2569 Core 4「幸せ、満ちる」

 ──2494年1月


 ヤタノはジャンクシッター、改め「アマタ」を修復し完成させた。電脳に関しては、異常があったとしても修理をすることは出来ない。人間で例えるならば脳を手術し後遺症が残る可能性は捨てきれないし、せっかくの今までの記憶が無くなってしまう可能性があったからだ。たとえ今は昔の記憶がハッキリしなくても、何かの拍子に思い出すことだってある。


「アマタ、これで完成だよ。電脳を100%の状態には持っていけなかった分、身体の方はバッチリ修理してある」

「ありがとうございます。ヤタノさん、ニゴロ」

「そうだニャ!私も修理を手伝ったんだニャ!」


 ニゴロは本当に便利というか……まるでおとぎ話から出てきたプログラムだ。なんせ、ロボット猫のボディーから手術台にある施術用アームに移って修理の手伝いをしてくれた。


 どこでそんなもの覚えてきたんだ?とヤタノが聞くと、ヤタノのコンピューター内の技術書を全部読んで来たからわかるらしい。とにかく電気信号で動くもの全てを自分の意志で動かしてしまう。


「そうだな、ニゴロには感謝しているよ。キャットフードでも食べるか?」

「食えないことを知ってるのにそうこと言うか!電気くれニャ!」

「あはは……二人は本当に仲が良いんですね」


 大人びた女性の新ボディーになったアマタが、ぎこちない機械音ではなく、女性の声で笑う。


「おっ、笑うとますます美人じゃないか」

「自画自賛だニャー、ヤタノは自分が好きだニャー」

「そりゃそうさ!自信作だからな!」


 アンドロイドと猫が二人でヤタノをみてクスクスと笑う。


「それはそうと、アマタは今後どうする?黒いここで暮らして行くんだったら、前みたいにベビーシッターの仕事でもやりたいのか?」

「そうですね……子供は好きです。そういう風に作られてますし、私また、ベビーシッターになりたいです」

「そうか、なら仕事が決まるまで作業所でたまに手伝いとかしてもらえればこっちも助かるから、しばらくここに居たらどうだ?」

「ええ、お言葉に甘えて、そうすることにします」


 ──2494年6月

 白い島と違い黒い島の汚染環境の酷さも相まって、住んでいる子供が少ないため、ベビーシッターの職業はなかなか見つからず、アマタは相変わらず作業所の雑用をしていた。


「ヤタノさん、ちょっと相談したいことがあるのですが」

「ん?どうしたアマタ」

「仕事が全く決まらない所、申し訳ないのですが私あの方達に挨拶をしなきゃいけないと思いまして」

「仕事が決まらないのは気にしなくていいよ。あの方たちって……もしかして、ゴミ処理場の作業員さん達か?」

「ええ、私をここに運んできて下さったお礼をキチンと言ってませんので、少し気になっていて」

「なら、行ってくるといい。まぁ、軽い遠足程度の距離だ。気晴らしに歩いてきたらどうだ?場所は今教えるから」

「ありがとうございます」


 ──今は梅雨の時期、雨がしとしとと降り注ぐ。アマタは赤い傘をさしながらゴミ処理場へ歩く。


「雨、不思議ねえ何もかもが新鮮でキラキラして見えるわ。ヤタノさんがとっておきの目を着けてくれたおかげかしら」


 山道に入り、ゴミ処理場の鉄クズの山が見えてきた。以前、アマタが放棄され、辿り着いたゴミの山。アマタは少し、気がかりだった。自分の作った子供、黒い鉄塊の子供を。


「お!べっぴんさんだな!こんなところに何の用だ!?危ないぞ!」

「あ、私です。半年前ここに棄てられて、ヤタノさんのところで修理してもらったアンドロイドです」

「なんだって!?おい!鉄次!見てみろ!このべっぴんさん!あの時のジャンクシッターだってよ!」

「なんですか先輩、騒々しい。うわぁ!誰です!?こんな美人な人!危ないですよ!え!?ジャンクシッター!?」


 作業員コンビは大慌てだ。その様子が可笑おかしくって思わずジャンクシッターはクスクスと笑ってしまった。


「今はアマタ、という名前を貰ってヤタノさんのところで生活しています」

「はぁー、ヤタノさんの腕はやっぱりすげえな……」

「すごいっすねぇ……」

「私、作業員さん達にお礼を言いたくって来たんです」

「ん?なんか良いことしたっけ?俺達」


「私を救ってくれてありがとうございます。作業員さん達が声をかけてくれなければ、きっと私は壊れていた」

「良いんだよ。そんな気にしなくて、ねえ?先輩」

「そうだよ。お前さんみたいにお礼に来るアンドロイドもいれば、最近なんてなあ、ゴミ処理場に人間が来るんだよ。死にたい、って人間がな。掃除する俺達の身にもなってみろってんだ!」


 黒いここでの人間は、白い島から来た作業員のような正規の戸籍を持つ人間と、何かの事情で自分の国に居られなくなった難民や、白い島で暮らせなくなった戸籍のない人間が混在している。


 その人達は難民キャンプを作り、国や海外から支援を受けて生活しているものの、生活水準は劣悪極まりない。犯罪も多く政府を長年悩ませている。


「……あの子は……私の子はその後見つかりましたか?」

「ああ、黒い鉄……赤ん坊のことか?うーん……悪いが見つかっちゃいない」

「ゴミ山にハイハイして行って、そのまま居なくなっちゃいましたもんねえ……」

「そう……ですか」


 いつもなら、もうとっくに壊れてるんじゃないか?と言うようなガサツな性格の作業員だが、こうもアマタがしっかりとした身なりで喋っていると、元々がジャンクシッターではなく、一人の母親に見えてきた。だから、あまり酷いことは言えなかった。


 ──しばらく作業員とアマタが会話をする。


「それでは、本当にありがとうございました」

「お前さんも懲りずにベビーシッターになりたいって言ってるからびっくりしたよ。まぁ程々に頑張れよ!」

「先輩、何かジャンクシッターのときの扱いとすごく違いますね……綺麗だからでしょ!」

「何言ってんだ!バカ!」


 二人の様子を見て、口に手を当てる仕草をしてクスクスとするアマタ。アマタは作業員達と話し終え、ヤタノの元へ帰ろうと雨の中、帰路についた。


 ──帰り道。ゴミ処理場に向かう一人の女をアマタは見かけた。足元がフラフラとして、胸には何かを抱えている。よく見ると、生後間もない赤ん坊のようだった。女はまるでアマタを見ていない。ブツブツと何か呟きながらヨロヨロとゴミ処理場に向かう。


「良い子だね……お母さんと一緒に死にましょう……私達はあの人に捨てられて……だから……ゴミに埋もれて死にましょう……天国に行きましょう……」


 アマタはそんな言葉を聞き逃さなかった。


「ちょっと、あなた!待ちなさい!」


 アマタはその女の肩をつかむ。


「……何?私達は今から行かなきゃいけない大事な場所があるの……邪魔しないで?」


 フラフラとアマタの制止を振り切ってゴミ山に向かう女。力など無さそうな歩き方だったというのに、力強くアマタをはねのけた。


 どうして死ぬことに力強く貪欲でいられるのか。アマタは理解できなかった。


 さっきまでこの世界は優しい人や生きることが楽しい人、猫、そんな世界を見ていたのに。まるで、真逆の世界の人間を見た。


「私は……もう長くないの……さっき薬を一杯飲んだわ。この赤ちゃんもきっと、私に抱かれながら死ぬのだから、寂しくないわ……」


 ゴミ山に背を向け、息を切らしながら倒れ込む女。


「危ない!!」


 倒れ込んだ女の身体にゴミ山の鉄片が突き刺さった。


「これで……やっと死ねるわ……」


 アマタはすぐに赤ん坊を確認する。鉄片は赤ん坊を避けるように刺さっている。

 アマタの顔に雨が流れて、目から涙が出ているような表情で叫ぶ。


「あなたの事情は……私はわからない!でも……!この子は、ゴミじゃない……!」


 アマタが赤ん坊をすくい上げる。女の腕がダラリと下がった。もう一言も喋らなかった。血が雨に流されて広がっていく。


「この子、体温が下がっている!早く何とかしなきゃ!作業員さん!」


 作業員の居る小屋へ走り、濡れた赤ん坊をタオルで拭き上げるアマタ。薬は飲まされていないようだ。アマタは自分の感覚機能センサーを駆使して状態を把握する。


「またか!今月で何人目だよ!おまけに子供と無理心中かよ!クソッ!」

「大丈夫です……この子は生きています。栄養状態がやや悪い状態ですが、何とかなります」

「そ、そうなのか?さすがベビーシッターだな」

「先輩!ダメです!ゴミ山にいる女……やっぱり死んでます」

「ひでえもんだな……難民キャンプから流れて来たんだろう」


 アマタは、ヤタノの家に輸送車で送ってもらい、赤ん坊へミルクをあげた。話の経緯いきさつを話すと、ヤタノはその子を大事に育てろと言った。



 ──2496年、夏


 アマタが赤ん坊を拾って2年が経過した。


「ヤタノー!とうっ!」


 ミチルがヤタノの左足を蹴る。


「あ痛っ!こら!ミチル!」

「この子ったら……女の子なのにヒーロー物のテレビばっかり好きで……ごめんなさい、ヤタノさん」

「いや、このくらい元気に育ってるなら安心だよ、アマタは子育てが上手だな」

「ヤタノ!抱っこ!」

「もう、この子はヤタノさんが大好きなんだから……」

「ヤタノは最近忙しいからって遊んでやらないんだから、ひどいもんだニャ」


 ヤタノのアンドロイド技師としての腕は既に世界一になっていた。今までのように小さい自宅兼作業所で仕事をすることは無くなって、海外までも出張するような状態だった。


「まぁ、そんな怒らないでくれよ。俺はこの子のお父さんじゃない。アマタには家も与えた。あとは自立して生活してるじゃないか」

「嫌だニャア。家や物だけ与えとけば後は良いみたいな言い方して、人間のオスはホントに……」

「お、オス?ニゴロちゃん……口が悪くなってない?」

「そんなことないニャ!」

「ニゴロもかまってもらえなくてご機嫌斜めか!まいったな!」


 子供を抱きかかえて天に掲げるヤタノ。


「ミチル、お前の幸せが満ちて欲しいからミチル。お前のお母さんはネーミングセンスがいいな!」

「うん!」

「恥ずかしいです……お母さん……そうですね私は、ミチルのお母さん」


 アマタはミチルがうれしそうな笑顔を見せると、アンドロイドの中でも極上の笑顔をみせた。


 本当の母親が既に死んでいる事実など知らなくても良いことだ。ミチルには実母のことは教えていない。こうして生きてる人たちが何よりも尊い。ヤタノはそう考えて、アマタが母親としてミチルを育てることを見守っていた。

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