4-C「向日葵老人ホーム占拠事件、その後」

 ──2089年10月10日 深夜


 僕は警察に捕まった。パトカーの中の警官に何故捕まったのかを聞いたら、パワードスーツを介護以外の目的で使用した為、近くの警察署で事情聴取をするらしい。うん、確かにそこまで考えてなかった。パワードスーツは車と同じようなものだ、人を傷つけたら当然、罰則がある。


 取調室に入れられると、まず残りの装着されていた足のパワードスーツを解除され、手錠を外してもらった。10分位待つと、あの現場に居合わせていたという刑事さんが入ってきた。


「体は大丈夫か、ヨシヲ君。怪我をしている場合は、病院で話を聞かなければいけないのでな」


「いえ、大丈夫です。老人ホームの人たちは無事ですか?」


「ケガ人は一人もいないよ。大丈夫、安心しなさい。」


「そうですか……よかった、カズヲさん……サトウさん……本当によかった……」


 本当に今更だが、僕が老人ホームで起こした無茶な行動は、一歩間違っていたら誰かが死んでいたかもしれない。もちろん、自分だって死ぬかもしれなかった。実際に拳銃で何発も撃たれたんだ……あの時は無我夢中だった。冷静になってみると、事の重大さが段々とわかってきた。そのうち、体が震えて涙も出てきた。


「大丈夫か、ヨシヲ君。今になって、怖くなったか……」


「ええ……僕は人を巻き添えにしてしまう可能性を、考えていませんでした……」


 テレビの中のヒーローはまれに、自分の戦いに誰かを巻き添えにしてしまい、後悔する話がある。それが現実に起こっていたら、大変なことになっていただろう。老人ホームで自分勝手に動いて、それがもし失敗していたら僕は一生後悔することになっただろう。


「あの……刑事さん、これから僕はどうなるんですか?」


「ああ、いきなり刑務所に行くとか、そういうことは無いから、とりあえず安心しなさい」


「そうですよね……取り調べ……裁判……免停……ブツブツ……」


 独り言を念仏のように唱える僕。はぁ、明日から仕事ができなくなるのか……

 いや、その前に仕事はクビだよな?3年かけてやっと社会復帰できたというのに。


「そんなことはいいんだ。俺が聞きたいのはな、カズヲさんのことだ」


「えっ!?カズヲさん!?」


 いきなりカズヲさんの事を聞かれてビックリしてしまった。


「しらばっくれるなよ!あの人はSANAGIに出てたさんだろ!?」


「あ、はい、そうですが……あの老人ホームに入居されています」


「俺さ、あの人の大ファンなんだよ!」


「え!?刑事さんも?僕もなんですよ!」


「それはヨシヲ君のSANAGIのコスプレみりゃあわかるよ!現場で俺はビックリしてしまったんだ」


「ああ、あのアーマーの出来にビックリしてしまったんですか!?ふふっ、カズヲさん直々に監修してくれたんですよ!」


「いや、あのコスプレも勿論びっくりしたんだが、SANAGIと変身前のカズヲさんを同時に見てしまってな……テレビの中の話だっていうのに年甲斐としがいもなく、混乱してしまった」


 ここにも隠れSANAGIファンがいた。少し話をしてみると、刑事さんは子供の頃に見たSANAGIに憧れてこの職業についたそうだ。


「確かに……ヒーローが二人居るんですからびっくりしますよね……片方の僕は偽物ですけど」


「いや、俺から見たら二人共ヒーローだったよ。犯人に屈しない態度のカズヲさんと、SANAGIになったヨシヲ君。現実で起きているような出来事とは到底思えなかった」


「あの時は本当に何も考えていなくて……突っ走って行っただけです……ご迷惑をおかけしました」


「何をさっきからそんなに、ヨシヲ君は謝っているんだ?俺はヨシヲ君に頼みたいことがあって、ここに呼び出したんだ」


「頼み……?」


 刑事さんは、ものすごく言い出しづらそうに、恥ずかしそうにしていたが、ようやく話し始めた。


「頼む!!ヨシヲ君、俺をカズヲさんに紹介してくれ!握手したい!サインもらいたい!あー!たまらん!」


「ええええ!!?今から取り調べして、裁判して、スーツの免停じゃないの!?」


「いやいや、どう見ても君、銃で撃たれてたでしょう。あれで反撃しても仕方ないよ。正当防衛にしてはちょっとやりすぎだけどね、カッコ良かったぞ!」


 刑事さん、早くそれを言ってください。何で手錠をかけたんですか?って聞いたら。SANAGIの中に入っていた僕に興味があって速攻で捕まえろと部下に命令したらしい。刑事の勘で僕がカズヲさんとの接点があると、ひらめいたそうだ。そういうところに頭を使わないで、事件を早く解決して欲しかったです……


 このままだと、刑事さんが警察署から帰してくれない様子だったので渋々、カズヲさんに会わせることを約束し、僕は警察署を出た。


 ──2089年10月11日 未明


 警察署から出ると、一台のバンが道路に停まっていた。職場の送迎バンだ。


「お、ヨシヲ君!大丈夫!?警察から連絡があって、すぐ出てくるからって言われて待ってたの」


「サトウさん……!迷惑をかけてしまって申し訳ないです……」


「なーに言ってんのよ!あなたはヒーローよ!うちの職場を救った……えーと、虫じゃなくって……」


「SANAGIです!アーマードヒーロー、さ!な!ぎ!」


「そうそう、それ!まさかヨシヲ君がヒーローだったなんてねぇ……私のヒーロー……SANAGIかぁ……」


「えっ、私のヒーロー?今なんて言いました!?」


「やーだ、何も言ってないわよぉ」


 サトウさんが照れるように僕の頭をバンバン叩く。う、うれしい。


 送迎バンで警察署での顛末てんまつを話し、サトウさんも僕を捕まえた刑事さんにはあきれていた。


「もし、あなたが免許を剥奪されて、職場をクビになるなんて言われたらあの現場に居たみんなが許さないわよ」


「でも、決まりは決まりですし……」


「はい!ウジウジしないの!ヒーローは胸を張って!帰るわよ!」


 サトウさんから元気づけられ、向日葵ひまわり老人ホームに着いた。真っ先にカズヲさんの部屋に向かう。カズヲさんはベッドを起こして、まだ起きていた。


「おお、帰ってきたか、ヨシヲ」


「はい、帰ってきました!カズヲさん!」


「ヨシヲ、お前のSANAGIアーマー見せてもらったぞ」


「あ……」


 そうだ、せっかく作ったアーマーは銃弾でボロボロになって、おまけに内側から壊れたパワードスーツを強制排除パージしたから、破裂したようにメチャクチャになっていたんだった……


「カズヲさんにせっかく監修してもらったのに……ボロボロになっちゃいましたね……」


 カズヲさんがベッドの横に座る僕の手を強く握る。


「……ヨシヲ、カッコ良かったぞ!お前はSANAGI2号として任命する!」


 僕にとって、昨日の出来事はまるで、特撮ヒーローの世界に入ったような、夢の様な一日だった。急にまた涙が出てきた。うれしかったのか、怖かったのか、いや、両方かな。


「ヨシヲ、泣くんじゃない。男は、ヒーローは滅多に泣いちゃいかん、泣くのはそうだなぁ……大切な人を亡くした時だけにしろ!その時はバカみたいに泣いていい!でも、今は泣く時じゃないぞ、お前はまだ30歳だろう?胸を張って堂々と生きろ!」


 カズヲさんの手が、ベッドの横で泣き崩れる僕の頭を、少し乱暴に撫でる。


「ヨシヲ、お前は命がけで戦った。お前のバタフライキック、見事だったぞ」


「あれは……カズヲさんがヒントをくれたおかげです……ありがとうございます!」


「それじゃあ、また明日から修行しないとな!お前が世界の平和を守るために!」


「はい!」


 ――そして、今ここにSANAGI2号、ヨシヲが誕生したのであった。


 僕はふと、SANAGIのエンディングテーマを思い出した。番組の最終回、カズヲが日常に帰っただけの、世間からは不評だった最終回。エンディングテーマと物語がマッチしていないあの歌詞。それが、今、合致した……


 エンディングテーマ


 SANAGI~宇宙そらへ~(TVサイズバージョン)

 歌:アズマ カズヲ


 君は感じているか SANAGIの鼓動を


 誰しもが蛹 鎧を身にまとう戦士

 いつか 鋼鉄の殻を破り 宇宙そらへ飛ぶ

 怒り 悲しみ 愛 すべてを身にまとい


 誰しもが蝶 空を舞う蝶になる

 宇宙そらへ飛び

 次の鼓動を見つける為に


 生きてゆけ SANAGI

 命を燃やせ SANAGI

 次の鼓動を見つける為に

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