第4話    「よろしく、お願いします」

「……失礼、つい」


 やっと笑い止んだ旦那様から謝罪をもらったときには、時間がだいぶ経っていた。

 ……さっきまでのピリピリした空気よりマシだけど、なんか、納得いかない。


 でも、あまり言い返す気になれない。剣の人に睨まれたりなんてしたら、考えただけでも怖い。


「それで。お嬢さん、あなたはどうしてこちらに? 君一人なのも、気にかかるね」

「……」


 なんて答えよう。『異世界から来ました』、なんて言っても信じてもらえない、よね?

 言われてみれば客観的に考えてみると……今の私って、怪しい人?


 困って口ごもっていると、剣の人が目を細めてきた。


「答えろ、旦那様の問いだ」

「……っ!」

「これ、また脅してどうする。委縮いしゅくして答えないだけだ」

「……旦那様がそうおっしゃるのなら」


 この人、怖い。なにも見せつけるように、剣を揺らしてみせなくてもいいのに。いつでも切れるぞってこと?

 でも、旦那様って人は、やっぱりさっきからかばってくれてる。

 私が言葉を返すまで待っていようとしてくれるなんて。


 ……嘘じゃなくって、本当のことを話してみよう。全部じゃなくて、話せるところだけ。


「……いつの間にか、ここにいました」

「! そうか……」


 旦那様は私の声を聞いて、一瞬虚をつかれたような表情になった。


「周りには、誰もいなかったのかい?」

「……はい」

「服装も、そのとき着ていたものかい?」

「そう、です」


 服装のことを深く掘り下げられたらどうしよう。うまく答えられるかな?

 だけど、それ以降は服装のことについては特に聞かれなかった。


 旦那様は私と目を合わせて一つ一つ聞いてきた。

 他にも年齢とか出身とか尋ねられたけど、答えられそうなものだけ答えて、それ以外は首を左右に振るしかない。


 異世界から来たなんて突拍子もないことを言っても、不信感が増すだけだから。


「……わかった。答えてくれてありがとう」

「……終わりですか?」

「そうだね。これから私達は王都まで行くんだ。もしよかったら、君も一緒に行かないかい?」

「旦那様、それはっ!」

「おう、と……」


 剣の人が制止の声を上げたけど、旦那様はほがらかに笑ってる。

 王都って、街だよね。そこなら、この世界にいる間の働き先とか、宿泊場所とかある、かも?


 剣の人が嫌そうな声を出したってことは、歓迎されてないんだよね。

 当然かな。こんな雪の中に人が徒歩で現れて、しかも寒そうな服装をしてたら、疑うはず。旦那様みたいな反応の方が、変わってる。


「……どうかい? 君がよければ、だけれど。女性の一人旅は危険だ。雪の影響で減っているとはいえ、モンスターも出る可能性がある。野盗にも狙われやすい。私達と行動をともにした方が、安全だと思うがね」


 モンスターに、野盗?


 私が普段聞かなかった単語の内容が、すっごく不穏。

 異世界って、そんなに危険なの?


 そんなことを知ったら、ますます怖くなる。

 一緒についていきたい。だけど……。


「迷惑じゃ、ないですか?」

「いいや。このまま野に放っておくほうが寝覚ねざめが悪い。それに花が増えるのも喜ばしい」


 花? 花って……?


 首を傾げていると、微笑んでいる奥様が近づいてきた。


「あら、あなたったら。私は花ではないのかしら? 構ってはいただけなくて、さみしいわ?」

「そんなはずがないだろう? 君が一番可愛く甘やかな香りを放つ極上の花さ。どのような花を集め花束にしようと、君一輪にはかなわない」

「まぁ! うふふふっ!」


 ま、またイチャイチャ……。旦那様と奥様って人、本当にラブラブなんだ。

 あれ? 奥様と目が合ったけど、すごく楽しそうに笑ってる。


 もしかして、心配ないって言いたかった、の?


 咳ばらいをした剣の人によって我に返った旦那様は、ニッコリと笑いかけてくれた。 


「ともかく。ここは私を立てると思って、うなずいてほしいところだな?」


 ウィンクするなんて、お茶目な人。おまけに紳士。ナイスミドルって、こういう人を言うんだろうな。

 そばに立ってる奥様も、私の返事を待ってくれてる。すごく優しくて気遣いのできる方なのかも。


 剣の人は、まだ何か言いたそうな顔だったけど。決定権は二人にあるみたいで、文句は言わなかった。


「……あの。よろしく、お願いします」

「……ああ。こちらこそ。道中、よろしく頼むよ」

「……はい」


 コクンと首を振ると、旦那様はホッとしたような安堵の表情を見せてくれた。


「ねぇ、あなた!」

「!?」


 な、なに!? 奥様が目を輝かせて、私に身を乗り出してきたんだけど。


「あなた、名前は何かしら? あ、私はアンジェリカ・マクファーソンよ!」

「おやおや。先を越されてしまったね。私の名はジョシュア・マクファーソン。アンジェの夫だ」


 奥様が、アンジェリカさん。旦那様が、ジョシュアさん。

 剣の人は二人の視線を受けて、渋々口を開いた。


「……ドミニク・マクレーンだ。旦那様の護衛を務めさせていただいている」


 護衛? だから、剣なんて持ってるの? 神経質だったのも、二人の身の安全を守るのが仕事だから?


 護衛がつくなんて、さっきも旦那様……じゃなくて。ジョシュアさんが言ってたみたいに、旅って危険なのかな?


 三人の視線が自然と私に集まる。


「……璃桜りおん。リオン・クガ、です」


 慌てて、頭を下げた。これからお世話になるんだから、あいさつはしっかりしなきゃ。

 緊張してるからところどころつっかえちゃったけど、仕方ないよね。


「……改めて、よろしく、お願いします」


 私のつたないあいさつに、アンジェリカさんとジョシュアさんは微笑んでくれた。

 ……ドミニクさんは、苦々しい様子だったけど。


 とりあえず、王都に行くまでお願いします。 皆さん!


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