第3話    「誰か……」

「う……ん」


 寒い。すっごく寒い。


 身体がこごえそう。

 今は、冬だっけ?


 ……違う、夏、だったはず。だから、私は今朝半袖を着て、学校に行って、それから。

 ……それから? そう、たしか、スーパーに寄って、食材を買って。運良く、先輩と一緒に帰って。


 そして……UFO?


「UFO?」


 え、なんでUFO?

 ついとっさに考えたことに、ぼんやりしてた意識がなくなってパッと目が覚めた。


「!? え、え?」


 どこなの、ここ。

 視界一面に真っ白な物。これは、雪?


 周りを見渡せば、キザキザした葉っぱをしてる木々が辺りを生い茂ってる。

 針葉樹林? ……そうじゃないかも。どっちかというとこれは、ツンドラ?


「なんで……」


 どうして私、野外にいるの? それに雪が降ってるなんて、夏だったはずなのに。


 ここは……。


「あ……神様」


 そうだ、私、神様に会って。異世界に送るって言われて。


「じゃあ、ここって……異世界なの?」


 よくわからない。そもそも、ここは林の中みたいだから、異世界かどうかも確かめられない。かろうじて、季節が違うことくらい、かな。


「寒いな……」


 思わず、腕をこすった。朝と変わらない制服の半袖に、安心と同時にガッカリする。

 防寒具がほしいな……。


 せめて、街の近くに落としてくれればいいのに。


 鼻から水が出そう。……ううん、たぶん出てる、と思う。感覚がなくなりつつあるから、よくわからないけど。


「このままいても、仕方ない、よね」


 ずっとその場にいたって、あったかくなるわけじゃないから。移動するしかない。

 近くの民家まで、頑張って歩こう。事情を話したら、火にあたるくらいは許してほしいな。


 ゆっくり立ち上がると、ひざについた雪がパラパラと落ちた。黒のハイソックスにも雪がついてるけど、そっちは落ちない。


「あ……なんで」


 さっきは気づかなかったけど、買い物袋が少し離れたところに転がってた。雪に足をとられながら、回収に向かう。

 ……中身は全部無事みたい。良かった、と言うべきなのかな?


 ジャガイモとかあるから、貴重な食料として持っていこう。ただ、火がないから調理はできないけど。丸かじりはさすがに避けたいな……。


「……どっちに行こうかな?」


 雪のせいで、道があるかどうかすら判別できないなんて。

 もしかして、詰んじゃった?


「とりあえず、歩かないと」


 自分に言い聞かせながら、私はやみくもに動くしかなかった。




 ◇◇◇




 歩くたびに、体温がますます下がってるような。

 雪が足に絡みついて、中々前に進めない。体力が徐々に下がってるせいもあるかも。


「まずい、よね」


 焦りだけがつのってく。そんなことを感じる前に動いた方がいいってわかってはいるけど。


「どうなっちゃうのかな……」


 このまま、凍死? ……それは困るのに。

 だからといって、どうしたらいいの?


「誰か……」


 人気のない林で言っても、返事なんてない。私の息が、白く染まっただけ。

 まるで、世界に私しかいないみたい。


 ……そんな世界じゃ、ないよね。違うよね、神様?


「……そうだったら、どうしよう」


 生き残れるかな? でも生き残らないと、元の世界に戻れない。


 誰でもいいから、人に会いたいな。


 動きが鈍くなった足を必死に動かして、前へ進む。


「――な」

「――よ、あなた」


 え? 今の……人の、声。


「!」


 動揺しすぎて転びそうになったけど、なんとか体勢を持ちこたえる。

 勘違い? それとも、幻聴?


「……せん、……様! ……のふ……ぎわです!」


 小さくて、聞き逃しそうになるくらいだけど。間違いないよ、人の声だった!


「こっち……?」


 まだ、近くにいる? 合流、できないかな?


 声がした方に、足を進める。ところどころ途切れてしか聞き取れなかった会話が、少しずつハッキリ聞こえてくる。

 こっちで、あってるみたい。


「いや、これは予想できなかっただろう。近年まれに見る豪雪だった。……しかし、参ったな」

「そうね、どうしようかしら」

「……自分が街まで歩いていきます」

「駄目よ! その前に、着くまで体力が持たないわ」

「そうだ。それは許可できん」

「……しかし!」

「とりあえず、もう一度後ろから押してみよう。話はそれからだ」


 ……? なんだか、もめてる?


 木々の間から、複数の人影となにか大きな物が見えてくる。

 あれは……馬車?


「……おや?」

「! 旦那様!」


 会話をしていたうちの一人が、不自然に口を閉じた。

 どうしたのかな?


「下がっていてください、旦那様!」

「……どうやら、誰か近くにいるようだね」

「あなた、人間なの?」

「!」


 え。まだ距離があるのに、わかったの?

 ビックリして、思わず足が止まった。


 向かった先にいたのは、男の人二人と女の人一人。

 男の人は30~40代くらいと、20代くらい。あ、おじさんが着てるコート、しっかりしててあったかそう。若い男の人もコートを着てるけど……あれって剣?

 女の人は、年上の色気にあふれてる30代くらいの方。茶色のコートの端にレースがついてるなんて、おしゃれ。首に巻いてるフワフワなのは、毛皮?


「隠れてないで出てきなさい」

「……」


 出てきなさいって……。こんなに注目があると……ちょっと、ううん、かなり出にくいな……。


「出ない場合は、敵と見なします」

「!」


 剣を持った人が、つかに手をあててる。

 このままだと、もしかして、私切られる?


 でも、だからって、出ていったとしても切られないなんて保証はないのに。

 どうしよう。どうすれば……。


 グルグル迷う私と、険しい顔をした男の人。

 緊張でのどがカラカラ。考えなきゃいけないのに、この極寒でその気力と体力まで低下してるみたいで、中々できない。

 ピンと息が詰まりそうな空気が張りつめて、ただでさえ寒さでしにくかった呼吸が、もっと悪化した。


 怖い。怖いよ。


 泣き出す一歩手前の私の耳に届いたのは、一つのため息だった。


「やめなさい」

「しかし、旦那様!」

威嚇いかくをしてなんになる。第一、敵対の意思があれば早い段階で殺気を向けられていたはずだ」

「……そう、ですが」


 『旦那様』に説得されるかたちで、剣を持った人は手を柄から放した。


 ……あの旦那様は、好戦的な人じゃないのかな?

 私をかばってくれた?


 姿を現しても、切られたり、しない?


 迷っているうちに、明るい女性の声が聞こえた。


「あら、私はスノーラビットかもしれないって思うわよ? こんな雪ですもの。具現化していたっておかしくないですわ」

「そうかもしれないね。私の可愛い奥さんに会いたくて、来たのかもしれない。君は精霊さえも嫉妬しっとしかねないほど、美しさと慈しみにあふれた女性だから」

「まぁ、あなたったら」

「奥様! 旦那様! 少しは緊張感をお持ちください!」


 え? あ、あの旦那様と奥様って人達、いきなりイチャイチャし始めた。剣の人が怒るのも仕方ないと思うよ。


 それにしても、スノーラビット? そんなウサギって、いるのかな?

 それに……精霊? それって、おとぎ話に出てくるようなもの?


 やっぱり、ここって。本当に異世界なの?


 心のどこかで、まだ、現実味がなかったことなのに。

 急に、『ああ、これって現実なのかな』って実感が湧いてくる。


 どうすればいいのか。全然わからないし、怖いけど。


 でも、とりあえず。あの人達に会って、街までついて行かせてもらわなきゃ。

 そうしないと、生きていけない。ここでたぶん、凍死なんてことになるかも。


 ……うん。


 止まってた足を動かして。雪を踏みしめながら、三人の前に姿を見せた。


「おや……?」

「……」

「まぁ……!」


 旦那様と呼ばれた人は目を丸くして、剣の人は険しい顔で眉を少し上げたまま、奥様は驚いてるみたいだけど目がキラキラしてる。

 三人とも、反応が違う。


 えっと、えっと。なにか言わなきゃ、このまま無言は、まずい、よね?


「……ぁ……」


 でも、なにを。

 異世界みたいなのに言葉が通じてるみたいだから、『ハロー』なんて英語じゃなくてもいい、のかな?


「ぁ……ぅ……」


 口をパクパク動かしてみるけど、なんにも浮かばない!

 どうしよう、どうすればいいのかな?


 ああ、三人が私がなにを言うのか待ってる!

 ご、ごめんなさい。すぐ、すぐに言うから!


 なんでもいいから、言わなきゃ!


「こ……」


 凍ってたみたいに固まってた私の口が、やっと動いた。


「こん、にちは……?」


 なんとか絞り出したあいさつに、一瞬の沈黙が流れて。

 それから、旦那様と奥様が吹き出した。剣の人は、理解しがたいものを見たような複雑な表情をしてる。


 ああ、なんか、絶対失敗しちゃった!?

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