「いっしょにしねばよかった」
繰り返されるその一言が、ただ、純粋に響く。
血を流す傷ではなく虚ろな穴だけがそこにあって、
彼のいない非現実的な日常が積み重なるたびに、
穴が果てしなく広がっていくのではないかと思う。
人生の伴侶として、覆面作家の片割れとして、一個の人間として、
生瀬辰也と彼女は分かちがたい存在であったと、「俺」は語る。
けれども、死という運命が生瀬と彼女を永遠に分断してしまった。
残された彼女は、孤独というより残響と呼ぶべき姿で生きている。
「俺」から見る生瀬は、親友を超えた特別な存在として描かれる。
高校時代に知った生瀬の類稀な文才と、それに出会った衝撃。
価値観を引っ繰り返された「俺」の屈折した憧憬は、時を経て、
生瀬の愛する彼女をひっくるめた無上の敬愛に変化していく。
人間の心理の機微が緻密に繊細に描写された私小説風の文学作品。
引きずり込まれて一気に読んだ後、その作風に嫉妬を覚えた。
私もそんなふうに描いてみたいとも思うが、持ち味は人それぞれ。
創作者ではなく鑑賞者の目で、ねじ氏の世界観を味わうに留める。