そんなあからさまだったのかな、私?


「はい」

「そうか。君が住んでいたところは、遠方なのかな? 王都から離れれば離れるほど、魔法技術が物珍しいものだから」

「そう、ですね」


 遠方どころか、世界をまたがっています。


 そうこうしているうちに、ドミニクさんがジャガイモを全部焼いてくれた。


「旦那様、奥様、どうぞ。ただ、申し訳ありませんが、先に私が一口食べさせていただきます」


 先に一口って……もしかして、ドミニクさん、毒見をしようとしてるの?

 ジャガイモに、私があげたものに毒が入っているって思って?


 ドミニクさんと目が合った。すると案の定、ジロリと睨まれた。


 会ったばかりで、ドミニクさんはジョシュアさんとアンジェさんの護衛だから当然といえば当然だけど。 ここまで徹底されちゃうと悲しくなる。


「いや、必要ない」

「しかし」

「大丈夫だ。私は、人を見る目はあるからね」

「私も大丈夫よ? それに、そんな手間をかけるなんて、せっかくの熱々が冷めてしまうわ!」

「……わかりました」


 ジョシュアさん、アンジェさん……。


「ごめん、なさい」

「ん? なんのことかな?」

「うふふ、私達は何もしていないわ。単なる我儘で、そう行動しただけよ?」


 やわらかく笑う二人を見ていると、肩の力が抜けた。

 ……気を遣わせちゃった。


「リオン、これは何というものかい?」

「ジャガイモ、です。野菜で、焼くとか煮たりするとおいしいです」

「ほう……」

「しっかり焼いてあるから、皮も食べて大丈夫です」

「あら、そうなの? てっきりくものだと思ったわ」


 説明をすると、ジョシュアさんもアンジェさんも不思議そうにジャガイモを観察していた。

 そういえば、焼いたばっかりのジャガイモなんか持って、大丈夫なのかな? 全然平気そうに持ってるけど。


 あ、手袋をしたままで持っているから、熱くないのかも。


 ……あれ?


「あの……ドミニク、さん」

「……なんだ」


 声をかけるだけで嫌そうな表情をされるのは、さすがに困るよ。

 ドミニクさんにとっては会話を続けるのは迷惑かもしれないけど。でも、ここで会話をやめるのは……。


 ごめんなさい。もう少し、お話しさせてください。 


「手、大丈夫、ですか?」

「は?」


 私がつっかえつっかえ尋ねると、ドミニクさんに怪訝そうに見られた。

 だって、その……。


「火だるまのジャガイモ、持ってたから。手袋してても、やけどとかしてないのかなって……」

「……」

「余計なお世話で、ごめんなさい」

「……使う本人が自分の魔法に怪我をする人間はいないだろ」

「あ」


 た、たしかに。そういえばそうだよね。

 なに言ってるのかな、私。


 そのことに初めて思い当たって、恥ずかしくなった。すっごく私、間抜けなことを言っちゃった。


「……そう、ですね。ごめんなさい、なんでもないです」


 バツが悪くって、目を泳がせつつドミニクさんからそっと離れた。

 視界の端にあったドミニクさんの肩の位置が、少し下がった。 


「……さすが、旦那様ですね。正しき目をお持ちです」

「ふふ、だろう?」

「素敵よ! 私の旦那様!」

「ありがとう、私の素敵で可愛い奥さん」

「ほどほどになさってください。クガ様と私の立つ瀬がなくなります」

「え……」


 今、なんて?

 聞き間違いかと思ってドミニクさんを見ると、無表情で私を見返してきた。


「……怪しいことには変わらないが、旦那様が信用なさったのだ。それなりに、対応させてもらう」

「……!」


 それって、少しは認めてもらえたのかな?

 ……なにがキッカケだったのかは、わかんないけど。


「あり、がとう」

「礼は不要だ」


 首を振られた。

 ドミニクさんとの距離が縮まって、嬉しい。だけど……。


「クガ様は……ちょっと……」

「…………」

「………………」

「……………………」

「……ぅ、わかりました」

「ご理解、感謝する」


 ドミニクさんにごり押しされるかたちで、容認しなきゃいけなくなった。

 『様』付けとか、気恥ずかしいんだけど、な。


「……ほら、クガ様」

「あ、ありがとうございます」


 とりあえず、ジャガイモを受け取る。

 様付けは違和感しかないけど、これ以上気にしないようにしなきゃ。

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