#02 こんばんは、プレアデスさん

 何度かメロッテさんと話をして、その都度お互いの情報を交換するってことを繰り返した。僕は絵を描くのが趣味、メロッテさんは歴史小説が好き、僕はレモンティー派で、メロッテさんはアップルティー派。それからどっちも猫好きで、椎茸が嫌い……そんな感じ。

 設定も変えて、junc.ti.onでちょっとずつ個性を出し始めた。僕は自作漫画のコマを彩色してから切り抜いて、メロッテさんは近くにいる野良猫の顔アップ写真を撮ってきて(僕の家の近くにも似た顔の猫がいた)、それぞれアイコンに設定した。TwitterにしてもSkypeにしてもそうだけど、アカウント名よりアイコンで先に相手を識別するタイプだから、デフォルトのアイコンから変わってるだけでもだいぶ分かりやすい。

 というわけで、いつものようにログインしてホーム画面を見る。メロッテさんのホーム画面を裏タブでロードしておいて、新着メッセージやフレンド申請が来ていないかをチェックする。一通り済んでメロッテさんのホームへフォーカスすると、今日も同じ時間にログインしている。で、多分僕と同じように新着をチェックしているっぽい。

 そろそろいいかな、とセッション開始のリンクをクリックする。一応相手をビックリさせないために、最初のメッセージはテキストで送るようにしている。

「こんばんは『こんばんは』」

 メッセージを送るタイミングがまったく同じでぶつかり合うのは、ある意味いつもの光景だった。笑いをこらえつつヘッドセットを装備して、ボイスチャットを開始した。

 聞こえてきたのは、彼女が笑う声だった。

「またカブっちゃったね」

「全然、狙ったりとかしてないですよ。新着が来てないかチェックして、それからプレアデスさんを呼ぼうとしたら、毎回カブっちゃうんです」

「分かるよ、だって僕も同じだし。むしろ狙ってやるのも難しいよ、こんなの」

 僕とメロッテさんがしているようなやり取りは、いわゆる「他愛もない会話」ってやつなんだと思う。中身なんて無いに等しいけど、これがなかなかどうして楽しかったりする。やってることは学校で同級生と交わす挨拶と同レベルなんだけど、楽しさは段違いだ。

 ま、女子と話すのが楽しくないって男子は、多くはないだろうしね。

「プレアデスさんのアイコンって、誰かのイラストですか?」

「これね、自分で考えて描いた漫画の主人公なんだ。実はこう見えても空手の有段者って設定なんだよ」

「いいですよね、そういうの! 私も武道に憧れてて、それで、高校で弓道部に入ったんです」

 ひゅう、と僕は思わず口笛を鳴らす。自分の憧れをしっかり具体化できるなんて、素直にいいことだと思う。僕はそういうまっすぐな人に好感を持つタイプだ。

「メロッテさんの姿勢、僕も見習いたいな。僕の方は単に絵を描くのが好きだってだけで漫研に入ったしさ」

「好きなものがしっかりあるって、いいと思います。それに……このイラスト、可愛いですし」

「ありがとう、メロッテさん。なんか、褒められるとこそばゆいけどさ、嬉しいのは間違いないよ」

 男子校に通ってて、ネットの知り合いもほとんどが男だった(ちなみに、フミコさんは数少ない例外の一人だったりする)から、女の子に自分の絵を見せる機会は今までほとんど無かった。メロッテさんから褒めてもらえたってことは、少なくとも女性の目から見ても不快な絵柄じゃないってことだと思っていいだろう。

 ふと、僕はメロッテさんがさきほど言った言葉を思い出す。彼女が所属してる部活のことだ。

「えっとさ、メロッテさん。さっき言ってたけど、弓道部にいるんだよね?」

「はい。今年で二年目になります」

「高二だもんね。少し前に、弓道の構え方とか着装とかを、本や動画で見てちょっと勉強したんだ」

 僕が次に描こうと思っていた絵は、まさに弓道をやってる女の子で。

「凛とした感じの女の子が描きたくなって、それならやっぱり武道が相性いいと思ったんだ」

「うん、うん。分かります、分かります」

「剣道か弓道で迷ったんだけど、やっぱり顔も描き込みたいから、弓道にしたんだ」

 メロッテさんは僕の発言にしきりに相槌を打ってくれている。興味を持ってくれたんだとしたら、嬉しいことだ。

「それでさ、僕が描いたイラストを見てもらいたいんだ。実際の経験者から見て、おかしな構図になってないかって」

「うん! 描いて描いて! あっ……ごめんなさい、プレアデスさん。描いてくれるとうれしいです」

「あはは、敬語じゃなくていいよ。せっかく知り合えたんだし、もっと気楽にしてほしいな」

「そうだね、その方がいいかな。プレアデスさん、ありがとう」

 綺麗な声をしてるね、なんて言いかけたけど、いやちょっとキザったらしいし、なんだか馴れ馴れしい。喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。いつかこういうことも気軽に言い合える仲になれればいいんだけども。

 僕が弓道少女のイラストを描いて、現役選手のメロッテさんに品評してもらうことにした。これは、腕によりをかけて仕上げなきゃいけないな。僕が気を引き締める。

「今日はこれくらいにしようか。じゃあメロッテさん、また明日」

「うん、また明日。絵、楽しみにしてるね」

「ちょっと緊張するけど、気合いが入るよ。メロッテさんの期待に応えられるように力を尽くすね」

 和やかな空気を保ったまま、今日もセッションが終わる。メロッテさんがログアウトするのを見届けてから、トーク画面のタブを閉じる。

 自分のホーム画面へ戻ってみると、フレンド申請が三通来ているのが見えた。アカウントはどれも他のサービスで見慣れた知り合いのものばかりだ。僕がTwitterとpixivで「junc.ti.onはじめました」って呟いたのを見たに違いない。

「こういうのを残しとくと、寝るとき気になっちゃうからね」

 最後にフレンド承認の作業をパパッと済ませて、僕も床に着いたのだった。

 

 高校生同士の会話となると、やっぱりというか自然にというか、通っている学校のことが多くなる。

「英語の授業が眠くって眠くって、寝ないようにするのが大変だったよ」

「それってリーディング? それともライティング? 眠くなるってことは、ライティングかな?」

「そう思うでしょ? ところがリーディングの方なんだ。先生の声がすごい単調でさ、まだゆっくり霊夢の方が抑揚付いてるぞって思っちゃうレベルでさ」

「えーっ、リーディングでそれは辛いよー……だってリーディングって先生の話聞くか、テキスト読むくらいしかしないし」

「ホントだよ。どうせなら生徒に読ませたらいいのにさ、全部自分で読むんだからね。あれは苦行だよ」

 まあ、僕が眠いのは、こうやって毎日遅くまでjunc.ti.onでメロッテさんとお喋りしてるから、っていうのもあるにはあるんだけどさ。こっちは楽しいから止められない。

「私のところもね、国語が退屈で退屈で……同じように寝そうになっちゃうんだよ。けど、今一番前の席にいるから、うっかり寝ちゃうとすぐバレちゃうし」

「メロッテさんもか。僕も一番前の座席なんだよね。ホントさ、早く席替え来ないかなって、そればっかり考えてるよ」

「席替えって、やっぱり月に一回なのかな?」

「そうそう。毎月の一日か、一日が休みなら最初の平日にやってるよ。クジで場所決めて、机をずごごごーって動かすの」

「あれ結構大変だよね。教科書とかノートとか詰まってると、机重たくなっちゃうし」

「制服も埃っぽくなっちゃうしね。中学の時は机と椅子はそのままで、教科書とかだけ持って移動しててさ、そっちの方が楽だったんだけど」

 今月はまだ半ば。席替えのチャンスが到来するまでは、もうしばらく時間が掛かりそうだ。

「あとさ、リーディングが終わって休み時間になるじゃない。それでちょっと寝ようと思ったら、友達が横に来ちゃってさ」

「分かる分かる! ゆっくりしたいなーって思ってるときに限って、ねーねー、って感じで来ちゃうんだよね」

「もうね、ホントにそれだよ。しかも話す内容がさ、授業つまんなかったなーとか、いやいやそれも十分つまんないよって言っちゃいそうな感じでさ、もう参っちゃうよ」

「こっちも同じ感じだよー。たまに先生の陰口合戦も始まったりして、うーん、ってなっちゃう。国語の先生、確かに授業はつまんないけど、そんなに悪い先生じゃないって思うから、複雑な気分だよ」

「分かるよ、僕も。質問しに行ったりして個別に話すと、ちゃんと話が通じていろいろ教えてくれたりするんだよね」

「それそれ! だからね、余計に困っちゃう。もっと困るのが、その友達も根は別に悪い子じゃなかったりして……」

「あるあるだよね……なんだろうなあ、人間関係って難しいよね。自分以外の他人がいると、どうしても意識しなきゃいけないことなんだけどさ」

「うん。それで、いつも迷ったり悩んだりして、どうしようかなって思ったりして。プレアデスさんも同じなのかな」

「聞いててとても他人事とは思えなかったよ。僕もさ、もやもやすること多いし。それで多分、僕の言葉や態度にもやもやしてる子もいるんだろうなあ、って思ったり」

「そうだよね。他の子が私のことどう思ってるか、自分じゃ分からないから」

「だよね。一昨日もさ、クラスメートの一人で、ポケモンのカビゴンというか、となりのトトロの大トトロみたいな雰囲気の子がいるんだけど」

「あ、それ雰囲気分かる。多分ふっくらした体格で、目が細い感じの」

「そうそう、まさしくそれだよ。それで、その子が他のクラスメートからトロいって言われてて、僕ものんびりしてるなあ、とは思ってたけど」

「うん、うん」

「でもさ、一対一で話すと普通に話通じるし、そんな悪く言うほどじゃないんじゃない、って思ったりとかさ」

「きっとだけど、とろいって言ってる子も、悪気があるとか、苛めるのが好きとか、そういう子じゃないんだよね」

「まさにそれだよ。普段は気のいい連中だからさ、尚更すっきりしなくってさ」

 ここまで話して、お互い少し間が空いた。どっちも熱っぽく話して、つかの間のクールタイムが必要だと感じたのもある。

 よし、そろそろ話題を転換しよう。僕はヘッドセットを軽く直してから、メロッテさんに呼びかけた。

「あのさ『あの』」

 僕らの会話は、カブらなきゃ始まらないんだろうか? メロッテさんが吹き出す声が聞こえて、つられて僕も笑ってしまう。

「まただね」

「またやっちゃったね」

「あー、なんか可笑しくなっちゃうよ。ごめんねメロッテさん、そっちから話してよ」

「全然大したことじゃないよ、今日の夕飯何食べたかなって、ただそれだけだから」

「あのね、僕別に狙ったわけじゃないんだけどさ、同じこと言おうとしてたんだ。今日の夜ごはんなんだった、って」

 狙ったわけでも何でもないのに、僕とメロッテさんは話題もよくカブる。ありきたりとは言え、同じこと考えてるんだって思うと、なんだかちょっと嬉しくなる。

「ちなみに、僕のところはカレーだったよ。鶏肉を入れてね。自分で作って食べたんだ」

「自分で作ったんだ! 私もだよ。こっちはハヤシライスだったけどね」

「見た目は似てるけど、でも、カレー派とハヤシ派はお互いハッキリ分かれそうだね」

「きのこの山とたけのこの里みたいに、ね」

 言えてる、と僕は笑って返す。本当に会話の波長が合うな、と思わずにはいられない。なんというか、見ず知らずのまったくの他人とはとても思えない。

 ずっと昔から一緒だったような、そんな印象さえ覚えていて。

「プレアデスさんって、ご飯自分で作ってるんだ。私も同じだよ」

「母親が仕事で遅く帰ってくるから、家事はほとんど僕がやってるよ。ご飯だけじゃなくて、掃除に洗濯、お風呂の準備、買い物もだね」

「わ、そうなんだ。こっちもお母さん遅いから、ほとんど私が担当してるよ。買い物もしょっちゅう行ってるんだけど、おかげでスーパーの店員さんに顔覚えられちゃって」

「覚えられちゃうよね、学生が一人で買い物に来るなんて少ないと思うから。こう言っちゃあれだけど、同じ学校の人、特に同級生にはあんまり見られたくないよね」

「分かる分かる。何してるんだろ? って思われちゃいそうだし」

 メロッテさんも家事を受け持っていて、近所のスーパーでよく買い物をしているそうだ。こんなところも、僕の今の境遇とそっくりだ。

 ふと思ったことがある。そのまま「ひょっとして……」と言いかけて、僕は言葉を飲み込んだ。さすがに面と向かって訊ねるにはデリケートな内容だし、もう少し距離を縮めてからの方がよさそうだと思った。

「今日はこの辺にしようか。寝坊しちゃうとよくないしね」

「うん。プレアデスさん、今日もありがとう」

「こちらこそ。メロッテさん、また明日」

「また明日、プレアデスさん」

 メロッテさんがセッションから抜ける。僕は一人きりになったセッションを終了させて、ラップトップの電源を落とした。

(楽しかったな、今日も。何か特別なことを話したわけじゃないけど、それがいいんだよね。日常を共有してるっていうか)

 彼女と知り合ってから、ちょっと退屈気味だった毎日に張り合いが出てきた。junc.ti.onを通して初めて知り合ったのはまだメロッテさんだけだけど、彼女だけでもどっさりお釣りが来るくらい、会員登録してよかったと思う。

 あとはタイムラインを軽く流して、めぼしい情報がないかチェックしてから寝るとするかな。

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