エピソード2 求めていたモノ
小学校初登校の路上で轢き殺された娘の一周忌の朝、娘の仏壇に線香を沿えながら妻は言った。
「ねぇ、あなた。やっぱりやめない?」
「何をだ?」私は娘の遺影に向かって手を合わせ、目をつぶったまま答えた。
「もう娘を殺した犯人も死んでるのよ。娘達を轢き殺した後、警察から逃げようとして対向車線に乗り入れて衝突死して、報いは受けてるわ」
私は言い返したいのをぐっと堪えた。
あいつは報いを受けたかも知れないが、罪のつぐないは果たしていないじゃないか、と。
だが、妻は私が飲み下した言葉を聞いたように答えた。実際、今までの口論で何度と無く繰り返されてきたから。
「死んだ人間に謝ってもらって、どうなると言うの?」
どうともならないさ。ただ、それで気がすむのかどうか、私は知りたかった。
「再生した犯人を殺しても、敵討ちにはならない。娘も戻ってこない。このあいだ試したばかりじゃないの?」
妻の悲痛の叫びを、私は無視した。
そう、確かにDNAだけ、外見だけ模倣したインスタント人間を身代わりに殺しても、達成感は得られなかった。
逆に罪を犯したわけでもない別人を殺したという罪の意識だけがしこりの様に残った。
妻は、最期まで私に反対していたが、どうしてもという私の決意に押し切られる形で、行為を認めたものの、実際の殺人には加わらなかった。
殺してみて初めて分かったこともあった。
私は彼を殺したいと思っていたにしろ、それは副次的な目的に過ぎなかったのだと。
私はまず彼に謝らせたかった。自分のした事に対して。彼自身が生きていたとしても、私は謝罪を受け入れなかったに違いないが、それでも、だ。
そしてなぜ晴れがましい娘達の小学校初登校の列に猛スピードで突っ込んだりしたのか、その理由を問い質したかった。
横に二人並ぶ列で登校していた娘と周りにいた児童達の内、車の直撃を受けた4人ほどは即死したらしい。
車の端に当たって跳ね飛ばされた残り4人は、犯人の車に何度も轢かれ直され、死亡したらしい。念入りにアイロンがけするように、路上に散らばった児童達を犯人は轢き直し、トドメをさし、その途中で横断歩道で硬直していた別の児童達数名をも死傷させた。
娘は、車の端に当たってガードレールまで跳ね飛ばされ、跳ね帰って来たところを2度ほど轢き直され、死亡した。
児童10人が死亡、6人が重軽傷を負った最悪の轢き逃げ事件は、その後もワイドショーやニュースのトップを飾り続け、事件直後に自殺するように死んだ犯人の過去や精神分析を特集した番組や記事は1ヶ月間ほど組まれつづけ、その後は事件関連本が何冊も出版された。
私はそれらを残らず買い込んで、読んだ。
犯人は私と同じ35歳だった。事件前2年間無職だった犯人は、事件当日盗んだ車で児童達を轢き殺し、そして死んだ。
遺書などは残されておらず、それまで犯罪歴もなかった。
犯人はなぜ事件を起こしたのか?
憶測だけが飛び交った。
私自身も考えたが、憶測でない理由を当人の口から聞き、それを否定し、なじり、罪の意識を着せ、謝らせて、その上で、事件を起こした当人を殺したかった。再生した身代わりの別人ではなく。
しかし何よりも、私が取り戻したかったのは、殺された娘。
それだけだった。
「死んだ人間の再生は禁じられているわ。あなたがこの間やったみたいに、犯罪被害者の遺族が、既に死亡してしまった犯人を再生するような特例以外は」妻が言った。
「私は、彼に自分のした事の意味を認めさせ、謝ってほしいんだよ。私や君や、そして娘にね」
「再生した人間に生前の記憶をダウンロードして植え込む事はできないって、代替復讐の時に何度も聞いたじゃない」
「衝突・炎上してアイツは燃えてしまったしね。それは無理さ。だけど、あいつの姿をした奴に罪の意識を植えて謝らせる事は可能みたいだよ」
「それでも、事件を起こした当人でなくて、別人に濡れ衣を着せて『お前がやったんだから謝れ』なんて変だわ。そうは思わないの?」
「文字通り、再生されたあいつ自身には違いないさ。人格までそのまま再生されたら、決して謝らないだろうしね、再生された人には諦めてもらうしかない。たった6時間未満の辛抱さ」
「ひどい人生ね」
「娘のもひどかったさ」私はむっときて言い返した。
「娘にはあなたがいて、私がいたわ。死ぬ時は痛い思いもしたでしょうけど、少なくともそれまでは幸せだった筈。でも、ただ罪の意識を被せられて、やってもない殺しを謝り、殺される為だけにこの世に生まれてくるなんて」
妻の目はうるんでいた。
私は目をそらして仏壇に向かって手を合わせ、言った。
「もう、裁判所の許可はもらっている。特別処置をされたあいつが警察で待っている。私は奴を連れてきて、謝らせる」
「そして殺すの?」
私は答えられなかった。
妻は聞こえない溜息をつき、立ちあがって玄関へ向かった。
「一緒に行くのか?」
妻は背中を向けたまま答えた。
「私が連れて来ないでと言っても、そうするんでしょ?私は外に出ていますから、全部終わったら電話を頂戴」
妻はそのまま振り返らずに出て行き、足音はドアが閉まると聞こえなくなった。
「連れて来るからな」
私は娘の遺影に声をかけ、自動車のキーを手に、玄関へ向かった。
インスタント人間達の物語 @nanasinonaoto
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