5-A「人間 機械 境界」

――2300年代


 人工知能が飛躍的に発達し、機械の体を持つAIがほぼ人間と同等の権利を持ち、尊重されるようになったこの時代。


 昔のSF映画にあったようなロボットの反乱や、人工知能が実際に人類の抹殺を企てる等、物騒なことは一度もなく、人間の生活を補助するアンドロイドが生活に浸透し始めていた。様々な用途のアンドロイドが生まれた。人間の生活を支える工業用、農業、医療、介護……そして、子供。


――2365年1月


 ある、町外れの山中、一組の老夫婦が一体の少女型アンドロイドを購入した。


 過去、老夫婦の愛娘が16歳の時に、娘を乗せた通学バスが山中のカーブを曲がりきれず転落。愛娘を交通事故で亡くした。娘の死という現実から老夫婦は逃れることが出来ないまま時は過ぎていった。


 そして、ある日偶然ネット上で見つけてしまったのだ。まるで16歳の娘が生き返ったかのようなアンドロイドが、通販サイトで売られていた。お試し用ののバーチャル空間で、そのアンドロイドと少し会話してみたが、まるで本物の娘と話しているようだった。


 老夫婦はこのアンドロイドが量産ではなく、職人のハンドメイドで、一体のみのアンドロイドであることを知り、これを運命と信じて購入を決めた。


 こうしたアンドロイドの販売方法は、後にチャイルドロスト商法と呼ばれ、倫理的な問題や議論を引き起こした。


 アンドロイド業者の売り方は極めて悪質だった。親より先に子供を事故や病気で亡くした家庭のリストを作成し、リストに載っている子供たちの容姿から声や性格等、様々なデータを根こそぎ集め、死んだ子供に瓜二つのアンドロイドの3Dプレビューデータを作成し、仮想空間で会話させる。


 ターゲット(親)が閲覧するネットの回線に割り込み、子供に似せたアンドロイドのショップバナーを見せつける。まるで、購入者が偶然見つけたかのように、運命的な演出をする。極めつけは世界に一つしかないものであることを強調することだった。量産ではなくハンドメイドの為、法外な値段であることにも関わらず、かなりの数が売れていった。


 ──アンドロイドが老夫婦の家に届いた、アンドロイドの少女は16歳の時に死んだ老夫婦の娘と同じ「レイコ」と名付けられた。見た目は娘そのもの、家族の構成や性格はアンドロイド業者が持っていた子供の死亡者データから入力したものをすでにインプットしてある。


「お父さん?お母さん?少しの間……私、眠っていたみたいね。」


「おお……声まで似ている……」


「そうね……お父さん……まるでレイコが生き返ったみたい……」


「……何を二人ともおかしなことを言っているの?私はレイコよ?」


「そうだな。レイコ、また一緒に暮らそう」


「ふふ……おかしなお父さんとお母さん。何故、泣いてるの?」


 まだ、電子脳が学習しきれていないため、まだ会話が完全ではないが、レイコは学習機能により1ヶ月もすれば人間と見分けがつかなくなるくらい話ができるようになる。


 老夫婦はレイコに電源を入れる前に、アンドロイドの自我を守るために必要なプロテクトを販売元の業者に頼み、外していた。その自我を守る方法とは、。人間と見た目は同じでも、自分は人間に作られた存在であることを知ることである。



 ――10ヶ月後、2365年11月


 老夫婦とレイコは、すっかり家族そのものになっていた。老夫婦もレイコを二度と手放したくない。レイコもすっかりとして暮らしているつもりで居た。


 この隔離された山奥の古い家だけが、レイコにとっての世界なのだ。他人との接触がない限り、心から人間で居ることができる。


 レイコにとっては食物を摂らずとも生きていけることが人間として当たり前のことだと認識している。ベッドに備え付けた充電器でレイコは電力を蓄え、電子脳を動作させていることを知らない。少量の食べ物であればエネルギーに変えられる機構を体内に備えてはいるが、あくまでも子供の代わりとして作られたアンドロイドであって、それはおままごとのような範疇はんちゅう(例えば、リンゴひとつ分程度)でしか食べ物を食べることはできない。


 老夫婦は時間が経つにつれて、レイコがアンドロイドであることすら忘れていた。ベッドの充電器も視界には入っているが、それが電力で動くアンドロイドの証拠であることも、食べ物を少量しか口に出来ないことも、排泄機能も一応は備わっているものだから、もう人間としか思えないのだ。


 ――2365年12月24日


「お父さん!お母さん!街へいくの!?」


 レイコは子供のようにはしゃいでいる、レイコにとって初めての遠出で浮き足立っていた。


「それじゃあ、街のイルミネーションでも見に行こうかレイコ」


「レイコ、外は寒いからこのコートを着て」


「うれしい!私、外に出るの初めて!」


 老夫婦はレイコの一言で忘れていたことを思い出した。そうだ、レイコは今日はじめて外に出るのだ……車からは降りず、イルミネーションは中から見てもらうだけにしよう、そう老夫婦は口裏をあわせ車を街に走らせた。


 16歳のレイコは交通事故で死んだ。もう何十年も前に……。街に向かう山中の急カーブ、学校に行く途中スクールバスの故障でカーブを曲がりきれず崖からレイコが落ちていったあの場所。


 車を運転していた老父は胸が急に苦しくなった。


(嫌でも思い出す、あの場所……あのカーブ……息が苦しい……)


「お父さん!?どうしたの!?危ないよ!」


 次の瞬間、老夫婦は愛娘と同じ場所で崖から落ちた。


 ――即死だった。

 

 暗闇の中、潰れた車に向かって話しかける一人の影があった。


「お父さん!お母さん!どうしたの!?返事をして!」


 レイコは死を理解できなかった。アンドロイドとして生きる為に、知っておかなければいけないことを老夫婦によって消されていたからだ。所有者、人間の死という概念である。


 所有者が死亡した場合、すみやかに警察へ通報すること。例えば介護用に作られたアンドロイドは孤独になった身寄りの無い人間が死亡した場合、警察に通報し次の所有者が見つかるまで待機、スタンバイ状態となり眠りにつく。所有者が見つからない場合はアンドロイドリサイクル法に従い、バラバラに分解され、使える部品とそうでない部品に分けられる。


 処分されるアンドロイドには人権は無く、粛々しゅくしゅくと法に従い処分される。それはアンドロイド自身も製造された時からそういうものだとプログラムされているから反抗しない。どうして自分は処分されなければいけないのか?そう思うことすら無いのだから。


 だが、レイコは電子脳の奥底から、自分を人間だと思っている。

 この老夫婦の事故から、レイコの長い旅が始まることになる。


 5-Cへ続く

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