2569 Core 7「白い島の親友」

 ──2497年3月の深夜


 ヤタノは黒い島の要人のみに渡されている携帯デバイスを使って、旧友に電話をかけた。


「よぉ、久しぶりだなカズヤ。そっちはどうだ?脳神経外科医の仕事、はかどってるか?」

「ヤタノ!お前……大丈夫か?そんな呑気にしてる場合じゃないだろう、黒い島の科学者や医者がどんどん拘束されているらしいじゃないか」

「状況を知っているなら察してくれ、何ていうか……その、今話している内容は恐らく、全て盗聴されている」

「物騒な話だな。わかった、ヤタノが危険を犯してまで電話している理由は

。すまないな、お前の息子のハジメも大きくなっただろうに。こんな電話をしてしまって」

「かまわないさ。大学時代の親友なんだからお前は。また今度一緒に酒でも飲もうぜ」

「そうだな、また。場所は。次の休みはいつだ?」

「こっちも忙しくてね、明後日には大掛かりな手術オペが入っているんだ。次の休みは三日後の日曜日になるな」

「そうか……り、か。無理するなよ?」

「そっちこそ無理するなよ。ヤタノ」

「大丈夫。じゃあ、日曜日に」


 ヤタノは携帯を切った。


「あなた、大丈夫だった?カズヤさんって言うの?あなたの白い島の親友」


 心配そうにヤタノを見つめるレイコ。


「……大学時代の親友だよ。たまに島を出るときには年に一回くらい飲みに行く友達だけど、良い奴だ。あいつは結婚もして子供も居る。丁度ミチルと同い年の男の子だったかな」

「そう……ミチルちゃんと同い年くらいなのね。ところで、今の電話で伝わってたの?あなたの好きな海岸って何処?」

「今の電話で伝わるから親友なんだよカズヤは。海岸はここから数キロ先の山道を抜けたところにある。今頃の山道は綺麗だぞ。桜が咲いているからデートにはうってつけだな、ここ黒い島から脱出する前に一度行ってみるか?」

「こんなときにデート?うふふ、あなたったら。そんなに綺麗なところなの?……でも、そこって多国籍軍の拠点キャンプの近くじゃない?」

「……そうだった。一度下調べに行って、拠点からどのくらい離れているか見てこないとな。レイコ、今から行ってさぐってくるよ」

「こんな夜に行くの?あなた、危険よ。私も行く」

「ダメだ、レイコ。必ず戻るから待っててくれ。それに、いざという時のための武器があるから大丈夫だ」

「武器?あなたそんな物騒なもの持ってるの?見たことないわ……」

「君がいつも見ているものだよ、レイコ。これだよ、これ」


 ヤタノが指差したのは義足の右足だった。


「えっ?義足に銃でも仕掛けてあるの?」

「違うよ。義足こいつは俺から外れても自力で飛んだり跳ねたりして、自動で鞭のような動きで重い蹴りを繰り出せる。自立型のロボットなんだ」

「知らなかった……あなたは何でもできちゃうのね」

「子供の頃から右足の機械は好きだったからな。自分の右足を自由に改造できるから、周りの人間以上の運動能力を身に着けることが出来て誇らしかった。俺はこの自由にできる右足が好きだ」

「本当に、あなたは機械が好きなのね……」

「人間になりたくて仕方がないレイコには理解できないか?」

「いいえ、わかるわ。あなたはきっと、私と根本的に同じなのよ。お互い、憧れる物が逆になっているだけ」

「そうだな。でもきっと、俺がレイコなら人間になりたかっただろうし、レイコが俺なら機械に近づきたかった」

「それも、理解できるわ。不思議なものね……」

「さて、ちょっと下調べしてくるよ。家の鍵をしっかりかけておくんだぞ。ニゴロも留守番を頼む」


 棚の上に箱座りしていたニゴロがあくびをする。


「わかったニャ、気をつけて行ってくるんだニャ」

「あなた、気をつけて」

「じゃあ、行ってきます」


 ──深夜、ヤタノは海岸へ向けて歩き出した。


 近所に住んでいるアマタとミチルの家は真っ暗だ。最近は無闇に外に出ないよう言い聞かせてある。きっと二人共、もう寝ているのだろう。


(あの二人も連れて脱出しなければ)


「あなたっ!まって!」

「どうしたんだ!家に戻るんだレイコ!」

「アマタの家、誰も居ないニャ。少し気がかりだったから、窓から様子を見てきたニャ……」

「なんだって……どこに居るんだ……まさか、誘拐された?」


 ニゴロは気のせいか、いつもの軽い雰囲気ではない。


「ヤタノ、ちょっと危ないけれど、ヤタノの携帯からネットワークに入り込んで居場所を探ってくるニャ」

「お前……大丈夫なのか?ネットワークに入り込んだら駆除されるんじゃないのか?」

「……少しの間なら大丈夫ニャ」


 ふぅっ、と気が抜けた様にニゴロの身体が地面に横たわる。すぐにニゴロを抱えるレイコ。


 ──10秒くらいすると、ニゴロは戻ってきた。レイコに抱きかかえられながら、目をパチリと開ける。


「ヤタノ、まずいことになってるニャ。アマタとミチルは海岸に行く途中の軍事拠点に拉致されて、取り調べを受けているニャ」

「何で!?あんなに外に出るなって言ったのに……!」

「理由はわからないけど、捕まっていることは確かなのね?ニゴロ」

「そうだニャ。だから、早く助けに行かなきゃ……」


 ニゴロの語尾に「ニャ」がついていない。それだけで、ただならない雰囲気をヤタノは感じ取った。


 多国籍軍はこの国の住人には手を出さないが、正規に登録されていないアンドロイドや無国籍の人間には厳しい。根拠もなく黒い島の人間は危険だと言いがかりをつけ、拘束する。


 一部軍隊には盗賊まがいの人間がいることもヤタノ達は十分に承知していた。考えたくはないが、恐らくそういった人間達に捕まってしまったのだろう。


「なんてこった……早く助けに行かないと……」

「私、あなたについていくわ。お願い、連れて行って」

「ここは、みんなで行ったほうがいいと思うニャ」


 ヤタノは皆で偵察に行くことと、家に二人を置いていくこと、どちらが危険なのかしばらく考えた。


「……わかった。皆で海岸までの道を見に行こう。」


 2人と1匹はうなづいて、海岸までの道を歩いて行く。

 よく晴れた満月の夜だった。

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