第3話 mirror, mirror

ええ。そうです。私がお会いしましたのは女性と同じくらい美しい黒髪、真っ白な肌、その中に薔薇色の雫のような唇を持つ殿でした。

秋の兆しを見せる深緑の森の中、私はお兄様達に連れられて、ノイスに会ったのです。

「僕はノイスと言います。初めまして、レディ・シャムスノー」

男性にしては珍しい色合いの肌を覆い隠す、象牙色のリネンのシャツはあまり高価なものには見えませんが、それでも彼の美しさを損なってはいませんでした。腰に巻いている…よく分かりませんが…

あれはきっと短剣や狩りに必要なものを差しておくベルトのようなものかしら?

それだってひどく古いものでしょうに、何だかとてもよく似合っていて。

勝手に評価してしまうのは私の悪い癖ですけれど、止められませんの。

それで、私は笑顔になって

ー だって、美しいものを見ると幸せになりませんこと? ー

挨拶を返します。

「初めまして、ノイス。イリシェンと呼んで頂戴な」

「分かりました、イリシェン」

手の甲に挨拶の接吻を施しながら、優雅な身のこなしで頷くノイスは、美男のお兄様を持つ

ー片方はお猿さんですけれどー

私から見ても非の打ちようのない美男子だと思いましたわ。

いったいどちらからいらしたものやら。

「今朝、お兄様方から貴方の事を聞きましたわ」

「おや、お耳にいれても差し支えない内容だと嬉しいのですが……」

うっすらと上品なくらいに苦笑いするノイスに、アラミス兄様はともかく、オリアスったら何だか自慢げに鼻の下を伸ばしていて、私とても滑稽だと思いましたわ。

「もちろん!すごく良い風に伝えたさ」

「あぁ安心してくれ」

「つい先週いらしたのですって?」

「ええ、そうですレディ、」

「イリシェン」にっこりと笑って訂正すると、彼ははにかみながらこう言いました。

「すみません、普段から貴女のような、美しい女性に接する機会がないもので…」

まあ。そのようなお世辞を女学院のお姉さま方に言ったら卒倒してしまうに違いなくてよ。

「それはいけませんわね。此処にいらしたからには、お嬢様方にはこれから沢山お会いするかも知れなくってよ。でも…お世辞は私にだけ言うようになさいな」

「そのようにします」

彼が曇りのない

ーこの時期にはそぐいませんがー

夏の空のような笑顔でそう答えると、野次が飛び交いましたけれど、私には全く聞こえませんわ。

「実を言いますと貴方が男性だと知ったのはつい先程ですのよ。お兄様ったら嘘をお言いになって」

「おや、…僕が女男だとでも言ったのでしょうか」

少し咎め立てるような声音になってノイスに睨み付けられても、お兄様たちは笑っていらっしゃいます。「嘘じゃない」「ちょっと引っかけただけだ」「身に覚えはあるんですね」

「だって君は女人のように美しいじゃないか」「美人だぞといっただけだ」

「それは男にとって誉め言葉にはなりません!」間髪いれず。

ノイスにとってはよくあることなのだと感じてしまう受け答えに、私失礼ですけれど微笑んでしまいましたわ。

「これでも悩んでいるんですからね!いくら日に焼けても秋冬で元に戻ってしまう」

「僕は良いと思うけれどね」アラミスお兄様にそう言われ、少し気が紛れたようでしたけれど、やっぱり彼は気にしているみたい。

「砂漠で焼けば少しは黒くなるかと悩んだことだって」

でもオリアスったら大笑いして、「それは正気の沙汰とは思えないぞノイス」と言ったのです。全く失礼なお猿さん!一言言って差し上げようかと思いましたが、

「アラミス」とオリアスが突然真顔に戻ってお兄様に呼びかけます。

「イリシェン、そろそろ学校の時間かい?」

オリアス兄様はふざけていらっしゃってもこういう所がしっかりしていらっしゃるわ。こういう所だけですけれど。

「あら、そうでしたわ。楽しかったから忘れてしまうところだった」

「またおいでよ」とても名残惜しいのだけど、レディの学校に遅刻など許されませんので急がなくては。

「是非、お願いしますイリシェン」

かわいいノイス。

「ノイスは逃げないからな」

お猿さん。

「そう、俺たちがしっかりガードしておくよ」そして、素敵なアラミスお兄様が彼の方を意味深げに見つめながら私の耳許で悪戯っぽく囁いたので、またノイスがやきもきしていましたけど、面白いので許して差し上げます。

「では、またあなたにお会いできることを楽しみにしています」

心から待ち遠しいと言うような笑顔をお向けになって。

全く素敵な美人さんですこと。お兄様には勿体無いわ。

でも私はレディですから名残惜しさなんてこれっぽっちも見せないでお別れを言います。

「ごきげんよう、ノイス」

お辞儀だって完璧。

「かわいいイリシェン、行ってらっしゃい」

「狼には気を付けるんだぞ」

「ありがとう、ご心配には及びませんわ。行って参ります」

屈んで私を待っている、お兄様達にキスの挨拶を済ませて、さあ、私の学校へ。

今日はどんな日になるでしょう?

とても、とても楽しみ。

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白雪姫の最後のはなし 刈染野 @FeriusMelta

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