#03 ありがとう、メロッテさん

 二週間も続くと、僕も相手もすっかり習慣になって、日常の一部に感じられるようになる。

「別の高校に通ってる友達も弓道部なんだけどね、そっちは私のとこと比べていろいろ緩いみたいなんだ」

「緩いって言うと、ちょっと遊びが入ってる感じだったり?」

「そんな感じそんな感じ。分かりやすいところだと、風船をマトにしてね、それを弓で射ったりしてるって」

「うーん、ふわふわしてるね。風船だけに」

「でしょでしょ? 最初聞いたときはちょっとムッとして、ふざけてる! って思っちゃったけど、でもよくよく考えてみたら、ちょっとやってみたいかも、って」

「風船だと静止せずに微妙に動いてるから、狙う的としては結構おもしろいかもね」

「うん、うん。そんな感じそんな感じ。だから、趣向を変えた練習になるかも、そう思ったんだけど……けど、私の部活でやるのは、やっぱり無理そうかな」

 僕はメロッテさんの話の腰を折らないように気を配りながら、彼女について思っていたことを口にした。

「えっとさ、メロッテさんって……怒らないでほしいけど、真面目だよね。ちゃんと部活のこととか考えたりさ。全然、悪い意味じゃなくて、率直に思ったよ」

「そんな、怒るようなことじゃないよ。それに、いろんな人からよく言われてるし。本当は、もっと気楽な方がみんな接しやすいのかな、って思うこともあるけど……」

 彼女は真面目だと思う。話をしているときの印象もそうだし、端々から伺えるみんなへの自然な気配り・気遣いが、彼女のキャラクターをさりげなく表わしている。

「私の印象だけど、プレアデスさんも真面目な人だって思うな。話してるときも、こう、がっつかないで落ち着いてるし」

「同じく、よく言われるよ。これでも気楽に生きたいとは思ってるんだけどね。真面目な性格だと世の中生き辛いって、頭では分かってるんだけどね」

「うん。要領よく進められる子って、ちょっと羨ましいよね」

 今時「真面目」っていうのは損なこと。僕もメロッテさんも分かってるけど、性格は簡単には変えられないこともまた分かってる。共感せずにはいられない。

「メロッテさんはきっと真面目に弓道に打ち込んでるんだね。僕は漫研だから、普段は好きな絵を描いてるよ。他の部員も同じ感じで。それでお互い絵を見せあって、こうした方がいいんじゃないとか、ここはいいねとか、そういう簡単な品評会もよくやってるね」

「楽しい中にも自己研鑚、そんな感じだね。なんかいいな、プレアデスさんのところの漫研。絵はへたっぴだけど、一度見学してみたいな」

「ありがとう。なんていうかさ、前の部長さんが厳しい人で、部内の雰囲気がギスギスしちゃってたから、僕が空気を変えたいなって思って」

「えっ? じゃあもしかして、漫研の部長さんって、プレアデスさんだったりするの?」

「そうなんだ。今の三年生がみんな抜けちゃったから、じゃあ僕がやろうかな、って思ってさ」

 ディスプレイの向こうで、メロッテさんが驚いたような声を上げていた。メロッテさんが驚いたポイント、僕はそれをすぐに察することができた。

「あの……実は、私も」

「メロッテさんって、弓道部の部長さんだったり?」

「う、うん……プレアデスさんも二年で部長って聞いて、ビックリしちゃって」

「部長さんなんだ。いやあ、格好良さがますますアップしちゃったよ」

「そんな、全然大したことじゃないよ……私は単に、他にやる人がいなかったから、じゃあ、やってもいいかなって、それで……」

「格好いいと思う。なんか僕の中でメロッテさん、すごいキリッとしたイメージになったよ」

「あわわ、どうしようどうしよう、私すっごい地味で目立たない感じなのに……」

「地味で目立たないって言われてるのは、僕も同じだよ」

 こんなところまでそっくりだね。僕がおどけて言うと、メロッテさんは少し気恥ずかしそうな声で、けれど嬉しそうに笑ってくれた。

 好みがよく似ていて、クラスのポジションも近くて、二年で部活の部長を務めている。ポイントポイントがいちいちそっくりで、とても強い親近感を覚える。

「また一つ、似てるところが増えたね」

 今日のセッションが終わって、大きく伸びをしながら呟く。確かに別人なのに、細かいところまでそっくりだ。しかもお相手が強さと可愛らしさを併せ持った女の子だと思うと、自然と楽しい気持ちになる。

 彼女と一度会ってみたい。その気持ちを抱くまでには、さほど時間はかからなかった。

 

 僕は約束は必ず守るタイプだ。小さなことでも大きなことでも関係ない。人として当然のことだと思っている。

「完成したよ、約束のイラスト。腕によりをかけて仕上げたからね」

「もう描けたんだ! プレアデスさん、さすがだよ」

「ありがとう。実物を見て幻滅しないことを祈ってるよ」

 メロッテさんの笑う声を聞きながら、僕が仕上げた絵を転送する。サーバにはアップロードされるけど、僕とメロッテさん以外は見ることができないようになっている。ファイル転送の仕組みは、Skypeのそれに近い。

 絵をアップロードした直後から、二人とも言葉を発さなくなる。僕はメロッテさんの講評を祈るような気持ちで待っていて、メロッテさんは僕の絵をチェックしてくれている。

 体感的には十分くらい、実際には一分ほどの時間が経過してから。

「うん……いいね、凄くいいね! 構えもしっかりしてるし、着装もばっちりだよ」

「ああ、よかったよ。気に入ってもらえてよかった。結構緊張ちゃった」

「全然違和感ないから、よく観察してるんだ、すごいなって思っちゃった」

「動画を止めてポーズを見たり、本を買って読んだりしたんだ。メロッテさんに見せるんだ、手は抜けないよね」

「さすがだよ。あと、なんとなく、なんとなくだけど……」

「どうかした? 何か、気になるとことかあったら、遠慮なく言ってほしいな」

「えっと……ううん。おかしいとかじゃ全然なくて、ただ……この女の子、顔立ちが私に似てるなって」

 メロッテさんから告げられた言葉に、僕は率直に言ってかなり驚いた。メロッテさんに渡した絵は特定の個人を意識して描いたわけじゃなかったけど、それが彼女に似た顔立ちだったというのだ。

 驚きの感情の後に沸いてきたのは、意識しないうちに彼女に似たイラストを描けていたんだっていう、得も言われぬ喜びだった。

「あっ、もちろん絵の方がずっと可愛いよ! 比べ物にならないくらい! 私ってほら、もっと地味で華が無いから!」

「いやいや、謙遜しなくていいよ。メロッテさんに似てるって言ってもらえて、なんか僕、すごく嬉しいんだ」

「雰囲気がね、すごく似てたから……これ、誰か参考にした人とかキャラとかいるのかな?」

「ううん、実はね、僕もなんとなく描いたんだ。弓道やってそうな子ってこんな感じかなって。構図とかは本を参考にしたけど、顔はふと頭に浮かんだのをそのまま絵にしたよ」

「それじゃ、ほんとに偶然なんだ」

「そう。偶然も偶然、想像もしてなかったよ。けど、メロッテさんに似てるって聞いたら、もう嬉しくってさ」

「お世辞でもなんでもなくて、私を可愛くイラストに描いてもらったら、きっとこんな感じになると思うよ。ありがとう、大事にするね」

 写真を見せられたら良かったんだけど、規約でそれはできないからね。少し寂しげな口調で、メロッテさんが付け加えた。

 これは、プライバシー保護のため、というのが運営の言い分だ。junc.ti.onはあくまでネット上で気軽にコミュニケーションを取るためのツールというポリシーがあって、出会い系サイトのような使い方は想定していない。だからテキストチャットやボイスチャットも、個人名や住所のような個人情報を検出すると自動的に検閲されてしまう仕組みになっている。

 junc.ti.onには高度な技術がいくつも使われている(やたらクリアに聞こえるこのボイスチャットもその一つだ)けど、その中に「顔認識」も含まれている。写真に個人の顔が含まれていると判断すると、システムで自動的に削除してしまう。イラストで描く分には特に問題ないけど、そうじゃない場合はものすごい正確さでアウトにしてしまう。

 ただ――この世に完全無欠のセキュリティを誇るシステムが存在しないように、junc.ti.onの仕様にもいくつか穴はあって。

「そうだ! 顔が写ってなきゃ大丈夫って聞いたから……!」

 言うや否や、メロッテさんが写真をアップロードしてきた。すかさず受信ボタンを押すと、ローカルフォルダに一枚のjpgファイルが現れた。ダブルクリックして、画像をプレビューする。

 写真には、正面を向いてしっかり弓をつがえたポニーテールの少女の姿が、鮮明に映し出されていた。

「これ……もちろん、メロッテさん、だよね」

「うん。一番いい写真を選んだつもりだけど、どうかな……」

 思わず息を飲んだ。彼女の姿はとても凛々しくて、橙色に輝く太陽を射抜かんばかりの力強い姿勢で、堂々と立っている。何者にも負けない、どんな的であろうと敵であろうと、一撃の元に打ち砕いてしまいそうな、圧倒的な迫力があった。

「……格好いい。格好いいよ、すごく。本当に格好いいよ、これ」

 格好いい、そう三回も繰り返してから、僕はようやく、それが女の子の写真に呟くべき感想からはちょっとズレていることに気が付いて。

「あっ、いや、もちろん可愛いよ! もうね、うっとりしちゃうくらいの!」

 可愛いって伝えるためにこんなベタな言葉を選んでしまうのが、僕が決して二枚目になれない最大の理由だ。キザな言葉を咄嗟に吐ける映画やラノベの主人公が羨ましくて仕方ない。

 ヘッドフォンからは、メロッテさんが明らかにツボに入った時の声で笑っているのが聞こえてくる。彼女の声からは悪意は微塵も感じ取れなくて、本当におもしろくて笑っているんだって分かって、僕は恥ずかしさのあまり爆発しそうになるのだった。

「えっとね、なんかごめんね、ヘンなこと言っちゃって。でも、本当に、本当に……凛としてて素敵だって思ったんだ」

 僕がそう言うと、メロッテさんは笑いながらだけど「うん、うん」と同意してくれて。

「ありがとう、プレアデスさん。私、格好いいって言ってもらえて、凛としてるって言ってもらえて、素敵だって言ってもらえて、とっても嬉しいよ。写真、絵のお礼になってたらいいな」

「勿体ないくらいだよ。大事にするね、メロッテさん」

 えへへ、とメロッテさんが笑う。さっきまでの、お腹を抱えての大笑いとは違う、少しはにかんだ感じの、可愛らしい笑み。

 本音を言うと――僕は、彼女のことを、すっかり好きになってしまっていた。

「少し前に後輩の子に撮ってもらったけどね、すごくよく撮れてるから、お気に入りだったんだ。顔が写ってないから、恥ずかしくないしね」

「背中で語る、って感じだね。武道家の風格があるよ」

 おどけて語るメロッテさん、真面目に語る僕。その様が対照的で、またお互い笑ってしまう。

「それにしても、髪型とか背格好とか、写真から分かることだけでも、ホントにそっくりだね」

「プレアデスさんもそう思うよね。私もビックリしちゃった」

 絵と写真の交換は、僕も彼女も嬉しくなれる最高の形で行うことができた。

 結局今日のセッションはこれで時間になって、メロッテさんと僕は同時にjunc.ti.onからログアウトする。普段通り他のソフトも終了させながらシャットダウンの準備を進めつつ、プレビュー画面で表示させた彼女の写真だけは閉じられなくて。

 描き上げたイラストと瓜二つな彼女の後ろ姿を眺めていると、まるで彼女が僕のすぐ側にいるような、なんとも不思議な気持ちに包まれた。

 格好良くて凛々しくて可愛くて、素敵な女の子なのは間違いない。疑う余地もない。彼女と会えて、楽しく話ができたことだけでも、僕はjunc.ti.onに感謝しなきゃいけない立場だ。

(けど、なんだろうな)

(彼女に、メロッテさんに、どこかで会ったことがある気がするのは、どうしてだろう)

 少なくとも思い出すことのできる記憶の中に、メロッテさんのような女の子と邂逅したようなものはない。けれどそれはあくまで僕が今活性化することが可能な記憶の範囲内でのことだ。

 ひょっとすると僕らは揃って覚えていないだけで、昔どこかで会ったことがあるのかも知れない。

(もし実際に会うことができたら、何か思い出せるかも)

 そう考えるのは、自然な成り行きだった。

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