第3話 世界と理と
「う、くぅ・・・」
瞼越しでも分かる強烈な光、何かに頬を突かれる感触。
「お~い、朝だよー、起きろよ~」
そして聞き覚えのある、よく通る声。
「う、うわぁっ!」
「ハイっ、おっはよー!」
そうだ、俺は今どこかわからない世界に飛ばされてるんだ。
改めて理解し、頭の整理整頓のリソースを朝っぱらから使用する。
「っだよ、顔を触っていいっていつ言ったよ。」
「そんなの私の勝手よ、勝手。さっさと支度して出発するよ。」
ぶっきらぼうに対処されてなんだか少し腹がたつ。
のそのそと寝床から出て目の前の泉の水で顔を洗った。冷たく気持ちがいい水温だ。泉の中には小魚が泳いでいる、が、どれも俺の目には眩しい綺麗な鱗を纏っている。
「なにボーっとしてるのよ。はい、朝ごはん。」
昨晩食べた黒い紡錘型のパンに似ている食べ物だ。
迷いなくそれを頬張る。おそらくはそれほどおいしくないのだろうが、
今は確実に美味しいと思えた。空腹は最高の調味料とはまさしくこのこと。
程よく塩味がきいたそれを食べながら俺は思った。
昨晩、なぜかあんな展開になったにもかかわらず案外普通に会話ができている、と。彼女は何事もなかったかのように、同じく口を動かしている。
そんなことを考えていると普通彼女に目が行くものだ。
「ん?ほうひたほ?」
慌てて目をそらす。何やってんだ俺は。何照れてんだ、くそ。
「なんでもねえよ。」
ふーん、と言い、彼女はまたもぐもぐし始めた。
この感じ、昨日のことあまり気にしてないな。それならそれで
俺としては好都合なんだけどな。
朝食を終え、俺たちは断崖絶壁の泉を後にした。
結構高い所にいたらしい。歩き始めは下りが続いた。昨日空から落とされ、地上に降りてもずっと徒歩。そのせいで足周りの筋肉が悲鳴をあげていた。まったく、不便な体だな。
しばらくして振り返ると、俺たちが昨日泊まった場所が高々に見えた。
「あんなに高い所にいたんだなー。」
「あの場所、私がいつもあっちの方角へ旅に行くときの休憩地点なの」
「けっこういい場所だよな。眺めもいいし、気に入った」
素直な言葉が出てしまった。彼女は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
昨晩の泣き顔とのギャップでまた笑いそうになる、が、ここはグッとこらえる。どれだけ歩いただろうか。かなりの時間がたっていたように感じ、ふと前を行く彼女に声をかける。
「す、少し休憩にしないか? 昨日の今日だ。疲れるのもはやい。」
「だらしないなー。それでも男か~?」
見下すように、にやけた顔を向ける女。くそったれが。
「あー、はいはい、分かったよ。休憩ね休憩」
ふぅ、とため息をつき地面に腰を下ろした。
陽光が空高く輝く。木々の間からの木漏れ日が地面を照らす。
とっても気持ちのいい空間だ。このまま寝てしまいたい、そう思ったのは俺だけではなかったようだ。彼女も腰を下ろし大きなあくびをする。
「・・・ちょっと昼寝でもするか?」
俺が彼女にそう言った刹那、彼女が周りの何者かの気配を感じ取った。
犬に待てをする合図で俺は制され伏せた。
「・・・ブスカード」
小声で何語か分からない言葉を彼女は発して即座に立ち上がった。
少し目が光っているように見えた。
「ふん、そこか。」
彼女は腰からナイフのようなものを引き抜く。
そして構えて高速で腕を振り下ろし草むらに向けて投げた。
「ギィェエエエ!」
「よしっ。」
謎の生き物にヴィスが投げたナイフが命中したらしく奇声が響く。
「ヴィス、あいつなんだよ!?危ないやつじゃねえの!?」
「ビビりすぎ。あいつただのシーフゴブリン。まだ周りに何匹かいる。」
「う、嘘っ!?」
この状況、ビビらないのが普通じゃないって。まだいるってどこに?
俺は辺りを見回すが分からない。とその時、何かが風を切って
ものすごいスピードで飛んできて思わずよけた。
それは俺の後ろにあった木に刺さって揺れている。矢だ。
「ちょっ、うわっ、あぶねって」
ひゅんひゅん次から次へと矢が飛んでくる。が全て俺の体には当たらない。
「ちょっ、ヴィス、早くゴブリン倒して!」
「はいはい、ちょっと待っててっとー」
何やらヴィスが構えなおした。腰にある短剣を取り出す。
刃のあるほうを左手で少し握る。血が短剣を伝っていく。
正面に垂直に剣を持ち、また何語か分からぬ言葉を発した。
「アルフ・テレス・ノーヴ!」
まばゆい光の塊が矢が飛んでくる方へいくつも飛んで行く。
光の先が爆発した。かなりの威力だ。
俺が見る限りヴィスが使ったそれは‘‘魔法‘‘であるとしか思えなかった。
首にナイフが刺さったゴブリンの死体が手前に一体、遠目にバラバラになったのが二体転がっている。
ヴィスはそれに向かってゆっくりと歩き始めた。何をするんだ?
各ゴブリンの前に行き何かボソボソ言うとゴブリンの目をふさぎおろした。すべてが終わってヴィスがため息をついた。
「今みたいなことがこれからは普通だから、覚悟してね。」
勇ましい微笑み。
「休憩が休憩じゃなくなったな。緊張のせいで疲れが消えた。行こう。」
俺がそう言うと彼女は笑って頷いた。
再び歩き始めて、さっきヴィスがゴブリンを殺した後にしていた行動を
ふと思い出す。
「ヴィスー、さっき死んだゴブリンに何してたんだー?」
「一つの儀式かな?自分の力で奪った命は自分で葬ってあげるのがこの世界での掟なのよ。」
「へー、そんなのあるんだな。てかさ、この世界、なんて名前なんだ?」
突然湧いた疑問を素直に口から出す。答えはすぐに出た。
「‘‘トリニティ‘‘って私たちのは呼んでるわ。」
「‘‘トリニティ‘‘か。その意味とかって分かる?」
「意味?あぁ、えっとー、確か‘‘三‘‘だったかな?たぶん。」
「三?大陸が三つあるとか?」
「鋭いわね。その通り。私たちはそう教わってるよ。」
「なるほど。大陸が三つか。各大陸名前はあるのか?」
「あるとは思うけど・・・。私たちは自分の住む、このレムリアしか知らないわ。」
「そうか・・・。なんか色々分かってきたなー」
嬉しそうにそうつぶやくと彼女も嬉しそうに笑みを浮かべた。
歩きながら話をしていたので時間が経つのと歩いた距離が短く感じられたがかなり歩いたみたいだ。森の木々が少しずつ少なくなってきている。
「もうちょっとだから頑張って!」
「はいよ。」
もう少し、その言葉と彼女の笑顔が俺の足を進ませた。一歩一歩着実に、前へと。
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