4-A「パワードスーツ ヒーロー コスプレ」
僕はヨシヲ。小規模な老人介護施設に勤務する30歳独身の特撮オタクだ。なぜ、この仕事についたのか、それは力仕事を補助する為のパワードスーツを着用することが許されているからだ。
――2086年
20代の頃、親の財産を食いつぶし、家に引きこもっていた僕は、はっきり言ってクズだった。毎日寝て起きてドアの向こうに置いてあるご飯を食べて、見たいアニメもなくなり、とうとうオンラインゲームにも飽きてしまった。そんなことを何年も繰り返し、気づいた時には27歳になっていた。
もう……まともに就職もできないだろうなぁ……絶望感に包まれながら、ずっと部屋に寝転がっていた。そんなある日、ネット上の動画を流し見していると、昔の特撮ヒーロー番組が流れていた。その名はアーマードヒーロー「SANAGI」そのヒーローは変身した姿はグロテスクでカッコ悪い。
アーマードヒーロー「SANAGI」の主人公「アズマ カズヲ」は僕より若い20代、平凡な会社員のカズヲは妻、ユミと旅行中に悪の秘密結社に拉致され、体に改造手術を施されてしまう。カズヲの意識が
その後、ユミはカズヲの腕の中で絶命した。
怒りと悲しみでカズヲの体が燃えるように発光し、叫び声とともに焦げ茶色のテカリのある質感の「SANAGI」になった。
敵のアジトを飛び出したカズヲは追手に追われ、銃弾を何発も打ち込まれるが、すべて弾を弾き返した。そのことによってカズヲは自分が人間では無い何者かになってしまったことを悟った。
人間ではなくなってしまったカズヲの苦悩と、妻を亡くした苦しみ、悪の秘密結社への怒りと復讐心、自分一人だけが怪人と戦う力を持つ運命に
なぜ俺だけが、と思いつつも、人間が怪人に殺される事件があれば、自分の体に備わった怪人を見つける能力で敵を探し出し殲滅する。
グロテスクな見た目のせいで怪物と誤解され、時には人間が襲ってくることもあった。これはとても、子供向けとは言えない、哀しいドラマがそこにあった。
僕はそんな悲壮感あふれる孤独なヒーロー、SANAGIの世界にのめり込んでいった。
番組のパターンは、前半にドラマがあり、後半の戦闘シーンになると、数分で蛹の中身が形成され、SANAGIは背中が割れ、殻を脱ぎ捨て、羽化する。蛹形態からバタフライ形態に二段階目の変身を遂げ、超高速の必殺技「バタフライキック」を敵の怪人にお見舞いする。
100m走選手のクラウチングスタートのような体勢から、超低空で前方回転し、かかと落としを怪人の脳天に食らわせる、一撃必殺の技。蝶になったはずなのに上に飛ばない理由は羽化したばかりだからだという。そういう設定ではあるが、恐らく特殊効果へ割く予算が足りない等の理由で、ワイヤーアクションだけで行う現実的な動きの必殺技になったのだと思う。
主人公は体がどうなろうと、心は人間のままであり、化物では無い。そんな信念と悪を許せない復讐心を抱き続け、孤独に一人で戦い続け、最終的には悪の秘密結社を壊滅させることに成功する。そして、ようやく人間としての暮らしを取り戻し、社会へ戻っていく。
そこでSANAGIの物語は終わってしまう。蝶になりどこかへ羽ばたいていくわけでもなく、人間としての平穏を求め生き続けるSANAGIの最終回は平凡すぎて、当時は不評だったらしい。
でも、僕はこの番組で勇気をもらった。カズヲは僕が引きこもりになって無職のまま30歳目前を迎えていることよりも、ずっと大きな困難の中に立たされていたにも関わらず、人間としての生活をたった一人で取り戻したのだ。僕は家という自分を守る秘密基地を飛び出し、カズヲのように社会に戻る努力をした。
――3年後……
――2089年4月5日
「はい、カズヲさーん、持ち上げますよー」
「うー、イタタ!ヨシヲ!痛いよ!おまえ、そのスーツの扱いヘタクソだなあ!」
ヒョイっとベッドから軽々と、僕が担当しているカズヲさんを持ち上げ、車椅子に乗せる。この一連の動作が一人で、すばやく簡単にできるようになったのは、腕と足と腰に装着されているパワードスーツがあるからだ。この介護用パワードスーツは、悪用されると危険なため、介護施設内でパワードスーツ取り扱いの国家資格を持つ人だけが使えるスーツだ。
僕にとってこの職場は昔の大好きなヒーロー、アーマードヒーロー「SANAGI」が変身して、老人たちを助ける仕事をしている……という設定で、この職場で働いている、いや、防衛している。
それより何より、偶然に……SANAGIを演じていたカズヲさんがこの老人ホームに入所していたのだ……!カズヲさんの部屋に入った時、ひと目でわかった。眼光がするどく、今にも変身しそうだが、それはもうできないらしい。カズヲさんはあくまでも、それは番組の中の話だからとは絶対に言わない。
今でも心に焼き付いている初めて本物のカズヲさんに会ったその日、30歳にもなる僕にSANAGIのファンだと、カズヲさんに伝えたらこう言われた。
「君は、ヨシヲくんと言うのか、君の言うとおり俺はSANAGIだった。俺は歳を取ってしまってな。今じゃあSANAGIに変身することはできないが、気持ちだけは変わっていないよ」
なんと、自分が動けなくなったことを変身できない設定にして、30歳の大きなお友達にやさしく自分がSANAGIであったことを教えてくれたのだ……僕はカズヲさんにすっかり惚れ込んでしまった。
それからは出社して、まず更衣室でパワードスーツを着用する際「変身……!」とつぶやき、気合を入れる。腕、足、腰に沿って巻き付いたパワードスーツがシュッと音を立て、フィットする。
関節ごとに力を増幅する円盤型の小さい動力モーターが付いている。昔のパワードスーツと違い、今は人間の体に少し太い包帯を巻きつけた程度の大きさで力を増幅できる。
カズヲさんに会ってからはますますSANGAGIへの愛が加速した。僕は今の時代に昔のカッコ良いヒーローを伝えるべく、コスプレでSANAGIのアーマーを作ることにした。休日はコスプレアーマーを作る為の勉強と作成に没頭した。カズヲさんにはコスプレ衣装の監修をしてもらっている。全部出来上がったらカズヲさんに見せたいんだ!
――2089年10月10日 朝
約半年がかりでアーマーが完成した。外見は自分で言うのもなんだが、オリジナルそのものだ、カズヲさん本人が監修してるから尚更である。僕にはこだわりがあった、外見だけではなく機能性もこだわっている。
もし、劇中シーンのように人間が僕を悪者と勘違いして、殴ってきても痛くないように、アーマーの素材は車のバンパーに使われるABS樹脂、内側には防弾チョッキで使われるケブラー繊維を使用している。
これで殴られても痛くないはずだ。よし、まずはコスプレイベント会場でテストだ!
――2089年10月10日 昼
コスプレイベント会場に着いた、今日はイベントが終わったら夜勤だ。僕の作ったSANAGIの出来をわかってもらえる人たちに披露したい。そして、合格のようなら今日、カズヲさんにこの姿を見せるんだ……そして、会場へ入り僕は着替えた。
「なんだありゃ!見たこと無い怪物がいるぞ!」
「えっ、お前知らないのかありゃ、大昔のヒーローSANAGIってカルトな特撮ヒーローだよ、終わりがすごく地味で、不評だったやつ」
「へえ……なんだか茶色くテカったゴキブリみたいで気持ちが悪いな……よくあんなものコスプレするもんだ」
よく外の音が聞き取れないが、みんな僕の姿を見てざわついている。
「おまえ!何者だ!僕がやっつけてやる!」
小学生の元気な男の子がポカポカ殴ってくる。
「ちょっ、違う僕はSANAGI!ヒーローだよ!敵じゃないよ!」
思いっきり小学生に飛び蹴りされる僕。「痛い」と思ったけど、これは……本気でアーマーを作りすぎたせいか、逆に小学生が足を抑えて悶絶して泣いている。会場がさらにざわつく。
「おい!そこの怪物!俺がやっつけてやる!」
「だから……怪物じゃ……ないってば……」
うなだれる僕に、ノリのよい今流行のヒーロー「クラッシュメン」が飛び出してきた。そして小声で僕に言った。
「会場がざわついて空気が悪くなってる。ここは俺に倒されて、退却するんだ……そのスーツ、出来が良いね!実は俺もSANAGI好きなんだよ。周りのウケが悪くって着る勇気が無いんだけど……」
「あっ、なるほど……ありがとうございます……では、僕に必殺技を一発、お見舞いしてください!」
昔の見た目がグロテスクなヒーロー。しかも知名度がなさすぎて、すっかり怪物扱い、しまいには子供を泣かせている。このろくでもない怪物が今流行のヒーローにやられて退却という即興シナリオ。
これでこの会場の空気が明るくなるのなら僕はやられ役になろう……原作のSANAGIのような展開だ。人間に襲われるなんて……ははっ、何か複雑な気持ちだな……
「クラッシャーパーンチ!!」
ボコッっと音がして胸のあたりにクラッシュメンの必殺技を食らう僕。
「うわー!!やられた!退却だー!」
その後、僕は更衣室へまっしぐらに走る。アーマーを脱いで一休みして、さっきSANAGIを唯一ほめてくれたクラッシュメンにペコっと頭を下げ、職場へトボトボと歩いた。
「しかし……アーマー、頑丈に作りすぎたかな?クラッシュメンのパンチ、結構本気だったけど……全然痛くなかったぞ?」
――2089年10月10日 夜
「おはようございまーす……」
「あら、少し早くない?ヨシヲくん」
同僚のサトウさんだ。同い年くらいで気さくに話しかけてくれる。実は僕、この人が好きなのだ。普段はアラサー超人チェリーボーイなので話かけられただけで、好意だと思っちゃうのだ。
「ちょっと今日のお昼に用事があって……この荷物ロッカーに入らないので、更衣室にそのまま置いてあるけど、気にしないでくださいね」
「なに?そのでっかいバッグ……中に何入ってるの?」
サトウさんが勝手にバッグの中を見る。
「あっ、やめてください!」
「うわっなにこれ……茶色の……鎧?でっかい……む……虫!?」
「あー!これ、コスプレの衣装です!そういう趣味なんです!」
「うえぇ……早くトイレにしまってきなよぉ……」
サトウさんまでSANAGIを虫とか言ってるし……カズヲさんに合わせる顔がない……
更衣室にバッグを置いて、パワードスーツを身につける。今日は「変身」とつぶやく気が起きなかった……
その時!館内に非常ベルが鳴った!
ジリリリリリリリリリリリ!と非常ベルが音を立てて、その後にパンパンッ!っと炸裂音が聞こえ、サトウさんの悲鳴が聞こえた。
「えっ!?どうしたんだ?火事!?」
まだ着替えが半端で、パンツが出ていたので廊下を上半身だけ出して覗き見る。受付ロビーに黒い人影が3人……覆面をしている。手に持っているのは……銃……!?まてまて、嘘だろ落ち着け。そっと更衣室の扉を閉めて鍵をかける。
「おい!聞こえないのか!この建物のセキュリティをすべてロックしろ!窓のシャッターをすべて降ろせ!ここのホールに館内の人間をすぐに集めろ!今すぐに!」
「何よ!あんたたち!ここがなんの施設かわかってんの!?」
「わかってるよ!!老いぼれしかいねえから人質にするのが楽なんだ!」
「俺らはさっき銀行から金をもってきてなあ!警察から追われてんだよ!」
「ここなら搬送用緊急ヘリポートもあるから、人質の開放と同時にヘリを要求して交換。そのまま、おさらばする予定だ!」
あいつら……嘘だろ……銀行強盗……?なんでこんなご時世に、そんなことをするかなあ……銀行は防犯カメラだらけで、音声ログも残って、おまけにお前らの体型や歯型まで3Dスキャンされてるんだぞ……アホなのか?
「さっさとしろぉ!!」
リーダーと思われる人間が、天井に向かって銃を撃つ。
「わかったわよ!撃つのはやめて!」
館内放送が流れ、強盗たちがこの施設を占拠したことを伝え、ロビーに職員が集められる。2人は銃を構えながら施設内から逃げ出そうとしている人間が居ないかチェックしているようだ。
「職員は5人……小規模な建物とはいえ、少なくないか?」
「これで全員よ!今は夜だし、こんなものなの!」
サトウさん?ここに一人いるんですけど……
「寝たきりの奴はここに連れてこなくていい。3人ほど車いすに乗せてロビーに連れて来い」
職員が銃を突きつけられて、慌ただしく老人を集めているようだ。クソっ!早く警察来いよ!更衣室の電気を消して鍵をかけたまま、潜んでいる僕。
しばらくすると、警察が周りを囲みだしたようだ。建物は厳重に閉められている為、ロビーからしか入れない。老人を盾に威嚇射撃をしてヘリを要求する強盗たち。
「早くヘリ持って来い!あと10分で!一人殺す!」
強盗の一人が
「ははっ、殺すのか。お前らは弱いもんを盾にして恥ずかしくないのか?どうせヘリが来てもすぐ追われる。今すぐその拳銃捨てて投降しろ」
「殺す」という物騒な単語が出て間もなく、車椅子のヒーローがつぶやいた。カズヲさんだ!
「うるせえぞジジイ!よし、お前から今すぐ殺してやる」
「そんな度胸も無いのにか?」
カズヲさん!もう、なんで挑発しちゃうの!
――強盗のリーダーが車椅子ごとカズヲさんを蹴り倒す音が聞こえた。
「もうやめてっ!」
サトウさんが悲痛な叫びを上げている。まて……俺、何でここで隠れて観察してるんだ?また、3年前のように実家という名の秘密基地に居るときと同じじゃないのか?何だ俺は、何も変わってなかったのか?カズヲさんはもう歩けないのにまだ戦っている。本物のヒーローがすぐそこで戦っている。
胸がドキドキバクバクしている、そして目をとじる。頭のなかに光が走る。今、僕は介護用のパワードスーツを身につけていて、力は常人の数倍。そして、ここにあるコスプレ用アーマーSANAGI……無駄に防御力の高いスーツ……これだ、これしかないんだ。
僕は拳を握りしめ、額から汗が
「……変身!」
そう、呟いて僕はモタモタとSANAGIのアーマーを着用し、背中のジッパーを上げた。
まず、更衣室の扉を叩いて敵をおびき寄せる。僕は更衣室の扉の鍵を開け、ドアを大げさに叩いた。
〈ガンガンガン!〉
「おい……さっき、職員はもう誰も居ねえって言ったよな?」
「……」
サトウさんがうつむいて黙る。もしかしてわざと、僕を守ってくれてたのか?
3人の強盗のうち1人が更衣室前に近づいてきた。真っ暗な更衣室の扉をそっと開ける。僕の目はもう暗闇になれていた。強盗は前を向き、その右側面に僕が居る。そして、強盗を真横から思いきり、右ミドルキックで廊下へ蹴り飛ばした。ボキッっと鈍く骨が折れる音がして廊下へ強盗が飛んで壁にぶつかる。よし、1人倒した……!
「!?何だ今のは!クソっ警察か!?おい!出てこい!出てこねえとこのジジイぶっ殺すぞ!」
「俺にはわかった、あいつが来るぞ」
「はぁ!?何言ってるんだ?ボケジジイが!」
待ってろ!カズヲさん……廊下へSANAGIの身体をゆっくりと暗闇の更衣室から晒す。
「おいおいおい!なんだよあれ!バケモンが出てきたぞ!早く撃て!!」
もう一人の強盗が僕めがけて3発拳銃を発砲した。ボスンボスンと鈍い音をたててアーマー腹部に二発弾が打ち込まれた。衝撃で後ろに僕は吹っ飛んだ。お腹が……痛い……貫通した……?意識が飛びそうなボディーブローだ。廊下の天井を僕は見ていた。
「お、おい、早く死んでるのか見てこいよ……あの虫みたいな奴、二発当たったから死んだんじゃねえか?」
「そ、そうだな、見てくるか……」
リーダーがロビーに残り、もう一人が僕の生死を確認しに来る。ん?何で僕はこんなに冷静に物事を考えていられるんだ?生きている……弾が……当たっていない。
「わかった……見ていて、カズヲさん……!」
そう一人でつぶやき、腕、足、腰のパワードスーツに力を加え、近づいてくる強盗一人をやっつけるイメージを描く。1、2、3……と数えて、次の瞬間に素早く仰向けから腰を上げて身を跳ね上げる。
そこから2~3歩踏み込んで、驚いている強盗めがけて右ストレートを介護用パワードスーツが壊れるくらいの勢いで上半身にぶち込んだ。
グッ!と声も出すまもなく5メートルは吹っ飛ぶ強盗。これで2人だ……!
「何者だ!貴様ぁ!警察か!?」
「……俺の名前はSANAGI!弱いものを守る者。悪への復讐者!」
自然とセリフが出てきた。その時、俺は心からSANAGIになったのだ。
「ヨシヲ……完成したんだな」
「ヨシヲだぁ!?あれに人間が入ってんのか!!」
カズヲさんが余計なことを言った。
あと一人倒せば終わりだ。銃口が向けられている。身体に当たるとすごく痛いことはわかった。腕だ、腕を前にクロスし、頭を隠し前傾姿勢で突進する。
「このヤロウ!調子に乗りやがって!」
弾が乱射される。何発撃ってる?腕にボスンボスンと衝撃が加わり、
あと10mくらいだ……このまま強盗のリーダーごとロビーの玄関ガラスへタックルして、警察の居る外に押し出してやる……!
そう考えて突っ込もうとした瞬間、いきなり肘に激痛が走った。パワードスーツの肘の部分、モーターに弾が命中し、衝撃でモーターが動かなくなったようだ。急に身体がこわばる感じがして僕は派手に転んだ。
「ハハッ!あいつ転びやがった!」
「ヨシヲ!!!大丈夫か!!」
派手に転んで頭がグラグラする……視界がぼやけて廊下からロビーの方向をうつ伏せになって顔をあげる。僕の目に映ったものは僕のヒーロー、カズヲさんが這いつくばって、こっちに向かってくる姿だった。
「……!ヨシ……!を使え!」
何か叫んでいる。使え?何を?僕はもう起き上がれないよ。パワードスーツがぶっ壊れて、腕が固まっていて、動けないんだ。
「ヨシヲ!バタフライキックを使え!」
はっきりと、バタフライキックを使えと聞こえた。カズヲさん!?僕、脱皮したらただの人間です……!
ん?脱皮!?パワードスーツが壊れたとき、音声認識で故障したパワードスーツを脱ぐ機能があった気がする。なんだっけ、なんて言えばいいんだっけ……
「パージじゃヨシヲ!パージしろ!!」
カズヲさんはボケていなかった。SANAGIが脱皮してバタフライモードになる時に言っていた言葉、パージ。音声認識のコマンド名も……
「……腕と!腰の!パワードスーツを!!!パージ!!!!」
そう叫んだ瞬間に腕と背中のパワードスーツが強制分解した!背中が膨らみチャックが破ける!パージした僕は……お決まりのシーンが頭のなかにすでに浮かんでいた。足だけまだ正常に動いている……陸上選手がスタート位置につくように……手を床につけて……足に精神を集中させる。
強盗のリーダーは変なアラサーコスプレ男がいきなり生身になってSANAGIから出てきたので思わず吹き出していた。
「俺を笑わせたいのかお前は!とりあえず、一発くらっとけや!」
銃口が再び向けられた瞬間、僕は必殺技の名前をカズヲさんと一緒に叫んだ。
『バタフライ!キック!』
足のパワードスーツがギシギシと音を立てバネを縮ませるように力がふくらはぎ、太ももに集中し、かぎ爪のようになったつま先で地面を蹴る。解放された力のバネとなった足で、空中を前方回転し、敵の頭に目一杯カカトを落とす。
「グエッ!」
当たる瞬間僕は力をゆるめた。さすがにこれはまともに当てたら、相手が死ぬとわかったからだ。
「よくやったな。ヨシヲ!」
「カズヲさん!」
「すごいじゃない!ヨシヲくん!!」
「サトウさん!」
職員と人質になっていた老人達が拍手する。
警察が突入し、真っ先になぜか、僕に手錠をかける。
「え?」
「パワードスーツ運用違反行為で逮捕だ」
「は?」
そして、無事(?)向日葵老人ホーム占拠事件は幕を下ろしたのだ。
4-Cへ 続く。
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