第1話 「一人目の主役」
———さて、二人の主役が
城下町の王都ルベール。商業の盛んな活気あるルグズ通りは、この時間、人でごった返す。しかしこの時のこの賑わいに、彼女はどこか白々しさを感じていた。
人の波をぬうようにひらりひらりと身をかわして、ボロを纏った彼女は特に人の多い八百屋の前に躍り出た。
「さあ、よってらっしゃい!」
しろくて美しい足があらわになるのも気にせず、彼女はスカートをまくり上げると、人の塊がうごめく八百屋の中へと突っ込んでいく。
「タイムセール!こちらのタマネギ、ひと玉3ウェン!」
長い髪を
タマネギ争奪戦を早々に攻略して人だからりから抜けると、その曲芸的な身体能力を目の当たりにして唖然としている店主と目が合った。
「タマネギ16個48ウェンそこの訳ありのニンジン3本51ウェンりんご5つ60ウェンにトマトとキャベツと小粒のジャガイモ一袋しめて286ウェン」
まるで呪文でも唱えるかのように早口で言い切ってしまってから、彼女は店主に向かって微笑をした。
「領収書ください。宛名はウィルター公爵家、
店主はそのススだらけで汚れてしまってもなお上品な笑顔に、はっと気が付いて手を打った。
「ウェルターさん家のシンデレラ!」
「こんにちは、おじさん。今日のセールはずいぶんと気前がいいのね」
シンデレラを認めて顔をぱっと輝かせた店主だったが、その言葉を聞くと困ったように眉をハの字に下げて苦笑した。
「なに、閉店セールさ」
「閉店?」
「まあ、最近の税金の取り立てがひどくて、とてもこの商売じゃ間に合わない……こんな話面白くもなんともなかったね。とりあえず、地元の田舎に引っ込むことになったんだ。生ものだから在庫を残しておいても仕方ないし、ほら、サビース!」
おじさんはそうやって余分な野菜を差し出しながら笑って見せたが、シンデレラにはその笑顔が陰って見えたのだった。
フィリィハルト王国、現王の暦で碧暦31年の冬の盛り。王様の悪政に国民は次第に耐えかねて、不穏な話も各地から漏れ聞こえてくるこの頃。
彼女の周りも、その時代の波は静かに押し寄せていた。
「けれど、王都にいた方がまだいくらかましなんじゃない?おじさん」
最近ではクーデターも多いと聞くし、田舎に行けば行くほど厳しい税の取り立てに逼迫した人々の数は増えるはずだ。
八百屋の店主はそれを知ってかしらずか、笑みを絶やさずゆっくりとかぶりをふった。
それ以上なにも言えなくなって、シンデレラはただ継母たちのいじめを知りつついつも野菜を何かにつけてかタダで分け与えてくれた優しい八百屋のおじさんに、別れを告げた。
そして去り際のシンデレラの耳に「春」の歌が聞こえてきた。おじさんが口ずさんでいるようだった。
その歌は声にならない白い抵抗だ。白い吐息とともに、歌は恨みがましく宙を舞って消えていった。
現国王、リフィチャードの名は、冬に咲く花が語源である。それは同時に、シンデレラにとっての仇の名でもあった。
活気に溢れた城下町の空元気の中、喧噪に紛れ込んで暗澹たる空気が渦巻いているのを、シンデレラは感じていた。
「さいごに君に会えてよかったよ」
おじさんのその呟きもまた、シンデレラの耳に届くことなく寒空に消えていく。
*
「さて、また反乱が起ったらしいけれど」
次にシンデレラが向かったのは、息子一人で切り盛りしている貸本屋のウィンの所だ。長旅から返って来たばかりのウィンはどこからともなく仕入れた情報を何気なく語りながら、コーヒーをすすった。引きこもりがちな彼の白い頬に髪がかかる。
「今度は東と西の双方同時に勃発ときた。そろそろ王家も危ういね」
彼は肩くらいで切りそろえられたつやのある黒髪を耳にかけ、思いのほか熱かったらしいコーヒーにふうふうと息を吹きかけた。
「危ういのはあなたよウィン。この王家のお膝元の町でそう滅多なことを口にするもんじゃないわ。だいたい、新聞にも持っていない情報をどうしてあなたが知ってるの」
シンデレラはなぜか、ウィンの家の台所から顔を出してそう言った。本が無造作に積み上げられた薄暗い店内に、台所の方から野菜の煮込まれた甘い香しい匂いが漂ってくる。ウィンは元々細い目を更にきゅっと細めて笑った。
「旅先で小耳に挟んだんだよ。それより今日はポトフ?いいにおいでお腹がすいたよ」
「それよりって……そうね、野菜たっぷりのポトフだけれど。それがね、ルグズ通りの八百屋さんがくれたのだけど、あそこは閉店するらしいわ」
何気なく言った一言に、ウィンはほんの一瞬、動きを止めた。
「ええ!産地直送でおいしい野菜が食べ納めなの!?俺、もしかしたら明日にでも反乱に加わってるかも……」
貸本屋の息子は大いに憤慨したが、実際に反乱に加わるほどの肝っ玉など持ち合わせちゃいないだろうと、シンデレラは笑う。
シンデレラはこの貸本屋にご飯を提供するかわり、無料で本を貸し出してもらうのが常だった。そしてその付き合いは長く、11歳のときからここに通っている。もはやウィンとは幼なじみ同然だ。
「ところでシンデレラ、君、いつまでそんなみすぼらしい格好をしているんだい?
どうやら
「いいのよ、公爵家のエラ・ウィルターは死んだことになってて。その方が都合がいいもの。だから
そう言って暗い顔をする彼女の真意を何となく察していたウィンは、視線をコーヒーから彼女にうつした。そうやって憂いの表情を見せる彼女を嫌いではなかったが、ウィンは彼女の都合などめちゃめちゃにしてしまいたい衝動に駆られた。
「エラ」
ウィンは口元に常に浮かべていた笑みを消し去って、しばらく誰も口にしなかったであろう彼女の本名を呼ぶ。
ウィンはそれに薄々感づいていた。また、強かな彼女ならその目的も果たしてしまうだろうとも思った。
しかしそれが成功したところで、決して彼女にハッピーエンドをもたらしてはくれない。それなら。
「俺とじゃ——だめ?」
長年、喉まででかかって言えずにいた言葉を、ウィンはようやく口にした。が。
「通りの広間で反乱だー!!!」
その告白は町の大通りから聞こえてきた声にかき消された。チッと舌打ちをして、ウィルは通りに面した小窓を力任せに開け放つ。シンデレラも彼の隣に立って窓の外を覗き込んだ。
通りの広間に、人だかりができている。その光景は物騒なものを手にした町人が警備の任についていた役人を縛り上げているというものだった。
反乱を遠巻きに眺める野次馬でちらりとしか確認できなかったが、騒ぎの中心に思いがけない姿を見つけて、思わずシンデレラは窓から身を乗り出す。
「え?あれって、おじさん……?」
軍人を縛り上げて、スコップや鉄の棒を振りかざす人々。その中には、簡素な槍を手にした八百屋のおじさんの姿があったのだ。
「あぶない!」
窓から落ちそうになるシンデレラを支えて、ウィンは部屋の中に彼女を押し戻そうとした。放心して引きずられるままになっていたシンデレラだが、城の方から馬の蹄の音が近づいてきてもう一度窓に駆け寄ろうとした。
「おい!城からの軍が来たぞ!!」
野次馬の一人がそう叫んだのを聞いてしまえば、シンデレラはもういても立ってもいられなかった。身をかわしてウィンの手を逃れ、裸足のまま一階の窓から外へ飛び出してしまった。
「シンデレラ!!」
八百屋のおじさんは「春」を歌っていた。春の訪れを願う——冬の花の名を持つ国王の終わりを願う、春の歌を。
それは王様に対する敵意だったのだ。
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