僕が違う世界
追星翔
1話目
やあ、こんにちは。僕の話を聞きに来たのかい?
何で分かったのかって? 皆、同じ理由で僕の家に来るからだよ。
チラシをその辺りの電柱に貼っているわけでもないのに、どうして皆同じ理由で僕の家に来るんだろうね。別の理由で来る人なんて、たまに頼んでいる宅急便を届けに来る。それくらいだよ。
……えっ、インターネット上は僕の話で賑わっている?
そんなわけないだろう。僕は、一度たりともインターネットにあの話を載せたことはない。
……ふむ、なるほど、アイツが広めたのかな? 後で何かお礼をしてあげないとね、ふっふっふっふっふ……。
あぁ、ごめん。君には関係ない話で、興味のない話だったね。
じゃあ、折角わざわざ来てくれたんだから、僕の話をしようじゃないか。適当な椅子に腰掛けてくれ。あぁ、勿論僕の椅子はダメだよ。これは大切な椅子なんだから。
これからする話にも出てくる、大切な椅子さ。
……よし、準備は良い? トイレに行きたいとかあったら、遠慮無く言ってくれよ。ちゃんと話を止めて、待っていてあげるから。あ、ちなみに今、トイレに行きたいかい?
大丈夫みたいだね。じゃあ、そろそろ話を始めても良いかな?
返事をしてくれてありがとう。君は見た目ほど話が出来ないわけではないようだね。
あぁ、ごめん。悪気はないんだ。ただ、ちょっと緊張しているようにも見えたから、その緊張をほぐそうかと思って。
じゃあ、そろそろ始めるね。
これは、僕が高校生の頃の話なんだけど――
***
「……い、ぁめ……」
何だろう、名前を呼ばれた気がする。
いや、気のせいだろう。眠気が生み出す幻聴だ、きっと。
「おい、……や!」
先程よりも強い声が聞こえてくる。喧嘩でもしているのかな? いや、1人で喧嘩をするなんて不可能だ。相手がいなきゃ
「雨宮剛あめみやごう!」
「わ、わ、わぁっ!」
背中を叩かれ、大声でフルネームを呼ばれた。そのせいで、いや、おかげで眠気が何処かに吹き飛んだ。
「おいおい雨宮、どうしたんだよ。お前が眠ってるなんて珍しいな。具合でも悪いのか?」
心配してくれているのは、僕の友達である滝沢初たきざわはじめだった。
今日もそのアフロのようでアフロじゃない密度、そして微妙なハネ具合は健在だった。
彼の顔はある程度整っていて羨ましく思えるくらいなのだが、今はその顔が心配で歪んでしまっている。
「ごめんごめん、大丈夫だよ、初」
「それなら良いんだが、無茶するなよ?」
「大丈夫大丈夫。僕はそう簡単には倒れないから」
答え、僕は様々な人から送られた頼み事を終わらせようと、筆箱からお気に入りのシャーペンを出した。
生徒会のお手伝いの書類。最近副会長……まぁ彼も僕の友達なんだけど、風邪で学校に来れず、仕事も出来ない。だから僕が代わりにやってあげることにしたのだ。
よし、後は彼の名前を書いて……はいおしまい。
次は……あぁ、この問題の解説をノートに書くんだっけ。これは三次式を一旦因数分解して……はい、これもおしまい。
その後も僕は様々な人からの頼み事を進めていき、昼休み中に全て終えることが出来た。
いやあ、今日も頼まれた頼まれた。朝からやって、ようやく終わったよ。
伸びをして、それから初にねぎらいの言葉を掛けた。彼もノートを渡しに行ってくれたり、書類を提出しに行ってくれたりと手伝ってくれたのだ。
「手伝ってくれてありがとう、初」
「良いってことよ、気にするな! 寧ろどんどん俺を頼ってくれ。お前はただでさえ働き過ぎなんだから」
「そうかな? 僕はそんなに働いていないと思うんだけど」
「何言ってんだお前は。あれが働き過ぎじゃなかったら一体何だってんだ」
また呆れられてしまった。たかが数十人の頼みを受けただけなのに。
「とにかく、今日はこれ以上頼み事受けるなよ。いい加減休憩する日を作れ」
「だから、そんなに働いてないって」
「あの、雨宮くん」
クラスメートの花宮恵美はなみやえみの言葉が、僕と初の会話の隙間に挟まれた。
「何だい、花宮さん?」
「あのね、この問題について教えてほしいんだけど……」
「すまん、花宮。今日はもう締め切りだ」
「えっ?」
初が何故か花宮さんの頼みを断っていた。
「あの、初? これは僕が頼まれてるんだけど?」
「ああそうだな。でも、本当に今日は休んでくれ。な? 頼む……」
しばし考え、それから言葉を紡いだ。
「分かったよ」
「雨宮!」
「この頼みを、今日の最後の頼みにするよ」
「雨宮ぁ……」
嬉しそうな声が、一瞬で落胆した声に変わった。何で?
「というわけで、花宮さん、見せて?」
「……良いの?」
「初の言ったことは気にしないで。僕がやりたいだけなんだから」
「……分かった。ここなんだけど」
示された問題を見る。あぁ、これはあれをこうして、これをああして……よし。
「了解。じゃあ、解説を始める、ねっ……!?」
急に、頭がくらくらしてきて、目の前の問題がよく見えない。
たまらず手を頭に当てるが、痛みは勿論引かない。
「ど、どうした雨宮! 頭、痛いのか!?」
「あ、雨宮くんっ!?」
その声も、頭痛を助長する要因になってしまった。
やがて頭が机の上に乗り、僕の目は痛みから逃げるために閉じていった。
***
次に目を開けたら、僕の知っている天井が飛び込んできた。僕の部屋のものだ。
体はベットの上にあり、見慣れた布団が掛けられている。
反射的に時計を見るが、時間は6時57分。僕の起床時間の3分前だ。日は7月10日。1日経っているようだ。
今のは、夢だったのだろうか。いや、違う。あの痛みは、感覚は、現実だ。何故か確信できてしまう。
でも、今の状況も、現実だ。
となると、僕は丸一日気を失っていたのだろうか? いや、それなら病院に搬送されているはずだ。この部屋にいるはずがない。
一体、どういうことだ?
人生を18年生きてて初めて、よく分からないことが起こっていた。
やがて3分経ち、目覚まし時計が鳴り始める。起きていた僕は、すぐにその目覚ましを止めた。
パジャマから制服に着替え、いつもの様に部屋を出、階段を降りる。
キッチンでは、母さんがこれまたいつもの様にご飯を作っていた。
「おはよう、母さん」
声を掛けるが、反応がない。近づいて、もう一度挨拶をしてみる。
「お母さん?」
「……え、嘘、でしょ?」
「何が? あぁほら、目玉焼きが焦げちゃうよ」
そんな僕の助言を無視して、母さんは僕の両肩をがっしりと掴んだ。
「えっと、母さん?」
「どうしたの!? あんたが挨拶するなんて!」
「何、言ってるの? 僕、毎朝挨拶してるじゃん、おはようって」
「言ってないじゃない!」
そんな訳無い。僕は毎朝欠かさず挨拶している。
神に誓って言おう。忘れた日は、一度も、無い。
「……まぁ、良いわ。私はあんたが更生してくれて嬉しいわ。さ、ご飯にしましょう!」
「え、ぁ、うん……」
これ以上説明しても無意味だと思ったので、僕は反論するのを止めた。
その後食べた目玉焼きが苦かったのは、焦げているから以外に理由があるような気がした。
僕が違う世界 追星翔 @yukiharu-writer
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