2569 Core 10「誰かは誰かの救い」

 脱出の日、日没前


 ヤタノ達はアマタとミチルの救出、島からの脱出準備、拠点襲撃の作戦を立てていた。


「作戦は簡単だ。拠点正面から一気に重機5台で突っ込む」

「一気に突っ込む!?何考えてるんだヤタノさん!」


 先輩作業員があまりにも無謀な策に驚く。


「重機の装甲は汚染対策がされているから頑丈だ。あいつらの突撃銃アサルト程度ではビクともしないはず。対戦車装備があると厄介だが、そんな大げさな装備は持ってきていないと推測している」


「推測ってそんな……まぁ、そう思うしかないか……実際にこの黒い島には元々軍隊なんていなかったからな……」


「それに、ニゴロは生体認証付きの武器を無力化できると言っている。重機の無線を使って武器に誤情報を流すそうだ。なぁ?ニゴロ」


 毛づくろいの素振そぶりをしながらうなづくニゴロ。後輩作業員が首を傾げて質問する。


「それなら何故、最初からそれを使わなかったんですか?」


「認証付きの武器をハッキングするには解析にかなり時間がかかるニャ。だから、ヤタノが寝てる間に拠点のネットワークに忍び込んで、少しづつ認証データを解析したんだニャ、すでに鍵のデータは作成済みだニャ」


「そういうことだ、俺達があとは重機で威嚇、拠点から敵をすべて追い出して、アマタとミチルが居る建物をぶち破る、そのまま海岸へ残りの拉致された人間も誘導、あとは俺の親友が迎えに来る」


「迎えに来るって……どうやって迎えに来るんだ?何時に来る?」


「親友に連絡したときに何時かも伝えてある」


「あなた、何時なんて話していなかったわよ?」


「カズヤと飲みに行く集合時間はいつも決まっている。と言ったら20時30分集合だ。あの電話じゃ筒抜けだから言わなかっただけだよ」


「さすが親友ね、私もそんな意思疎通ができる関係になりたいわ」


 レイコは呆れつつもヤタノの抜け目のない所に感心していた。


 ──日没後、18時00分


「さあ、行くか。重機にみんな乗り込め」


 人型重機の操縦席コックピットは前方に開く重い鉄のハッチだ。ハッチを閉めると操縦席コックピット内は完全に外と遮断される。


「これを閉めたら、中にある無線機インカムを付けて連絡を取り合う。生身でのご対面は、海岸についてからだな」


「そんじゃ行こうか!後輩!ついてこい!」

「はい!先輩!しかし、うーん……結局クロ、来なかったな……」

「あなた、私達生きて帰るのよ。また、独りで戦うなんて思わないで」

「わかってる。ありがとう、レイコ」

「それじゃ、行きますかニャ」


 皆のハッチが閉まる。一瞬真っ暗になって、モニターから外の様子が見えるようになった。


 無線機インカムからニゴロの声がする。


「ここからは自動操縦オートで並木道まで向かうニャ、シートベルトをしっかり締めるニャ」


「シートベルトしないで運転席に箱座りしてるお前が言うなよ……ニゴロ」


 ニゴロは無線接続で重機を動かしている。


 人型重機の移動手段は歩く以外に、足裏に装着されたタイヤとモーターでローラーダッシュが出来る。あくまでも作業用なのでスピードはあまり出ない。ゆっくりと5台の人型重機は山道を登っていく。


 ──ニゴロからヤタノに無線インカムが繋がった。


「ヤタノ、聞こえるかニャ?」


「ああ、聞こえる」


「そろそろ、桜並木に差し掛かるニャ、そこで3。それで良いかニャ?」


「うん、そうだな。悪いなニゴロ」


「後でレイコにこっぴどく叱られたら良いニャ」


「いや、それがベストだ」


「ニゴロもヤタノだったら、そうするから仕方ないニャ」


 ──ニゴロが続けて話す。


「ヤタノ……凄腕ハッカーのニゴロがついてるニャ!ヤタノは独りじゃ無いニャ!」


「ニゴロ、お前が居てくれて助かるよ」


 ヤタノとニゴロは二人で強行突入することにしていた。ニゴロが4体動時に重機を遠隔操作、兵士の武器の無効化を行う。ヤタノはアマタとミチルを助ける。恐らく、敵からの攻撃は必ず受けることになるだろう。二人共、認証なしの武器での攻撃、想定外の事態は必ず起きると予測していたから。


「さぁて、ニゴロ!行くかー!」

「了解ニャ!3、4、5号機強制脱出!」


 ヤタノとニゴロの1、2号機の後ろを歩いていた3、4、5号機のハッチが開き、レイコと作業員二人がエアバッグごと包まれて外に放り出される。


「おい!まて!どういうことだ!」

「何で僕達、放り出されてるの!?」

「あなた!?何考えてるの!?ニゴロまで!」


 ヤタノはハッチを開け、後ろの3人に呼びかける。


「作業員さん!レイコをそこで守ってくれ!!絶対だぞ!」


(もう何も聞くまい、後ろでレイコは多分、俺のことを馬鹿だと言っているんだろうな。でも、これがベストなんだ、悪いなレイコ)


「じゃあな!必ず生きて帰るからな!」


 無人の3、4、5号機のハッチが閉まり、全ての機体が動き出す。


 並木道を過ぎて山を下り、敵の拠点を挟んで海岸だ。ヤタノ達は正面のゲートへまっすぐ走る。山側から降りてくる人型重機に気づいた敵兵は、すでに臨戦態勢だった。


「さぁ行くぞっ!!」

「ハッキングするまで少しガマンするニャ!」


 ヤタノの1号機が先陣を切って正面ゲートをローラーダッシュしながらアームで破壊する。すぐに警報が鳴って銃を持った兵士達が撃ち始める。


 チュイン!ガシュン!ヒュン!ガガガガ!


 弾が滑るような音だ。大丈夫、この装甲なら防げる。恐らく今、複数人から撃たれていると思う。モニターに火花が散って何も見えない。滝のように弾を浴びている。その流れに逆らうように、ヤタノは人質の居る施設へ真っ直ぐ前進する。


「俺がおとりになっている間に……!武器の無効化コード流してくれ!」

「わかってるニャ!……3、2、1……成功だニャ!」


 2号機に乗っているニゴロが敵兵が持つ兵器の生体認証をハックした。途端に銃声が止み、10人程度の兵士達がうろたえる様子が見える。3、4、5号機が自動で腕を振り回し、武器を破壊しつつ敵兵を拠点から追いやる。


「人質の居る建物はここだな!」


 重機の腕が巨大なハンマーのように施設の壁に打ち下ろされる。


「壁を破ったぞ!俺は重機から出てアマタとミチルを探す!ニゴロは俺を後ろから守ってくれ!」

「認証無しの武器がないか見張ってニゴロはカバーするニャ!」

「奴ら武器が使えなくなると、すぐに逃げやがったな!腰抜けどもが!」


 ヤタノは囚われていたミチルを見つけた。コンクリートの部屋の隅に、一人でアマタの頭蓋骨を抱えている。


「ミチル、助けに来たぞ!他の人は!?」

「知らない……お母さんが……ううぅ……」


 ヤタノが来た事で少し安堵したのか、ミチルが泣き出した。ヤタノは機械の手でミチルの頭を撫で、抱きかかえた。


 —―その時


 ガチャン!ガチャン!と拠点の電源が落ちていく音がした。ヤタノはそれが単なる停電ではない事を察知した。


 暗闇の中、空に閃光が放たれる。


 あれは恐らく電磁パルス弾だ、電磁波で通電している精密機器をショートさせ、全て破壊する。アンドロイドがマトモにくらったら一瞬で電子脳が壊れる上に身体能力も失う。


 ヤタノの脳裏に真っ先に浮かんだのはニゴロだった。


「ニゴロ!逃げろ!」


 空に舞い上がった閃光せんこうは約50m上空でプラズマ球のような火を巻き起こし、青白い稲光で拠点を照らした。外の人型重機がどんどんシャットダウンしていく。ヤタノの両腕、両足もショートし、制御不能になった。


「クソっ!手足がイかれた!!ニゴロ!返事しろ!ニゴロ!」


 かろうじてミチルを抱きかかえたまま壁にもたれこんで尻もちをついたヤタノ。重機で開けた壁の穴の先には、ヤタノが乗っていた1号機が見える。


 改めて外から見ると1号機は銃弾を受けてボロボロだった。装甲はギリギリで機能していたようだ、ヤタノはやはり素人の浅知恵だったな、と今頃になって恐怖した。


 ニゴロの乗った2号機は沈黙したままだ。


 手足の動かなくなったヤタノは膝にミチルを呼び寄せた。


 兵士の声や足音が聞こえてくる。武器を持たずとも、手足の出せない人間や子供は何の脅威でもないはずだ。俺たちはきっと殺される……


「ミチル……ごめんな。俺がお前達を助けることが出来なくって、ごめんな……」

「ヤタノ!大丈夫!助けてもらう!」

「……助けてもらうって……誰に?」

「ヒーロー!こういう時はヒーローが来るの!テレビで見た!」

「ハハッ……そうか。俺はヒーローになれるかなあ……」


 ヤタノはミチルを一人で逃して、叫んで兵士を引きつけ、腕の肩部分にある爆弾の起爆コードを口で噛みちぎれるかどうか考えていた。まだ、ヤタノは諦めてはいなかった。



 ——桜並木の下、作業員2人とレイコが遠くから拠点を見守っていた。


 拠点から最初に火花が散り、次に銃声が鳴り止み、真っ暗になり、青白い光が宙に舞った。


 沈黙する拠点、何が起きているのか判らず不安になるレイコ。


「私、行きます。止めないでください!」

「ダメだ!ヤタノさんを信じろ!レイコさん!」


 並木道の家の方向から、唸る音が聞こえる。エンジンの音、ドドドドと低い力強い音が鳴り響く。それは大きいうねりとなってバイクに乗った黒い何かが空を舞い、荒々しく砂塵さじんを巻上げて着地した。


 後輩作業員が声をあげる。


「おお!!クロ!!!なんだこのバイク!」

「なんだその格好は。クロ、今度はバイク作ったのか!また男前になったな!」

「アニキ、おやっさん、準備に時間がかかってしまって、すみません」


 真っ黒な機械のスレンダーなボディー、黒い仮面をつけた男のシルエット。テレビのヒーローのような出で立ちだ。


「レイコさん、ですね。あとは任せて、全てを終わらせて来ます。ヤタノさんもミチルちゃんも大丈夫。母も、連れて帰ります」


「クロ……?アマタさんの……子供……?」


「説明は後でします。では、きます」


 クロは漆黒のバイクにまたがり、背中に刀を背負う。ブォン!とエンジンをふかし、敵の拠点へ影となって消えていった。

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