2569 Core 8「人間と機械の境界」

 満月の夜、自分の影が見えるような明るさだ。二人と一匹の猫が桜並木の続く山道を歩く。夜桜が綺麗な夜だった。


「レイコ、ニゴロ。この桜並木を過ぎると、恐らく拠点キャンプが見えてくる。俺が先に行くから、ここで待っていてくれ」


 ヤタノはレイコとニゴロを連れて行くのは、恐らくこの辺で限界の距離だろうと予想し、並木道で待ってもらうことにした。山道の向こう側がぼんやりと光って見えている。本来は真っ暗な場所なのに、明らかに道の向こうに何かがある。


「あの明かりは恐らく拠点キャンプの光だろう。俺は道から横にそれて、森の中から拠点内を偵察してくる」

「ここまで来てあなた一人で行くの?危ないわ!」

「いや、一番最悪の事態は皆が捕らえられて誰もここ黒い島から脱出できなくなることだ。もし、俺の身に何かあったとしてもこの並木道までは必ず戻ってくる。約束する」

「……わかったわ。絶対に無茶はしないでね」

「ヤタノ、ダメだと思ったらすぐにこっちに戻ってくるニャ」

「ああ、わかってるよ。大丈夫、大丈夫だから」


 並木道を過ぎると道は上り坂から下り坂になり、海岸へと道は続く。視界が開けて海が見える。海の手前には今までなかったはずの拠点キャンプが道沿いにあった。ヤタノは森に入り、身を隠しながら移動した。


(偵察だなんて、俺は何をやってるんだ?軍隊相手に素人が映画で見た程度の知識で何ができるんだ?)


 急にヤタノは不安感に襲われる。技術者の中ではトップレベルだが、兵士ではない。だが、自分が今やるべきことはハッキリしている。


(アマタとミチルがそこに居るはずなんだ。早くあいつらも連れて、この島をでなければ)


 身をかがめ、茂みに隠れてゆっくりと移動する。


(ここなら、拠点がおおよそ見渡せそうだ)


 ヤタノは持ってきた双眼鏡を手に取り拠点の中を見渡す。規模は二十名程度の小隊。国の所属は不明、人種は様々。現在各国が取り入れ主流になっている民間軍事会社PMCのようだ。


 兵が寝泊まりすると思われる簡易施設が立ち並んでいる。土嚢どのうに囲まれ、小規模な拠点だ。輸送車、装甲車が見える。戦車や戦闘ヘリは無い。どうやら大げさな装備は持ってきていないようだ。それはこの黒い島に何も脅威が無いことを知っている証拠でもある。


 一つだけ様子の違う兵舎があった。全ての窓には格子があって、明らかに中から外へ出られない施設がある。ヤタノは双眼鏡をズームして中の様子をうかがった。


 予想通りではあったが、難民キャンプから連れてこられたと思われる女、子供が数人居た。噂通りであればこの後、人身売買に利用される。他の窓を見ると何かガラクタのようなものが雑に積み重ねられている。


(何だあれは、アンドロイドの部品パーツじゃないのか?)


 ヤタノはそのガラクタの中にを見つけた。双眼鏡のズームを最大にする、パーツの型番が見えてきた。ピントが合ってはっきりと、ヤタノはその文字を確かめた。


「……8……!クソッ!遅かった!ちくしょう!アマタッ……!」


(アマタはもう分解バラされている!ミチル!ミチルは何処だ!?)


 ヤタノは他の窓を見る。格子の向こうに金属の頭蓋骨を抱えたミチルが泣いていた。


「……許せねえっ……!何で!何であいつらこんなむごいことが出来るんだっ!!」


 電脳だけでも、残っているなら直せる。でも、記憶を保つためには微弱な電流が必要だ。バックアップ電源が落ちたらもうアマタの記憶は戻らない。電源が切れるまでにミチルとアマタを助けなければならない。二十人程度の兵隊相手に一人で立ち向かうのはあまりにも無謀すぎる。


(……早く戻って策を考えなければ……白い島の政府へ通告したとしても時間が無い。それに難民キャンプ生まれの子供と、投棄されたアンドロイドが居るから助けてくれだなんて言っても話を聞くわけがない……!)


「俺がなんとかしなければ……!」


 その時、話し声が聞こえた。異国の言葉だ、浜辺から森の方向へ巡回する兵士が3名、こちらに向かっている。


「畜生!なんでこんな時に……!」


 ヤタノは茂みから並木道へゆっくりと身を低くし、移動する。

 音を立てないつもりで歩いても、地面の木が踏まれて割れる音がパキパキと鳴る。ヤタノは手先は器用だが、隠密行動までは器用にこなせなかった。


 兵士が物音に気づくまで、時間はかからなかった。


 何か仲間と喋っている。ヤタノは心臓が張り裂けそうだった。身をかがめて息を殺した。


 足の音を立てず、並列へいれつに3人、等間隔でこちらへ近づいてくる。

 ヤタノは賭けに出ることにした。右の義足を触り、カチリとスイッチを入れる。


 茂みからヤタノが手をあげ立ち上がった。


「おい!撃つな!言葉がわかるか?」


 兵士たちが銃口を向けヤタノへ何か叫んでいる。


「ほら!武器は持っていない!手を見ろ!」


 3人の兵士との距離は5メートル程だろうか。兵士が身を伏せるように銃口を下に向け指示している。


「まったく……しょうがねえな……」


 ヤタノは真ん中の兵士をまっすぐ見つめ手を挙げながら膝をつこうとした、その時!


「右足を分離パージ!」


 ヤタノの言葉を皮切りに、右足の付け根からブシュウ!とガスが噴出する。それによって真ん中の兵士めがけて勢いよくヤタノが飛び出し、タックルする形で押し倒した!


 すぐさま相手の突撃銃アサルトライフルを首に押さえつけ、頭突きを決めて気絶させた。アクション映画の真似事のようにヤタノは動いたつもりだったが、意外と上手くいった。


 まさか足が切り離されて人間が飛んで来るとは思っていなかった両脇の兵士二人は初動が遅れた。ヤタノはうろたえる兵士を見て小さく笑った。


「ハハッ!負けるかよ!こいつの銃もらうぜ!」


 気絶した兵士から突撃銃アサルトを奪い取り引き金を引く。


 カチッ……カチッカチッ……!


 引き金を引いたはずなのに動かない。ヤタノは瞬時に悟った。で動く銃だ。敵兵に取られても銃が撃てないように仕込まれている。


 二人の兵士はそれを知っていた。残念だったな、と言っているようだ。それでもヤタノはうろたえなかった。


「良いのか?そんなに俺に気を取られていると?」


 後ろの茂みに親指をクイッと動かし、兵士の視線を誘導する。ガサガサと音がし、茂みの中からヤタノの右足が飛び出してきた!


 義足は鞭のようにしなって宙を舞う。そのまま兵士の頭に重い蹴りが入って一人を気絶させた。


(あと、一人残っている。俺から直接攻撃するにしても手がとどかない。義足は自動オートで残った兵士に飛びかかる位置に移動し、攻撃態勢に移っている)


 残った一人は驚きつつも、ヤタノへ反撃した。


 パシュッ!パシュッ!と、消音器サイレンサーの発砲音が二回。ヤタノの両腕の付け根を弾が貫いた。腕はダラリとぶら下がり、ヤタノは苦痛の表情を浮かべる。


 パシュッ!


 今度はヤタノの左足の付け根が撃ち抜かれた。


「グゥッ……!」


 ヤタノの右足が一足遅れて敵兵に飛びかかっていった。


 ドンッ!と鈍い音がした。右足から頭に蹴りを食らった兵士は地面に倒れ込んだ。


「ダメだ……!動けない!三発全部、手足の神経を狙って当てやがった!」


 兵士の銃は手足の神経を切って拘束する為の自動照準オートエイムモードになっていたのだろう。ヤタノはその場から、動けなくなった。


「俺の右足……戻ってくれ……」


 ヒョコヒョコと一本足で跳ねながら、右足が戻ってくる。ヤタノの右足の付け根にカチリと音を立てて戻った。右足に仕込まれている鎮痛剤がヤタノの身体に流れ込んでいく。


「並木道へ、移動してくれ……血が出すぎて……クラクラしてきた……」


 左足をひきずり、両腕をダランと下げてヤタノは並木道へ戻っていった。右足に引きずられて歩く姿はまるでゾンビのようだった。


 ──レイコとニゴロは無事だった。並木道へ両手と足から血を流しながら意識朦朧もうろうとして戻ってきたヤタノを、レイコは泣きながら抱きしめた。


「無茶はしないでって……言ったのに……!」

「ごめんな、レイコ……悪い知らせがあるんだ」

「……ダメだったかニャ」

「アマタは……分解されていた。ミチルも拘束されている。難民キャンプの女子供が数名、監禁状態だ」


 レイコとニゴロは言葉を失った。最悪の知らせだった。


「三人の兵士と交戦した。殺してはいない。いずれ俺の仕業だとバレてすぐに家ごと抑えられるだろう」

「どうすればいいの……三日後の夜まで隠れるしかない?アマタさんとミチルちゃんは……」

「いや……何とかする。全力を尽くして、あいつらを助ける方法を考える」

「何いってるニャ……もうヤタノはボロボロじゃないか……」


 レイコに肩を貸してもらい家に戻る途中、ヤタノは二十人程度の小隊と戦う策を考えていた。戦う兵器も無い、あるのは自分の技術と知識だけだ。


「……ニゴロ、家に帰ったら手術台に俺をのせていつも通り、手術用のアームになってくれ」

「止血して後は安静にするのかニャ?」

「いや、止血だけじゃない。レイコには悪いがニゴロの手伝いを頼む。家に戻ったらまず、俺の残った腕と足を切り離して、

「あなた……自分の体をどうするつもりなの……!?」

「このままじゃ絶対に負けるんだ。こうするしか無いんだ、わかってくれ、レイコ」

「そんな……」

「大丈夫だ。俺は機械になりたいって言ってただろ?タイミングは悪すぎるけど、願ったり叶ったりじゃないか」

「願ったり叶ったりだなんて、馬鹿なこと言わないで……!」

「ごめんよ、レイコ。仕方ないんだ」

「腕と足は家にストックしてあるものを使うのかニャ?」

「実は、俺が前から作っていた自分の為の腕と足はあるんだよ。俺の右足と釣り合う性能の腕と左足なんだ」

「そう……いずれは、取り替えるつもりだったのね……」


 二人と一匹が歩く、並木道の夜桜がハラハラと舞う。


「綺麗なもんだ。皆で笑って花見、したかったな」


 レイコはコクリとうなづいて涙を流していた。レイコの為に特別に作った、ヤタノ特製の涙腺が悲しく機能していた。


 ニゴロは、どこか寂しそうにチョコチョコとついてきて、何かを考えていた。


「今度ネットに潜ったら……流石に見つかるかもしれないニャ……」

「どうしたんだ?ニゴロ」

「なんでもニャい!もうすぐ家だニャ!早く手術だニャ!」


 家に着くとヤタノは意識が途切れ、眠っていた。手術が始まり、ニゴロは手術用アームに意識を転送し、レイコも手術を手伝った。


 ──手術から意識が戻るまで、ヤタノはこんな夢を見ていた。


 桜が満開の晴れの日に、ヤタノとレイコ、アマタとミチル、ニゴロが花見をしている。皆笑顔で幸せな時間を過ごしている。そんな平凡な日常。ヤタノの願った小さな幸せ。


 ──ヤタノの意識が戻ったのは戦闘後、3日目の朝だった。


「目が覚めた?おかえりなさいあなた」

「手術失敗かと思ったニャ!」

「なんだか……長い夢をみていたよ……」


 ヤタノが起き上がると、自分の腕と足はキラキラとシルバーに輝いた機械になっていた。


 キュィイイインン……カシャ……

 腕を曲げるとモーター音がする。


「静音性が欲しいな。これはいじりがいがあるぞ」


「あなたは本当に……バカね……」


 レイコは呆れつつも、こんな状況でも機械が大好きで、子供のようなヤタノがますます愛おしくなっていった。

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