7-A「故人、GO!」
――2050年3月、僕の恋人だったナオミは死んだ。
僕は今日ほんの10時間前まで生きていたナオミの病室にやってきた。
僕らは今日、初めて実際に会った。
病室に居るナオミのご両親はもうすっかり泣き終えて、赤く腫れぼったい目をしている。
僕は、どんな声をかけたら良いのかさっぱりわからなかった。
「こんばんは……遅くなりまして。僕、タケルと言います。ナオミさんの事は……本当に残念でした……」
全然実感がわかない。自分でもまるで他人事の様に語っていて気持ちが悪い。ナオミとはネット上で恋人同士だったはずなのに実際会ったのは死後なのだから……手を触れたこともない、顔もディスプレイ越しでしか見たことがない。病室にあるのは痩せてしまったナオミの亡骸だけだ。
ナオミのお父さんが僕に話しかけた。短いヒゲを綺麗に整えた真面目そうなおじさんだ。
「ああ……君がタケル君か、ナオミからは話を聞いている。聞いたとおり、やさしそうな子じゃあないか。生前ナオミは君の事ばかり話をしていたよ」
「僕の事を……ですか?」
「そう、やさしくって明るい性格で、周りのみんなを盛り上げる高校生と聞いていたよ。娘は身体が弱っていたから、同い年の君のようなボーイフレンドが、例えネット上であっても話し相手になってくれてうれしかったようだよ」
――僕は、足元がグラつくような感覚に陥った。
僕の本当の実態は、高校生ではない。何もしていないニートだ……受験に失敗し志望した大学に行くため親が行けと言ってくれた予備校も、目標のゴールが大学受験の成功だけであった為に、途中でモチベーションを保つことが出来ず、予備校に行くこともなくなった。
一度は就職活動もしてみたものの世間は厳しい、どこも採用してくれなかった。そりゃあバイトも長続きしない僕だ、就職なんて夢のまた夢だ。僕は何もする気が起きなくなっていた。なんでも人や世の中のせいにして引きこもりになっていた。
予備校を辞めてそのまま僕は20歳になり、家でご飯を食べてネットをして、寝るだけの繰り返し、毎日ダラダラと時間だけを消費していった。暇つぶしに色んなゲームをして遊んで、オンラインゲームをしてチャットをすることでかろうじて社会との繋がりを保っているつもりでいた。
そんなある日、オンラインゲームの中でナオミに出会った。アバターチャットが主体のゲームだ。
――僕が20歳の夏頃……オンラインゲーム内にて
「うひょーーーーー!海は広いな大きいな!最高だぜえ!うぇーい!」
海のエリアには人が一杯いる中で、独りで海に向かって元気に叫んでいる女の子が居た。人が一杯いるはずなのに放置プレイヤーが大半のせいか、彼女のテンションが荒らしのように見えるためなのか、誰も声をかけなかった。
僕もその娘はどうせネカマか冷やかしか何かでそこで独りで騒いでいるのだろうと思っていたが、誰も話す相手が居なかったのでフザケて声をかけてみた。
「そうだな!うぇーい!海は最高だな!うぇーい!」
ディスプレイの前で、そんな高いテンションの掛け声をしている僕の顔は真顔だ。
「え!?誰あんた!?ちょっとナンパ!?キモいんですけど……」
酷いもんだ、かまって欲しそうに独りで騒いでいたのはお前だろうと言いたくなったが、周りは放置してるだけのようだし話をしてみることにした。
「おいおい、釣りかよ。一人で騒いでそれはないだろ!」
「海は最高だと言って何が悪い。ほら見ろこの綺麗な海を、私は見たことがない」
「え?海を見たことがない?どこに住んでるんだよ……」
「えー、個人情報聞き出すんですかー?やだー」
「そんなつもりは無いよ……海を見たことがないとか嘘だろ?」
少し間を置いて彼女はチャットを返してきた。
「見たこと無いよ?変?」
まともなテンションで返答が返ってきたので僕は戸惑ってしまった。
「あ、いやごめん。本当に見たこと無いんだ?」
「うん。私、あんまり昔から外に出られないから」
「どういう事情かわからないけど、そうなのか。僕も何年も前に行ったきりだなあ……」
「へえ!どこの海!?教えてよ!」
「僕は東側に住んでるんだけど、あの海は西側だからすごく遠いよ」
この国は主に東と西で分かれている。大それた旅行でもなければ東側の人間は一生西側に行かないこともある。
「西の海なのかー!私、西にすんでるよ!」
「へえ、うらやましいな。もう一度行きたいけど、お金が無くて行けないよ」
「お金が無いの?学生?」
少し嫌なところを突かれた。予備校も行ってないし、ニートとでも言うべきか。
「あー高校生、来年受験だよ」
「おお、私と同じ3年生か!よろしくね!」
とっさに嘘をついてしまった。20歳ニートなのが恥ずかしくって女の子の前で見栄を張ってしまったのか……
その日はゲーム内で友達登録をして、あとは寝ることにした。
――次の日
朝方寝て、昼ごろに起きるとまずはパソコンの電源を入れる。
昨日のやたらテンション高めの女の子が居るかどうか少し気になったのでゲームにログインしてみた。
友達登録をすると相手がオンラインかどうか見ることができるので、オンラインだったら暇つぶしに遊びにでも行こうかなと思いフレンドのボタンを押そうとした、その時。
「こんちゃあああああ!」
いきなり、彼女が僕のゲーム内の家に遊びにきた。これじゃあ、僕がオンラインになった途端に待ってましたと言わんばかりだ。
「おいおい、ストーカーかよ!ログインしたばかりなのに」
「あーたまたまだよ、自意識過剰君ね!」
この娘は何なんだ。いや、僕も彼女がオンラインかどうか見ようとしていたのだから同じようなものか。
「『何で平日の昼にこんな所で遊んでるの?』」
あ、同じチャットを二人同時に打っている。少しうれしくなってしまった。
「今日はあれだよ、学校が振替休日だったんだよ」
「ふーん、そうなの。私はねえ!とある理由で登校拒否!」
何故、明るく登校拒否をアピールするのか、将来不安にならないのか。20歳ニートの僕は何も出来ないけど彼女が心配になった。
「いやいや、きちんと学校に行きなさいって。3年生だろ?来年受験だろ?それとも就職?」
また、チャットが少し止まった。前と同じだ、彼女がマジメに質問に答える時はこうなる。
「私ね、半年後にはいなくなっちゃうから」
……?
今度は僕が止まってしまった。
「え、どこかに引っ越しでもしちゃうの?」
動揺して変な答えの返し方をしてしまった。
「ううん。あと半年持つか持たないかってお医者さんに言われちゃって」
恐らく病気か何かか?それとも昨日会ったばかりだし、悪質な釣りか……?
「冗談で言ってる?本当に?」
「本当」
二文字だけだが、その返答には紛れも無く本当の意味が込められている気がした。
「じゃあさ……こんな所でチャットなんかしてる場合じゃないでしょう?」
「ううん。私ね、何もしたいことが無いの。せいぜいパソコンの前でチャットをするくらい」
彼女もネットに繋がって、誰かと少しでも関わりを持つことで、寂しさを紛らわせているのか?それがあと半年だとしても?
その日から、彼女といろんな事を話してみた。僕は自分が高校生だと言ってしまった手前、昼にネットを繋がないようにして、夜に高校から帰って来たという設定で話をした。テキストチャットだけでは物足りなくなってきて、とうとう音声で通話することにした。
「あ、もしもし。聞こえる?」
「うん、きこえるよー?」
「君は本当に女の子だったんだね」
「失礼な!まだ疑ってるの!?あー、あと「君」じゃなくてナオミと呼んでもらったほうが良いです」
「ナオミって名前なのか、うん、わかった。僕はタケルっていうんだよろしく」
今までは君とか、ハンドル名で呼び合っていた仲だったのに急に名前で呼ぶようになってしまった。えっと……話題を探さなければ。
「そういえば、ナオミは海が見たいって言ってたね。君の住む西の海は綺麗だったよ」
「そうなのよ……まだ一度も見たこと無いの。私の住むところの近くの海は西側で綺麗な海って言われてて、そこを見渡す山もあって……とにかく一杯あるみたい」
ん?それは昔、僕が高校の修学旅行で行った海の場所ではないだろうか……
「もしかして、ウェストビーチ?2年前にウェストタワーって1000mの電波塔が完成したところ?」
「うん、そうだよ。えっタケルはここに来たことがあるんだ!?」
「まぁ、東の人間からしたらメジャーな旅行先だからね。3年ま……いや、去年修学旅行で行ったばかりだよ!」
「うわー!去年かよ!私も行きたかった!」
修学旅行で行ったことのある場所にナオミは住んでいた。その時に会えたら良かったのに……まだあと余命が半年なんて言われてない頃のナオミと話しができたかもしれない。
「ねぇ、その時の写真とか持ってないの?見てみたいわ」
「いや……写真なんて撮ったっけ……うーん、悪いね。何故か持ってないわ」
「えー……つまんないの!」
そういえば、何で僕は写真を撮っていないんだろう……?
そうだ……!その時から丁度流行り始めていた、位置情報とVRを組み合わせて自分の記録を残すサービス「空間日記」を僕は修学旅行先で使っていたことを思い出した。
空間日記は自分そっくりなアバターを行った場所に表示させて、ボイスメッセージや自分のアバターとコミュニケーションも取ることが出来る。これをナオミに見せれば良いんじゃないか?
「そうそう!思い出した!空間日記で西のあちこちに記録してるよ」
「空間日記?あー、3年前から流行ってるアレかー!じゃあ、タケルの位置データ頂戴よ!私、今度見に行ってみる!」
「わかった、ちょっとまってて」
僕は久しぶりに空間日記にログインした。ああ、やっぱりタイムスタンプが押されて、3年前の日付になっている。僕は、すべての時間情報を一斉に削除した。これで去年の出来事として矛盾しないだろう。
「でも、ナオミ……身体の具合は大丈夫なの?出歩けるの?」
「うん!痛み止めでも飲んでれば大丈夫!」
なんで、ナオミはこんなに明るく振る舞えるのか。20歳で何となく人生を諦めかけている僕なんかよりずっと……ずっと辛いはずなのに。この娘はしっかり思うままに生きている。
「私の家からだと、一番近いのはウェストタワーの近く、駅のスポットだね!」
「ウェストタワーか、あんまり無理しないで見てきてくれよ?ていうか、僕どんなデータ残してきたかわからないな……」
「恥ずかしいデータだったら、思いっきり笑ってやるよ!」
「そんなはずは……うーん、怖いな。その場所に行かないと確認もできないからな。この日記」
――次の日の夜
「早速、親に駅に連れてってもらって見てきたよー。うふふ」
「何だよ、何か変なもの映ってたのか?」
「何故か結構前に流行った芸人のモノマネしてて面白かった!あと、タケルはカッコいいな!友達も結構いるのね。みんなを笑わせてた!良いなあ、同級生の友達多くって、うらやましい……」
「そうか、そうだね友達は……居たなあ。最近会ってないけど」
「え?何で?学校で会わないの?」
しまった、たまにこういうボロを出す。僕はとっさに嘘をついた。
「受験シーズンになるとクラスが分かれるんだよ、志望校にあわせて学力のレベルに合わせたクラス替えっていうのかな?」
「あー、なるほどタケル君は頭悪そうだもんね!」
「いや、逆だよ……一番勉強量の多いクラスに入ってる」
これは本当にそうだった。勉強は幸いできるほうだったから、将来何がしたいと決まっているわけでもないが、いい大学に進めば何かしたいことでも見つかるだろうと楽観的な理由で難関の大学を受けようとしていた。
結果、受験に失敗し予備校も行かなくなって20歳ニートのわけだが。ああ、高校生の時の友達は大学生活を満喫しているのだろうか。
「いやー、親にさあ、連れてってもらったわけなんだけどね、どうしたんだ急に?とか、携帯片手に何を駅に見に行ってるの?とか、今まで外に出なかったもんだから、質問攻めなわけですよ」
「それは仕方ないな。で、何て言ったの?」
「これね!私の恋人!って言った!めんどくさいから!」
「ブッ!えええ!?」
画面にお茶を吹いてしまった……
「あのねえ、僕らいつから恋人同士になったの?」
「いやー、ごめんごめん。そうでもないとね、親が連れてってくれないかなって……余命半年の娘がネットで出会った恋人の影を探しに行くんだよ?健気でしょう?」
「ナオミはホントに狡猾っていうか……たくましいっていうか……すごいよ」
「いや?本気よ?私、あなたのこと好きだよ?」
なんだこれは、いや、僕もナオミに気がないのかというと嘘になっちゃうけど、こんなにストレートに言われると僕もきちんと返事を返さざるを得ない。
「……僕も君のこと好きだよ」
「ほーら!やっぱり!じゃあ私たちは恋人同士ね!」
これでいいのか?よくわからないうちに恋人同士になってしまった。大きな嘘をついたまま僕はナオミとネット上で付き合うことになった。
――付き合ってから3か月後
僕が修学旅行に行った時の空間日記の8割をナオミは見終わった。あと2割は見晴らしのいい山の上、西の街や海がすべて見渡せる観光スポットだ。古くからある石段を2569段も登らなければならない大変な場所。こればかりは病気のナオミには無理だった。
「あーあ、少しずつタケルの空間日記みてきたのに、あの山だけは難しいよ。車でも登れないし、ロープウェイもないし……」
「あの山は普通に健康な人でも辛かったからな……難しいなあ……」
「よし、タケルが私を背負って行こう!」
「馬鹿言うなよ……」
「うん……そうだね。タケルはこっち、これないの?」
いつか言われると思っていたけど、それは無理だ。金もないし、親にネットで出会った恋人に会いにいく、交通費や宿泊費10何万もかかるような場所に行きたいからお金を下さいなんて言って誰が出すんだ?そんなにポンとお金が出るほどうちは余裕があるわけでもない。
「いや……旅費が無いんだ……結構うちの家計、ギリギリでさ、なんとも今は」
……この場合誰がお金を出すって、僕だよな……?もう二年も無気力に過ごしていて、バイトもしてないけど、僕だよな……
次の日から僕はバイトを探すことにした。僕の両親は急に引きこもっていた息子がバイトをすると言って家を飛び出たことに驚いていたが、そうしなきゃいけない気がした。
僕が旅費を貯めて、すぐにでもナオミに会いに行きたい。そして嘘をついていたことを謝りたい。到底許してもらえそうにない嘘をついてしまった。ナオミはあと3カ月もつかどうかなのに、大嘘つきに騙されていただなんてむごすぎる。自分の力で会って直接謝りたい。
――バイトを始めてなんとか1カ月半で旅費を稼げそうな目途がついた。ナオミには勉強のラストスパートだからと言って、それが終わったら会いに行くと約束した。
「タケル、受験前なんだから無理して来なくていいよ?予定ではあと1カ月半なんだけど、なぜかまだ元気なの。このまま私生きられるんじゃないかって思うくらい!」
「本当にそうだよ。画面越しでみるナオミは元気すぎて嘘みたいだよ。これが嘘だったらこっちに来て謝ってもらうからな!」
こんなことを言っておきながら、謝るのは僕のほうだろ、と自分に心の中でつぶやいていた。
このやり取りがあったその日から、ナオミは音信不通になった。どうしたんだ……体調が急に崩れた?連絡できるすべての手段で問いかけても応答がない。1日、2日、3日と音信が全くない。
――ついに1週間ナオミとの音信が途絶えたままになった。
「頼む!来月金を返すから何も聞かないで金を貸してくれ!」
「バカかお前は……何?ウェストビーチに行きたい?遊びにでも行くのか?2年も家でダラダラしていて、やっとバイト始めたかと思えば今度は金を貸せだって?ふざけてるのか全く……」
僕の父に相談したけど、思った通りの答えだ。だが、素直にネットの彼女のことを話したら、すぐにでも行きなさいとお金を貸してくれた。
ウェストビーチに行く準備をしている最中、僕の電話が鳴った。
ナオミからの電話だ!
「もしもし、タケル……さんですか?」
「え?あ、はい」
暗い様子で女性の声が聞こえる。僕は話を聞く前に体中に寒気が走って直感した。
「うちの娘が先ほど息を引き取りまして……生前にタケルさんへ預けたいものがあると遺言を受けていたものですから……すみません」
うそだろ?早いよ……予定より早いよ……ナオミ。声がしばらくでなかった。ただただ涙がこぼれてきて、会ったこともないナオミの死を僕は悲しんだ。
「今から、そちらに向かいます」
そう言うと、僕は西へ旅立った。
――電車を乗り継いで8時間、ナオミが死んで10時間経った
息を引き取ってしばらく経っていたので、すっかりナオミは冷たくなっていた。最後にディスプレイ越しにみたナオミより少しやせこけてしまったようにみえる。
「そうですか、ナオミさんがこれを……」
「タケル君へどうしても渡してほしいと、しかも、この生まれ故郷の西の街で渡さないと意味のないものだと言われていてね。この携帯一式、受け取ってくれないか?遠いところよく来てくれた、ありがとう。ナオミも喜んでいると思う」
「いや……僕は何もできなかったんです。ナオミさんに嘘をついてしまった……」
「何があったかは私にはわからないが、ナオミは幸せに生きたよ。タケル君、これを」
ナオミのお父さんはナオミの携帯電話とVR眼鏡を僕に渡した。僕は病院を後にし、そのまま駅近くのネットカフェに寝ることにした。駅前には大きな大きな1000mのウェストタワーがある。
――渡された携帯電話の電源を入れた。
アプリが数個しか入っていない、基本的な機能と「空間日記」あとはメモ帳だった。携帯のホーム画面の壁紙に何か書いてある。
「メモ帳を開いてね!」
僕はナオミに言われるがままメモ帳を開く。
――タケルへ、この携帯を持っていてこのメモを見ている頃には私は居ません。
本当は一度でも会いたかったんだけれど、たぶん未練があって悔しくって死にきれなくなると思うから……ごめんね。
そんな辛気臭い話は書きたくないな。えっと、私からタケルへ最後のお願いがあります。
空間日記を開いてみてください。
僕は次に空間日記のアプリを起動した。
西の街のいろんな場所に日記のデータがおいてあるようだ。でも、この日記の位置情報の形に既視感を覚えた。そうだ、僕の修学旅行のときの日記データを置いてきた場所と全く同じだ。ナオミがたどった順番に番号が振ってあるのか、地図上には1から24番までの数字が書いてある。
次の日、僕はナオミの空間日記の番号1からその場所に行ってナオミに会ってみることにした。
――1番「駅前」
携帯を空間日記のある位置にかざして画面越しに見てみる。居た、ナオミだ。
「今日はタケルに会いに来ました!ほほう、なかなか男前ね!あはは、なにこれ!いつのギャグかましてるのよ!」
しばらくナオミは僕を観察したり、眼鏡をかけて周りを見渡している。空間日記専用の眼鏡をしているときはVRモードになり、周りの風景もその当時のままになる。
しばらくするとナオミは空を見上げて、何かつぶやいた。
「半分……?」
半分とつぶやき、上を見上げたままそこでナオミのビデオデータはストップした。
僕を見ているナオミを僕が見ている。
ビデオ再生が止まると、ナオミのアバターは待機状態になった。専用の眼鏡をかけて待機中のアバターに近づく。するとナオミのアバターは僕に話しかけてきた。
「やっと会えたね!あらためて、初めまして!」
そうか、ナオミはアバターに自分の声や会話パターンを入れて置いてったのか……
「そうだね。初めまして、ナオミ。遅くなってしまってごめん」
「ううん、遅くなんてないわ。気にしないで」
ナオミが手を差し出す。手をつないだ瞬間、昼だったはずなのに夕暮れの駅前に周りが変貌した。これはナオミが僕の日記データを見に来た時間を再現している。目の前には大きなウェストタワーがそびえたっていた。
「そろそろ病院に戻らなきゃ」
「いや、もう戻らなくて良いんだよ」
「あ、そうか、私はナオミのアバターだった、あはは」
「変なところまで、このアバターは作りこんであるな」
「いや、それほどでも!」
会話になっているようでなっていない。やはり、ナオミの姿をまねたアバターに過ぎないのだろう。さて、2番目のポイントに向かうか。
――2番目のポイント
「タケル君は明るくって友達を楽しませることが大好きなのね!私は体が弱かったから友達も居なくって……ほとんど病院にいた記憶しかないわ」
3番目、4番目とナオミの日記を辿っていく。
――12番「ウェストビーチ」
「ひゃー!やっぱり海は綺麗だねえ!本当だったんだね!タケル君もあんなにはしゃいじゃってまあ!しかし、男しか友達いないでやんの!私と来れたらよかったのにねー!」
「ははは……そうだね。僕もナオミとここにきて遊びたかったよ」
「うん……ごめんね。居なくなっちゃって」
えっ?と思うタイミングでナオミのアバターがそれらしいことを言うからドキッとする。今日はここまでだな。12番までナオミのデータを見て歩いた。24番まであるからあと半分か?結局、ナオミが行けなかった石段の続く山は何番目のポイントだったんだろう?
僕は自分の携帯を取り出して自分の空間日記をチェックをする。まさか、とは思ったが、僕の空間日記のポイントは西の街と山の上も含めて24個だった……
次の日、山に登る前の20番までのポイントを足早に回った。相変わらずナオミは元気に僕の行動にツッコミを入れてたり、元気そうだった。
――21番「山道前」
ここからだ、僕と彼女が音信不通になって、その間にナオミが来た場所。ナオミが死ぬ前に来た場所がここからあと4か所……
山道前で眼鏡をかける。晴れだったのに急に雨が降り出した。ナオミがずぶぬれで山道前にいた。
「ここを登れば、タケルの日記、全部読んだことになるね。よし、がんばるぞ……!」
「なんでそんなことするんだ……君はもうすぐ死んじゃうんだぞ?」
「タケルに伝えたい事があるの。好きなんて話じゃなくて、それより重要なこと。山頂についたら話すから、あなたは私についてきて」
ゆっくりとナオミは石段に足を延ばして歩いて行った。
――22番「山道中」
「はぁ……しんどいね……きついね……」
「だから言ったのに!なんでそんなこと……!」
「でも、いかなくちゃ……」
ナオミは僕の昔の日記を見ているけれど感想はない。
それより重要なことを伝えたいらしい。
――23番「頂上前」
「もうすぐ……がんばれ私……タケル、見ててね……」
「なんで……なんでそんなことしてるの!?」
「そうしなきゃ、タケルはバカだから気づいてもらえない」
「えっ?」
「これが私のできる最後の仕事」
「どういうことなんだよ・・・」
――24番「頂上」
頂上付近には神社と公園のような広いスペースとベンチがあった。
ベンチに力尽きたようにもたれかかって、息を切らしたナオミが居た。
「はぁ……やっと……ついた!心配かけちゃったかな!ごめんね」
「本当にそうだよ……バカだよナオミは……」
「それよりこの景色どう!?見てよ!さっきまで雨が降ってたのに今度は晴れてる!」
ナオミは空間日記眼鏡をかけて、僕の過去のデータを通して晴れの日の街並みを見ている。
僕がグラスを外してみる風景は晴れていて、眼下に大きな海と西の街が一望できるパノラマ、そしてランドマークとなっているウェストタワーがそびえ立っている。
「さあ、タケル、私の日記データじゃなくて、自分の日記データをVR眼鏡を通してみてみて」
VR眼鏡をかけてその通り街を見下ろす。3年前の修学旅行に来たときの状態そのままだ。街並みが綺麗で海もキラキラしている。しかし、なんだこの違和感は。
……ああ、そうか……ウェストタワーが半分だ……
ナオミの日記を今度は参照する。
「半分だ……ナオミ、ウェストタワーが半分だった……まだ僕が来たころこの電波塔は建っていなかった」
ナオミはいつから気づいていたのだろう?少し思い起こせば簡単なことだった。ナオミの訪れた駅前の1番目の日記の場所で上を見上げて「半分……?」とつぶやいていた。僕が訪れた時間は消されていてもタワーの建設状況が半分の頃にここに来ていたことが、最初からばれていたんだ。
「あなたの空間日記を見て最初、違和感を感じたの、駅前で上を見たときにね。あなたが修学旅行にきたときにはあったはずのウェストタワーがまだ半分の建設途中だった」
「そう、だから僕は結果、騙してしまったんだ君を。それを謝りたくて直接ここにきた」
「たぶんタケルは今騙して悪かったと言っているかもしれない。でも、騙されたなんて思っていないし恨んでもいない。きっとタケルは何か障害につまづいて今、大学に行っていないだとか、それとも何も出来ない状態だとかきっとそういう事になってしまったんだろうって、わたしなりに考えたの」
「同じ歳の高校生じゃないってこともわかっていたのか……」
「きっとあなたは年齢をごまかしていただとか、そんなことばかり気にかけて、私に謝りたいと思ってる。でも、そんなことは小さいことよ」
「僕にとっては大きなことだったよ。君は半年の余命だと言われている中、こんな嘘つきとネット上で恋人だったのだから……」
「私ね、あなたの日記が私の住んでる周りにいっぱいあるって聞いて、初めて外にでたくなったの。実際に画面じゃなくって綺麗な風景をみたり、海を見たり、苦しくても山に登ってみたり……いっぱい、いっぱいやりたいことが見つかった!」
ナオミの目は涙に濡れていた。
「でもね……もうここでたぶん終わりなの。あきらめたくないけど最近体力も無くなってきた。あなたと通話することも辛くて。きっとね、あなたに嘘をつかれてたことを逆恨みして、何で自分だけが死ぬんだろうって、悲しくなってタケルに当たってしまいそうなの、でもきっとそれはあなたに甘えているだけなんだって思う」
何も言えない、言っても、もう伝えられない。
「私があなたにできることってなんだろうって思って、ほんとにありきたりだけど、死ぬ気で無茶すれば何とかなるよって、このガタガタの体張ってこの山登ってみた!ただそれだけ!どうしてもそれだけ言いたかった!私の命はここできっとおしまい!タケルはきっとまだまだ生きていけるよ!何とかなるよ!私バカだからこんなことしかできないけど!タケルは、がんばって生きて!」
僕は年下のもうじき死んでしまう女の子にこんなに励まされた。
そうだね、生きてやる、無気力なんて吹っ飛ばして、周りのせいばかりにしないで、自分の足で立って歩かなきゃ、ナオミに笑われてしまう!
24番目の日記を見終わって、すべての空間日記が終わった。
すると最後に25番が駅前に出現していた。
僕は山を下山し、駅に向かう。
――25番「駅前」
文字データのみ空間に刻んであった。
「山頂までお疲れさま!私、本当は死にたくないよ……死んでたまるものか!あきらめるもんか!タケルもあきらめるな!死んだら終わりだ!あきらめるな!タケル、来てくれてありがとう。生きてたら絶対会おうね!」
「うん、わかってる。わかってるよ」
本当にありがとう。生きて君に会うことはできなかったけれど、僕はがんばって生きるよ。
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