針-弐-
僕は家に着くとなんとも言えない疲労感に襲われた。
椅子に座り、背もたれに寄りかかると息が漏れた。
先程から胸に何か引っかかったような、重いものが吊りさがったような。
何か思い当たる節があるような気がするので自分の彼女への言葉を思い出してみた。
放課後、相談、今朝、さっき。
僕は気が付きガタッと身体を起こした。
それから熱くなる頭に手を当て自分の感情を制し、再び背もたれに寄りかかる。
誰にも干渉されず流されたくない僕が、彼女のことを扇動したのだ。
彼と付き合わないように干渉し、流したのだ。
価値観を押し付けられることを嫌だと感じる僕が、彼女に自分の価値観を押し付けたのだ。
全の悪である者が、他人にそれを押し付けて諭すような真似をしたのだ。
そこまで行って、「ああ」と僕は気付いた。
前も味わったこの衝動に何故あの時何故気付かなかったのか。気付いて止められなかったのか。
もう気付くことに慣れてもう何も感じないと思っていたのに、こんなにもあっさり崩されるものなのかと感嘆してしまう。
全てを焼き尽くす灼熱の業火は今日も心で燃え続けることに感嘆してしまう。
翌日、学校が休みなのでやはり家で一人考え事をしていた。
今日は雲と太陽がバランスよく並びその背面に青が染まった空を見て自分とは何者かを考えていた。
恋に揺れ、
恋に燃え、
恋に焼かれる。
ああ、そんなありきたりで意味のない答えばかりが浮かぶ。
自分とは、自分なのだと思えない。他者を絡めなければ自分を見れない。そういう下手な生き物なのだと割り切れない。
平行世界も未来も過去も信じるがそこにいるのは自分であって自分でないもの、そういった現在を生きる排他的な人間である。
そう思えない。
何かに縛られ、
何かに巻かれ、
何かに絞られ、
何かに打たれていなければ安寧も安心も安定も安閑も得られない。
結局そこまでいき、自分は下らないというマンネリ化した最も下らない結論にいたり、自分の不甲斐なさや弱さに気付き。卑下する。
それが転じて自分の心の所為にし、恋の所為にし、他者の所為にする。
最終的にはその自分を卑下して以下無限ループ。
結果自分にはプライドも意思も決意も軸も何もない。
何も持たない人間で、それを自覚しながらも何も得ることをしないどうしようもなく手が付けられない人間という結論に辿り着き、
またこの考えがいつか廻ってくるのだろうと諦観の念を込めた溜め息を大きく吐いて目を閉じた。
ピンポーン
しばらくして昼過ぎ頃にインターホンが鳴りパチリと目を覚ます。
身体の自由が半分奪われたかのような感覚を味わいながら玄関に向かうと扉を開けて「どちら様ですか」と少し気だるさの見え隠れする返事をする。
「ああ、すみません。浦辺達也さんのご自宅はこちらでしょうか」
そこに居たのはがたいの良い大男だった。
本当に誰だとか思ったがとりあず「あ、はい。それ自分です」と返事をする。
彼はそれを聞くと僕を鋭い眼光で見て「話があるんだがいいか」と聞いてきた。
流石に外でというのも何なので家に招き入れることにした。
彼の名は武田建(たけだけん)、僕と同じ学年で柔道部の主将らしい。
彼は僕を真剣な目で見つめて、それから重い口を開いた。
「単刀直入に言うが、お前は梶谷と付き合っているのか」
まあ、名前で察していた部分はあった。
それにしてもアニメや漫画のような話だな。
「……どうやって僕の家を?」
「お前の担任に聞いた」
ああ、と意気消沈の声が思わず出てしまう。
で、と僕に確認を促すように続けた。
「付き合ってないよ。これは本人からでも聞けばいい」
きっぱりと。
ついでに彼女に告白の返事をするチャンスをちゃっかり与えながらそう答えた。
彼は懐疑感を含んだ目でこちらを見ると少し納得したような、安心したような表情をした。
そして、うんうんと小さく頷くと「邪魔して悪かったな」と言って立ち上がろうとする。
ピンポーン。
嫌な予感。
とりあず誰かは分からないが応答しようとすると、彼は玄関に向かう僕について来る。
何か嫌な予感がする。
予定調和が起こりそうな。
虫の知らせのような。
世界が赤を強弱に反射してうるさいくらいに警告音が鳴っている。
そんな気がする。
気が付いたらもう玄関にいて少し息が詰まった。
目の前にあるドアノブに伸ばす手がどこまでも伸びていくような感じがして、手の平に嫌な汗をかいた。
ドアノブを下ろし重い扉を開けるとそこに居たのは……!
「あっ、すみません!浦辺達也さんのご自宅はこちらでしょうか?」
「梶谷っ……!」
後ろから何やら声が聞こえ僕は現実から逃げるように彼女に返答した。
「ああ、ここで合ってるよ。とりあえず……家に上がってくれ……」
夏の暑さかそれとも別のものか分からないものにあてられて目眩がする頭を支え、目蓋を閉じた。
狭い世界の恋 恋とぎ @koikoy
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