2569 Core 11「黒い騎士」

 クロがレイコ達と出会った同刻。敵拠点内、ヤタノはミチルを膝に乗せて兵士が来る足音を聞いていた。


「ミチル。アマタをここに置いて、そこの穴から外へ出るんだ」

「ヤタノ、いや!ミチルここにいる!」


 いくらなんでも、子供一人で海岸まで走らせるのは無理がある。ミチルも居るなら最後の手段の自爆も出来ない。


(この子を守るにはどうすればいい……アマタ……俺はどうすれば良い?)


 ミチルの持ったアマタの頭蓋骨からかすかに声が聞こえる。


「アマタ……?」

「……お母さん!?」

「ありがとうございます。ヤタノさん……もう大丈夫、私のもう一人の子が来ます。予備バッテリーはあと数十秒で切れます」

「お母さん!」

「アマタ!?私のもう一人の子ってまさか……」

「ミチルが心配で、ずっと見ていました。下手に喋ったら、残った頭まで破壊されてしまう。私は助けが来るのを信じていました。信じていたらヤタノさんが来てくれた。そして、もう一人の私の子も、もうすぐに……」


 ミチルはアマタの声を聞いて少し安心したようだった。


「ミチル、大丈夫よ。あなたの周りには守ってくれるヒーローが一杯いる。愛しているわ、ミチル」


 兵士が3人、施設に入って来た。すぐさまヤタノは兵士からハンドガンを頭に突きつけられた。旧式のハンドガン、認証無しの武器のようだ。


 ブォォオオン!ガシャン!ヒュィィィィイ……


 ——遠くから爆音が聞こえる。地面が鳴り響き、曇っていた夜空が晴れ渡り、月が出た。


(エンジン音?ジェット機?なんだあの音は)


 ヤタノは大きく空いた施設の穴から月を見た、兵士も気づいている、空から何かがこちらを見ている。


 月の真ん中に黒い影、二輪のバイクに人が乗っている。影はとてつもない高さまで飛び上がっていた。


「……カラス、滑腔形態グライドモード。弓と矢をくれ」


 青白くバイクの両端がきらめき、光の羽が現れた。影はゆっくりと降下する。バイクの羽に照らされた人影が弓を構えた。


 ウィイイン……キリキリ……カシャン……カチッ!

 ヒュゥン!という風切り音と共に、ヤタノに向けられていたハンドガンが宙に舞った。


 敵兵は絶叫した。銃を持っていたはずの手首の先が無くなっていた。


 続けざまに機械音が聞こえる。


 キリキリ……カシャン……カチ、カチッ!カチッ!


 ヤタノは、自分が命拾いしたことを認識する前に、空を舞う黒い機械に目を奪われていた。


(なんだ……何が起きている?)


 ヒュン!ドドドッ!と3本の長く太い矢が敵兵3人の足を貫き、そのまま地面へ突き刺さる。たちまち3人はその場から動けなくなり、もがき苦しむ。


 光の羽が消え黒いバイクが地面に降りる。ドスンと音を立て、砂塵が舞い、黒いヒーローは降り立った。


「助けに来ました。ヤタノさん、ミチルちゃん」

「お前が……アマタの……」

「はい、僕はクロと申します」


 クロはあとは何も言わず、腕の装甲の隙間から様々なコードを出し、アマタの頭蓋骨を優しく包んだ。


「遅くなりました。お母さん」

「く、クロ!アマタをどうするんだ?」

「母は、5秒前にバックアップ電源を失いました。人間で言う死が訪れたようです」

「そんな……さっき喋ったはずなのに……」


 クロはアマタの頭蓋骨パーツからコードで何かを読み取っている。


「母のデータが消え、断片化していきます。母は最後まであなた方の無事を祈っていた。……私まで、気遣って下さったのですね……」


 うつむいて、アマタのデータをスキャンする、目も鼻も口もない、黒い仮面に覆われたクロの表情は、ヤタノには見えなかったが、静かに泣いているように感じた。


「お前は……もしかして、壊れた電脳のデータを読めるのか?」

「はい、ほとんどは断片化されていて、まともなデータは残っていません。死ぬ直前のデータは残りやすい傾向にあります」

「お母さん……死んじゃったの?治せないの?」


 クロはミチルの頭に手を置く。


「確かにお母さんは、もう直せない。でも、僕が記憶の断片を引き継いだ」

「きおくの……だんぺん……?」


 ミチルは不思議そうな顔をして、クロの言葉を理解しようとしていた。


「そう、お母さんの思い出の欠片かけらは私が引き継いだ。ミチルちゃん、君はお母さんに愛されていた。それに、ミチルちゃんの心の中に、お母さんは生きているはずだよ」


 ヤタノはミチルとクロを見つめ、アマタに感謝し、クロのことを理解した。


(アマタ……お前は……とんでもない息子を残していったんだな。これじゃまるで、機械の王だ。廃棄されたアンドロイドの記憶を読み取り学習し、自らをアップグレードし、新しい機械を作る……)


 クロはヤタノの両手両足にも様々な色のコードを伸ばし、包み込む。火花が散った後、ヤタノの手足が直った。


「作ることも直すことも出来るのか……魔法のようだ」

「いいえ、これは魔法なんかじゃありません。全部人類が作った技術がベースです」


 クロは外の色んな方向を見回す。


「索敵完了、残りの敵兵を片付けてきます」

「クロ、お前!全員殺すつもりか!?」


 母が殺され、復讐心が芽生え、敵兵を皆殺しにするつもりかとヤタノはクロの殺意の芽生えを心配した。


「ご安心を、僕は人間を殺しはしません」


 近くで、先刻クロが矢で撃ち抜いた敵兵3人がうめいている。


「……そういえば、お前が撃ち抜いたやつら……足と地面が矢で張り付いているものの、急所は外してあるな」

「母のかたきは生かしてつぐなわせます。ただし、腕の一本や脚の一本は覚悟してもらいます。それでは、きます!」


 クロはガッ!と地面を蹴って、残りの敵兵を倒しに行く。


 あちこちで悲鳴が聞こえる。時々、ハンドガンの発射音が聞こえ、カキン!と金属音が鳴り響く。


 ──すぐに辺りが静かになった。


 ヤタノは、外に歩き出し、様子を見る。

 敵兵が苦しみながら地面に這いつくばっている。気絶した者達が拠点のあちこちに散らばっていた。


「残りは一体、隠れていても無駄だ。出てこい!言葉が分からないなら、言語を変えるか」


 クロは言語モードを変え、隠れていると思われる敵兵に呼びかける。


 ジジジ、とクロが見据える方向から音がして、敵の大型多脚戦車が姿をあらわした。


「あんなデカイ戦車が隠れていたのか……!」

「光を透過させ、迂回うかいさせる光学迷彩でしょう。熱源映像サーモグラフィーには丸見えです。ヤタノさん、建物に隠れて下さい」

「わかった。頼む」


 多脚戦車の主砲は既にクロをロックオンしていた。クロは背中の刀を抜き、静かに構える。


 ドゥォオン!と戦車の主砲が鳴り響いた。地面が揺れる。


 躊躇なくクロに向かって放たれた砲弾。クロが青白く光る刀を一振りすると、流れる砲弾の光がズバッと真っ二つに割れ、クロを避けた。


「無駄だ、その弾は遅く柔らかい」


 続けざまに、3発撃たれても、クロはその場を微動だにしなかった。


 ─少し間を置いて、主砲がヤタノとミチルの居る建物の方へ回転する。


「人質を取るつもりか……降参するかと思ったが仕方ない」


 クロはすぐさま腰に付けた筒のような物を多脚戦車へ投げつけた。砲塔の上を外れて飛んだかの様に見えた筒は、グルグルと軌道を変え砲塔の周りを回転する。


 クロの腰元からカチッと音がすると、砲塔の回りに光が巻き付くように疾走はしり、多脚戦車の主砲はバラバラになってこぼれ落ちた。


『さぁ、出てこい。降参しろ』


 クロが言語を変えて話す。

 敵兵が多脚戦車の上部ハッチから手を挙げて出てくる。


「よし、それでいい」


 その時、戦車下部の脱出用ハッチから敵兵が一人、転げ落ちながらクロに手榴弾を投げる。クロはそれを刀を持たない左手でキャッチすると、手榴弾を離さず握り続け、敵兵に見せつける。


 バァン!と金属の弾ける音がして、クロの左腕は肘から先が無くなった。敵兵はようやく謎の強敵に一矢報いたと思い、ニヤリと笑った。


 クロがおもむろに、その辺に転がっている壊れた突撃銃アサルトを右手で拾う。それを左肘の先に持ってくると、左肘断片から無数のコードが生き物の様に伸びて銃にからまった。


「認証解除、射撃モードを制圧モードへ」


 たちまち、クロの左腕が銃になり、銃撃承認のランプが赤から緑に変わる。残った兵士二人は青ざめた。


 タタタタッと銃撃音の後、弾丸によって腕と脚の神経が切断された兵士たちは悶絶した。


「制圧完了」


 黒い騎士は、小隊を壊滅させた。

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