#04 もしもし、プレアデスさん
junc.ti.onに登録してから一ヶ月。季節はいよいよ秋めいてきて、夏物はタンスの奥に仕舞われる時期になった。
「名前が中性的だと、一回は経験するよね。性別を取り違えられること」
「プレアデスさんは女の子に、私は男の子に……今まではあんまり嬉しい思い出じゃなかったけど、プレアデスさんも同じことがあったって思うと、今の名前でよかったって思うよ」
時任すばるという僕の名前は、知らない人が聞くと結構な割合で女の子っぽく聞こえるらしい。そもそも「すばる」が男性名でもあるし女性名でもあるってところが大きいし、漢字じゃなくてひらがなで書くのも地味に効いている。友達の佐伯曰く「魔法少女モノのキャラの名前でありそうな名前」だそうだ。さもありなん。
僕は男子校に、メロッテさんは女子校に通っている。高校の名前を言おうとしたら、プライバシーに関わる情報だって言われて検閲された。試しに全然関係ない学校の名前を出したらすんなり通ったから、いったいどんなアルゴリズムを使っているのかさっぱり分からない。文脈から判断してるように見えるけど、はっきりしたことは言えない。
「全然嬉しくない話なんだけどさ、クラスメートから、お前って可愛い顔してるよな、とか言われたことあるよ。それも何回か。女子との接点が無さ過ぎてどうかしちゃったんだと思ってやりすごしたけどさ」
「やっぱり、男子と女子のどっちかしかいない高校だと、そういうことあるんだね。私もね、後輩の子から面と向かって、好きです、って言われて、告白されちゃったことあるよ」
弓道部で稽古してるところを見て、胸がキュンとしたとか言われたよ――とは、メロッテさんの弁だ。彼女の写真を開いて見てみる。確かに同性から告白されてもおかしくなさそうな堂々とした風貌だけど、ホントにされたらやっぱり戸惑うだろう。
「さすがに僕は告白まではされたことないけど、ありそうな話、ではあるよね」
「今のところはその一回だけだけど、他の子で何回かされた子がいるってウワサは聞いたよ」
「僕のイメージなんだけど、女子校ってさ、やっぱり女の子同士で付き合ってたりする子もいるのかな」
「実際、いないわけじゃないみたい。でもね、割とさらっとした、いつも一緒にいる友達同士、みたいな関係が多いって聞くよ。二人っきりの時は、ベタベタしてるのかも知れないけどね」
漫画に出てくるような濃厚で百合百合な関係は、そうそうお目にかかれるものでもなさそうだ。ま、現実は大体そんなもんだよね。
彼女の口から告白、なんてキーワードが出てきたからだろうか、僕とメロッテさんの間に、いつもと違う空気が流れ始めたのを感じ取る。彼女もまた同じみたいで、いつもに比べて、少しだけ口ぶりがゆっくりしている。
このシチュエーションで先に口を開いたのは、彼女の方だった。
「あのね、プレアデスさん。いつか、言わなきゃって思ってたことなんだけどね」
「うん、いいよ。言ってみて」
「ひょっとしたら、私に幻滅しちゃうかもしれないけど……」
そう口にした彼女は緊張していたようだったけれど、対する僕は楽観的に構えていた。何を言われようが、彼女に幻滅することなんてありえない。そう思っていたから。
「私ね、まだ男の子と付き合ったことがなくて、それで一度、恋をしてみたくて」
「ヘンって言われるかもしれないけど、せっかくなら遠距離の方が、相手のことをよく考えるようになるから、いいかなって思って」
いやはや、この辺の経緯も、僕とまるっきり同じじゃないか。
「幻滅なんてとんでもないよ、全然、まっとうな理由じゃないか」
「実を言うと、僕もほとんど同じ理由で登録したからんだ。誰かと仲良くなれたらいいなって、それくらいの気持ちで」
もちろん初めから出会い目的だったわけじゃない。けど、junc.ti.onが誇っているマッチングで、誰か気の合う人がいたら付き合えたらいいなって、それくらいのことは考えてた。
そうして今僕は、junc.ti.onを通して、初めて「好き」だとはっきり言える人と出会うことができた。
「そんな気持ちで会員登録して、それで……メロッテさんに会った、いや、会えたんだ」
「あの、プレアデスさん、それって、つまり……」
「うん……その、僕は、メロッテさんのことが好きで、これからもずっと一緒にいたいなって、そう思ってて」
口に出して言ってみて、僕はさらりととんでもないことを口走ったことに後から気が付いた。
僕が気恥ずかしくなったなったのは言うまでもないけど、ヘッドフォンの向こうから聞こえてくるメロッテさんの声や息遣いを聞いていたら、僕に負けず劣らずって感じだったみたいで。
「え……えっと、今日はもう寝よっか! あ、明日も早いだろうし!」
「そ、そうだね! あの、また明日も話せるしね、プレアデスさんと!」
さすがに今日はこれから普通の会話なんてできっこない。お互いそう思って、いつもより少し早かったけれど、ここらでお開きにすることにした。
そわそわしながらログアウトしようとすると、メロッテさんからお別れの挨拶が聞こえてきた。
「プレアデスさん」
「……ありがとう。私も同じだよ、同じ気持ちだから」
「また、明日」
また明日。その言葉を最後に、彼女はログアウトした。
シャットダウンを済ませてから、いつもよりもずっとずっと大きく息をついた。流れとはいえ彼女に「好きだ」なんて告白してしまったものだから、疲労感がものすごい。
ぼーっとして働かない頭で、自分が口にした告白を振り返る。
「僕は、メロッテさんのことが好きで、これからもずっと一緒にいたいなって、そう思ってて」
一人になってみて、僕は過去の自分に評価を下す。
「……もうちょっと格好良く告白したかったなあ」
彼女がさりげなくOKを出してくれたことが、僕にとっては救いだった。
間延びしててちょっと格好がつかなかったけれども、メロッテさんが僕の告白を受け入れてくれたのは事実。こうして僕と彼女は晴れて、彼氏と彼女の間柄になったわけだ。
とは言え、話す内容が劇的に変わる、なんてことは無くて、昨日までと同じような他愛の無い会話が中心だった。
「プレアデスさんならきっと分かってくれると思うけど、廃墟って、なんかどきどきするよね」
「それすごい分かる。探検したくなっちゃうんだよね」
「だよねだよね! 私が昔住んでたところの近くに、元々スーパーだった廃墟があって、そこにこっそり忍び込んだっけ」
ここで僕はちょっと驚いた。というのも、メロッテさんと同じ経験を、同じ流れでしていたからだ。
かつて住んでいた家の近隣にあったスーパーマーケットの廃墟に忍び込んだ。廃墟に侵入したのもそうだし、引っ越す前ってことも共通している。いつもながら、普通は似ないような部分が似ていると思わずにはいられない。
「メロッテさんも引っ越し経験アリなんだ。例によって、僕もだよ。で、すぐ側のスーパーが廃墟になってて、大人の目を盗んで冒険したってところもね」
「なんだか、そうじゃないかって思ってたんだ。プレアデスさんの探検話、聞かせてほしいな」
「あれはよく覚えてるよ。七歳の時だったね。夏休みで、友達がみんな帰省してたり旅行に行ってたりで、一人だったんだ」
「私もほとんど同じだったよ。旅行とか、ほとんど連れてってもらえなかったし」
「同じくだよ。だからかな、近くで遊んでたんだけど、ふとその廃墟に入ってみたくなって、知らないふりして中に入ったんだ」
あのスーパーは、僕が物心ついたころから変わらぬ姿を晒していた。聞くところによると、僕が生まれる二年前に運営母体が倒産して、そのまま流れで閉店したらしい。土地の買い手が付かなかったみたいで、建物は取り壊されずに残されていた。
「閉店したあとちゃんと片付けられてなかったみたいで、買い物のカートとか、のぼりとかがちらほら残ってたよ」
「そっちもだったんだ。あちこち結構面影が残ってて、けど人は誰もいなくて寂しかったから、印象的だったよ」
「似たような廃墟があるものなんだね。それでさ、今でも忘れられないんだけど、奥のフードコートがそのまま……」
僕が「フードコート」という言葉を口にした、その途端のことだった。
「うそ!? 私が見たのも同じだったよ!? 上にアイスの写真が残ってて、あとフライドポテトの写真も……!」
「えっえっえっ、ちょっと待って!? そのアイスの写真って、もしかしてソフトクリームの上に……ほらあの、ピンクとか緑とかの粒々が載ったやつじゃなかった!?」
「それ! それそれそれ、間違いないよ! フライドポテトは白い紙袋に入ってて、値段は200円って書いてあって!」
「待って待って、こっちも200円だったよ、よく覚えてる!」
「これ……ど、どういうこと……!? 何がどうなってるの……!?」
背筋がぞくぞくする感覚が走った。全身に電撃が駆け巡っている。
今この瞬間、僕と彼女はほとんど同じ、あるいはまったく同じ光景を思い浮かべているかも知れないという考えが脳裏を掠めた。廃墟の特徴があまりに似すぎている。こんな残り方をしてる廃墟が、そうそう都合良く二つも三つもあるはずがない。
答え合わせが必要だ。僕はごくりとつばを飲み込んで、彼女に一つ質問を投げかけた。
「あのさ、メロッテさん。もしかしてそのスーパー、Nマート、って名前じゃなかった?」
ある種の確信を持って訪ねる。まったく間を挟むことなく、彼女が息を飲む様子が伝わってきた。
「そう、そうだよ、Nマート、間違いないよ! それで合ってる!」
彼女の声を聞きながら、Googleに渦中のスーパーマーケットの名前を訊ねる。逸る心を落ち着かせて、検索結果からWikipediaのページへ飛んだ。
「Nマートは関東ローカルのスーパーマーケットで、全部合わせても12店舗しかなかったみたいだ」
「コンビニみたいにたくさんあった、ってわけじゃないんだ……」
「うん。倒産した後、青砥店だけが取り壊されずに残ってたらしい。他のは全部早々に更地にされたみたいだ」
青砥。僕がかつて住んでいた場所だ。僕が忍び込んだのは、Nマート青砥店で間違いない。
そして……メロッテさんが入り込んだのも。
「ひょっとして、だけど」
「う、うん……」
「僕たち……お互い結構近くに住んでたりするのかな?」
「なんか、そんな気がする……どうしようどうしよう、ちょっとどきどきしてきちゃった」
廃墟の冒険話が、とんだ方向に飛び火してしまった。しかも火は勢いよく燃え上がって、僕も彼女もそのことしか考えられなくなるくらいの強さになった。
数秒の間の後、
「あの『あの』」
例によって、見事にハモった。けれど、今回はここでは止まらなかった。僕もメロッテさんも、喉から出た言葉をそのまま最後まで口に出した。
「今度『今度、』、直接『直接、』、会ってみませんか『会ってみませんか』」
もう僕も彼女も驚かなかった。当たり前の感情だと思っていたから。
僕はバックで立ち上げていたpixiaにフォーカスを移すと、作業中のファイルを保存して新しいキャンバスを作成した。ペンタブで素早く文字を書き付けると、レイヤーを結合してpng形式で書き出した。書き出されたばかりのファイルを、おもむろにメロッテさんへ転送する。
ファイルには、あえて少し乱雑に崩した字体で、こう記述しておいた。
『画像でやりとりしよう。これは、検閲されない』
junc.ti.onがトラブル防止のために個人のプライバシーに関わる情報を検閲しているのは既に述べた通りだ。そして、それにはいくつか抜け道が見つけ出されていることも同じ。その一つが、画像を使ってテキスト情報をやりとりすることだ。
日に日に精度を上げてきているとは聞くけど、さすがにまだ手書きの文字を100パーセント認識するというレベルには達していない。既存のフォントと同じ文字を埋め込んだレベルなら検出されるけど、人間には識別できる程度に字体を崩すと検閲が効かなくなる。僕はそこを突くことにした。
最寄り駅は日暮里です、と乱雑に描いた画像をメロッテさんへ送る。メロッテさんも意図を察したみたいで、しばらくすると「私も日暮里です」と描かれたビットマップ画像が送られてきた。
「土曜日は部活で稽古がある、そうだよね?」
うん、と肯定の声が聞こえてきた。再びpixiaへフォーカスして、ペンタブを素早く走らせる。
『日曜日に太田の像の前で会いませんか』
アップロードしてから一分も経たずに、応答のファイルが返ってくる。
『行きます 時間は1時でいいですか』
僕は頷いてから、「それで」とだけ、彼女に口頭で伝えた。
お互いに時間と場所を確認しあって、今日はここでセッションが終わった。
「日曜日はあさって、か……」
明日は土曜日。たった一日だけとは言え、もどかしい気持ちのまま過ごすことになりそうだった。それはとりもなおさず、一秒でも早く、一秒でも長く、メロッテさんに会いたいという一心によるものだけれど。
経緯はどうあれ、僕はメロッテさんと直接会うという約束を取り付けた。来るべき時が来た、僕の心にはそんな思いが満ちていた。
僕は、ついに――彼女に会えるんだ。
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