2569 Core 5「135年目の春」
──2496年11月上旬
ヤタノは自分の仕事が忙しくなる最中、人手が足りないので助手が欲しいと思い、白い島へ募集をかけた。
数日後、白い島から「レイコ」というアンドロイドが助手として働きたいと志願してきた。
(アンドロイドか……最近俺の周りにはアンドロイドがよく訪ねて来るな)
しかし、なぜ治安の悪い黒い島へわざわざ、アンドロイドが出向いてくるのか?ヤタノはそこに興味を持った。
3日後にレイコはやってきた。姿形は16歳位の少女だ。レイコは色々な国や土地で人間の暮らしを見てまわって来たと言う。ヤタノはレイコがどんな暮らしをしてきたのか興味があったので、ひとまずお茶を飲みながら話すことにした。
「ええと、レイコちゃんは一体、何年くらい人間の暮らしを見てきたんだ?」
「2365年からずっと、大体135年経つわね」
「135年だって……?えっと……レイコちゃんだと失礼だからレイコさんだね。質問してもいい?そんなに長い時間を生きていて退屈になったりしないのか?」
こんなに長い年月を稼働しているアンドロイドは初めて見た、ヤタノは心が躍っていた。
「ええ、全然飽きないわ!私はずっと生きていたい、人間って本当におもしろいのよ?」
「はは、変なアンドロイドだなぁ……いや、レイコさんか、失礼!」
「……そんな質問してくる、あなたも変よ?ヤタノさんは、もうこの世界がおもしろくないの?若いのに」
「いや、おもしろくないわけじゃないよ、最近は特におもしろい、変なアンドロイドが一杯来るからな。ここには」
戸棚の上に寝ていたニゴロが起きて、身体を伸ばす。
「あ~よく寝たニャ」
「あら、猫!この子は機械?」
「違うニャ、猫ニャ」
「それが本当に猫らしいんだ……ニゴロの話でも聞くかい?」
「ええ!是非!おもしろそうですもの!」
──レイコが来たのは昼頃だったのに、気がつくと日が落ちるまで話し込んでいた。ニゴロの話、アマタの話。世界に前例の無いことが、ここで幾つか起こっていることを。
レイコは、その話を真面目に聞いて、驚いたり、笑ったり、時には悲しんだ。ヤタノはレイコも特別なアンドロイドなのかもしれないと思い始めていた矢先、レイコが真面目な顔になってこう言った。
「ヤタノさん、実はね私アンドロイドとして生きていたくないの。人間に近づきたいと思って、色々な人達と生活をしてきて、ますます人間になりたいと思っているの。最近身体のパーツの一部が耐用年数を超えてきていて、身体を交換しなければいけない時期が近づいてきた。そこで調度良くあなたの噂を聞いた。だからここにやってきた」
「えっと、俺の噂というと……レイコさんのパーツの耐用年数と関係があるのか?」
「ええ、あなたの技術は素晴らしいと聞いているわ、アンドロイドから人間まで色んなパーツを作れるとか……お金だったら持ってるわ。今まで働いて100年以上は貯金をしていたから」
「アンドロイドとして生きたくはない?人間に近づきたい?人間用のパーツはあくまでも通常の人間が使う身体能力を戻すためのパーツだ。要するにダウングレードするってことだ。それは知っているのか?」
「ええ、知っているわ。人間のパーツはアンドロイドより力の出る仕組みにはなっていない、丈夫でもない、おまけに劣化も早い。十分承知しています」
「じゃあ……どうして……?」
「私はね、人間と同じように動けるようになりたいの、早い話が最終的には五感を手に入れたい。色々なものを感じ取れるようになりたい」
「いくら人間に近づくって言ったって、限度はあるぞ?」
「それもわかってる。このアンドロイドの電脳、ニューロコンピューターだけは置き換えると私は私で無くなってしまうから、それだけは仕方ないことも理解しているわ」
──ヤタノはこんな考え方をするアンドロイドに出会ったのは初めてだった。自分だったら、身体をアップグレードして様々な機能を手に入れたいと思うのに、レイコはそれを望まない、それどころかアンドロイドより
「俺が今まで見てきたアンドロイドは、大体のやつは仕事熱心で何かアップグレード出来そうなら、このパーツを変えてくれとか、修理してくれだとか、そんなことを要望するアンドロイドばかりだった……レイコさん、あなたは一体どんな育ち方をしたんだ?」
「私は、生まれた時、自分を人間だと思って育った、いえ、そういう風に育てられたの。私が作られた時、両親はアンドロイドに一番必要な、自分を機械だと認識するプログラムを消していた。自分がアンドロイドだということは両親が死んで、一人になってから知ったの、だから心と身体の相違に違和感をずっと持ち続けて生きている……」
「心と身体の相違、違和感を100年以上耐えていたってことか……大変だったね。よし!とっておきの身体を作ろう!人間と同じように五感のある身体、100年以上も待っていたなら、尚更レイコさんの役に立ちたいよ」
「ありがとう!あなたに話をもってきてよかったわ!白い島に居た頃はそんな話をアンドロイド技師に持ちかけると、電脳がおかしくなったって言われて、処分されそうになったこともあるの……だから黒い島にきてヤタノさんのような人に望みをかけていたの……」
確かに、人間になりたいアンドロイドなんてものが白い島で出てきたら、プロテクトの外れた違法アンドロイドの疑いをかけられて処分されることだろう。
レイコとは逆に、ヤタノは違った考えを持っていた。ヤタノは右足だけが義足だ、人間用に換装せず、
アンドロイドは人間に、人間はアンドロイドになりたい。そんな真逆の意志を持った二人はお互いの心に興味を持つようになった。
──数週間後……
「レイコさん、どうだい?新しい身体は」
「ええ、とっても調子が良いわ、肘や膝のモーターが無くなって人工筋肉の収縮で腕や足が動く、なんて素敵なのかしら!やっぱり人間ってずるいわ!」
「ははは!そっか素敵かぁ!俺もうれしいよ。君の希望で16歳の外見はそのまま残してある、ただし今までのように重いものを持ったり、人より早く走ったり、そういうことはできない」
「ええ、これでいいの!これが生身の私……気持ちと身体が一致した私」
「五感もバッチリ働いていると思う、外に出てみるかい?」
「もちろん!早く外に出てみたいわ!」
「きっと驚くと思うよ」
冬の雪が降るこの黒い島は、肌を刺すような寒さだ。
「風が強いのかしら、すごく身体が震えるわ」
「それが、寒さだよ」
ヤタノは上着をレイコに渡した。
「レイコさんは今度から温度というものを意識しなければいけない。人工筋肉で活動する以上は保温しなければ凍えて動けなくなってしまう」
「身体が震えるのは熱を出して身体を動けるようにする為なのね!ああ、楽しい。凍えるというのはこういうことなのね……」
レイコが上着を羽織る。
「ああ、震えが止まった。風が吹いていたような感覚も無くなったわ、これが温かいという感覚……」
ヤタノが手を差し出す、レイコは首を
「こんなに人間の手は温かいの?」
「そうだよ、生き物は熱を持っている」
「素敵ね!私の手も今は温かいの?」
「うん、レイコさんの手も温かい」
「今まではセンサーのデータで熱い、寒いを観測していたけれど、これで観測なんて要らなくなるのね」
「その代わり、今までのように飾りの服ではなく、機能を考えて服装を選ばなければならない。面倒だと思わない?」
「なにいってるのよ!これから一杯、服を着替えたり出来るなんて素敵じゃない!」
レイコは無邪気に笑う。ヤタノはそんなレイコを見ていて自然と笑みがこぼれた。
「ふふ、何かおかしいの?ヤタノさん、何故笑っているの?」
「いや、レイコさんがあまりにも感動するものだからうれしくってね」
「ありがとう、ヤタノさん」
「こちらこそ、レイコさん」
そんなやりとりが聞こえていたのか、近所の家に住んでいるミチルとアマタがやってきた。
「ヤタノ!」
「こんにちは、ヤタノさん。この人が例の?人間になりたいアンドロイド?」
「はじめまして、アマタさん。私はレイコ、よろしくね」
「ヤタノさん……この方は10代の若い子にしか見えないんですけど……そういう趣味を持ってたんですか?」
「ヤタノ!抱っこして!」
「いやいや、違うけど!もともとレイコさんはこの年齢くらいでつくられてるの!」
「バカだニャー、ヤタノがレイコさんの身体作ってるときニヤニヤしてたの録画してあるニャ!」
「ニゴロも来たのか!おいおい、からかうなって!レイコさん!何とか言ってよ!」
「……え!?そ、そうなの?怖いわ……なんてね!冗談よ」
「無視するな!ヤタノー!」
ミチルがヤタノに蹴りを入れる。ヤタノは義足ではない左足のスネを蹴られて悶絶する。
皆が笑う。ヤタノは幸せを噛み締めていた。
程なくして、レイコはヤタノのかけがえのないパートナーになった。右足が機械の人間と、人間に近い体を持つアンドロイドの奇妙な夫婦、ヤタノとレイコ。まるでおとぎ話のようだった。
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