第9話 子守唄の贈りものを、君に

 自慢じゃないが、俺はギターがうまい。演奏の動画をYouTubeに上げたら、あっという間に100万再生になり、次々と上げた50本ほどの動画の再生は合計5億回を超えた。


 小遣いもできたので、俺はタカミネの最高級アコースティックギターをカスタムで買った。タカミネの最高級品は最高の音がするから気分がよくなって、ついでに最高の録音機器を買いそろえて新作動画をYouTubeに上げたら、さらに再生回数が上昇した。すると、世界中のアーティストからレコーディングのオファーが来た。


 彼らが手配した自家用機で移動するうち、俺も飛行機が欲しくなったからギャラを吊り上げた。それでもオファーは減るどころか逆に増え、そのうちビルボードのトップ10は俺が客演した曲で占められるようになった。自分名義のアルバムを出したら一瞬で3000万枚のヒットになり、即座にワールドツアーが組まれた。


 自家用機を買うにも、数人乗りの小型飛行機じゃ凡庸だから、ボーイング787を買って超高級の特注内装にした。借りたいという酔狂な人がいたのでリースしたら予約が殺到し、俺は航空会社を興してボーイング787を30機所有した。30機とも、2年先までチャーターの予約が埋まった。


 ギターも自分で作りたくなり、楽器メーカーを興して材木集めに世界中を回り、数十ヵ所の森を丸ごと買い占めた。その森で採れた材木が上質であることはすぐに知れ渡ってしまい、楽器メーカーや家具メーカーのバイヤーが殺到した。世界の木材相場は、通常の10倍以上にハネ上がった。


 金ができると、あちこちから投資の依頼が舞い込んだ。俺は映画の制作からサッカーチーム運営、果ては先端医療やバミューダ・トライアングル海域でのトレジャーハンティングにまで直感で投資した。50あまりのプロジェクトに投資したら、1年後には500倍になって戻ってきた。


 何をやっても成功してしまうことに飽きて、俺はすべての会社を売却した。その金の大半は、あちこちの機関に匿名で寄付した。今後はドバイの高層コンドミニアムに引きこもって暮らそうと思って実行してみたが1週間で飽きたので、暇にあかせて自叙伝を書いてネットに上げた。1ヵ月後には書籍化と映画化のオファーが殺到してしまい、俺は仕方なく適当な会社に権利を売った。


 しばらくすると、コンドミニアムに来客があった。生まれたばかりの赤ん坊を抱いたイタリア人女性で、「この子は、男の子。あなたの子です」と言った。初対面の女性に突然そんなことを言われたのが面白かったので、俺はその親子と同居することにした。


 母親はニコール、男の子はロベルトといった。


 それから俺は、彼女の美しさと笑顔に癒されながら、すくすくと育つロベルトを見守って暮らした。愛、だと思った。


「ねえ。あなたのギターで、ロベルトに子守唄を弾いてくれない?」

 ある日、ニコールが言った。


 俺はすべてのギターを売却するかチャリティーに出すかして処分していて、手元には1本も残っていなかった。ギターがなければ何も始まらないので、俺はドバイ中の楽器店を回って1本のタカミネを見つけた。望む音質には遠かったが、さすがタカミネらしいをしていたし、湿度の低さでボディの乾燥も進んでいたらしく、まあまあ満足できたそれを購入した。


 家に帰ると、さっそくロベルトの枕元で即興のメロディーを弾いた。ロベルトはニコニコして聴いてくれ、笑顔のまま眠りに落ちた。


「素敵な曲ね。それ、ちゃんと楽譜に書いて残しておきましょうよ。今日だけじゃなく、明日からも1曲ずつ作ってね」

 ニコールの提案に、俺は何の疑問もなくうなずいていた。


          *


 6年後、ロベルトはギターの名手になっていた。最初はウクレレから始め、今では小さな手で大人用のギターを流麗に弾きこなしている。その腕前は、ギターを始めた頃の俺よりはるかに上のレベルにあった。


 ある日ロベルトが学校でギターを披露すると、驚いた担任教師が動画を撮ってYouTubeに上げ、瞬く間に1000万再生を超える話題になった。やがて国営テレビが取材に来て、国王のパーティーに招かれ……という日が続き、そのうちロベルトは疲れてしまった。


「僕、もうギター弾きたくないよ」

 ロベルトは、泣きじゃくりながら言った。あまりに悲しそうだったから俺は慰めたのだが、ニコールは違っていた。


「ロベルト、よく聞いて」

 今まで見たこともない、硬い表情だった。


「――今まで『パパ』と呼んできたは、超高性能のロボットなの。ママは、の能力をあなたに受け継がせるために、はるばるイタリアからここに来た。それも完遂できたし、当面の生活費にも困らないから、もうお役御免ね。が子守唄として毎日作ってきた新曲も2000曲以上あるから、あなたはそれで作曲家として世に出るの。私たちの将来は安泰なのよ」


 俺は落ち込んだ。しかし、血も涙もないニコールは俺の電源を切った。

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