第9話
眩い月明かりに照らされた草原の元、少女はひたすらに、同じ動作を繰り返していた。
その手には
熟達されたフォームから、その細い腕からは想像も出来ない速度で振られた木刀は、猛獣の唸り声を思わせる風切り音を上げた。
「────────ッッ!!」
ただ、闇雲に振っているわけではない事は、素人目に観ても分かるだろう。
その一振り一振りが、全身全霊をかけた一撃であると思わせる、気合いと気迫のこもった
少女の周りには、誰もおらず、また何もない。
流石に少女の目に見える範囲内にはうっすらと遠く街並みが広がっているが、少女の立つこの草原は、少女の家がある街からはかなり離れた位置にあった。
なぜ、このような場所で一人素振りをしているのか。それは、無論、俗世の喧騒から逃れるためである。
それが、少女の習慣であり、義務だった。
少女の黒髪がなびく度に、木刀が唸り声を上げた。この場において、聞き取れるのはその音と、風により地面の草が揺らめく音のみだった。
発声はしない。ただ歯を食いしばり、全力で宙に木刀を叩きつける。地面すれすれで止まった木刀は、再び少女の頭上へと掲げられる。
ただの素振りにしても、実に効率の悪く粗暴なものであると、コレを見た者は皆口を揃えて言った。それは、少女自身も自覚の上であるし、そのせいで肩や、寸止めのせいで特に肘から手首にかけての負担が大きい。
竹刀と違って重量もある木刀を、ほぼ毎日何時間も、しかも全てが全力の一振りでありそれを寸止めに終わらせるのだから、万人の目から見られればそれは、「馬鹿みたいだ」と言われざるを得ないのだろう。
しかし、少女にはそのような言葉とうに聞き飽きるほどに聞かされてきた。
「ふぅっ…………今日は、ここまでにしよう」
自分に「これ以上はいけない」と、そう言い聞かせた少女は、すぐさま身を翻し街の方へと体を向けた。
少女が素振りにかけた時間は、三十分にも満たず、振った回数など百回にも達していないだろう。
されど、少女の腕は既に限界寸前で、草原から街へ向かう間、少女の手は幾度も
それが、一撃決殺を語る《
そして、この《霞峰琉》こそ最強だと言わしめた《霞峰琉一刀術》師範、
「……早く、帰らないと」
生気の希薄な少女は、ふらふらと千鳥足気味に歩きながら、街へと向かって行った。
――――――――――――――――――――
俺が、真琴と《デュエル》してから二日後。
登校時に校門前でたまたま見つけた真琴は、いつものネコミミパーカーではなく、制服を着ていた。多少着崩してはいるものの、その姿は俺としても、俺以外の真琴を知っている奴らにしても意外と言わざるを得ない事だった。
俺が堪らずその場で尋ねると、真琴は、「これはケジメだから」と、それだけ言って教室へと入って行ってしまった。
「一体何だったんだ……?」
結局、真琴の意図を理解できないまま、今日の学校生活が始まった。
この学校のカリキュラムとして、一日のうち授業が六時限(授業は五十分間)、そしてその内午前の四時限目までが普通科の授業となっており、五時限目と六時限目が科目別授業となっている。
一学年の選択科目は三種類あり、そのうち二つを選択する。一つがこの前俺が近藤をぶちのめした(まあ、ぶちのめすと言うよりはぶった斬るが正解だが)「実技」の授業がある、「戦闘術科目」。そして二つ目は、神器についての歴史や、世界統一以前の世界情勢など神器とこの世界に関わる知識を付けるための「座学」教科。
そして、今日の五、六時限目にやるのが、三つ目の項目に当たる「魔術」教科である。
これは、大まかに言うと魔力についての実技と座学に関するものであり、俺が最も得意とする教科だ。
先日の試合で披露した体内の魔力操作同様、俺は魔力の扱いに他より長けていると自負している。
魔力操作において重要なのは、イメージ力だ。魔力をいかにそれらしく頭の中で形作り、それを自然に動かすイメージを作れるかによって、魔力操作の正確さが大きく変わる。
元来、人々が自らの体内を流れる血液を知覚出来ないのと同様に、魔力もまた、見る事も触る事も出来ない。
魔力が思い通りに動かせたかどうかを確認するためには、結果を見るしかないのだ。イメージの中での魔力を動かし、それによる結果によってどれだけ動かせたかを初めて知る事ができる。
つまりは、「どれだけ自分を騙せたか」によって、結果が変わるという事だ。
だから、俺を含め、俺が今まで会った魔力操作に長けた者は、ほぼ例外なくどこか「おかしい」。
それぞれが皆、性格……とか、そう表に出てる物じゃあない、もっと人間としての根本的な何かに迫るような部分が狂っているのだと思う。
そのため、魔術系統の才能を持つ者は、成果に見合った評価と名誉、そして対価をいただけるのだが、反面、そうした偏見やら差別的嗜好の対象となる事が多く、そういった理由から魔術師を目指す者はあまりいなかったりする。(それとは別に、科学的観点から魔術の研究をする魔術研究員などの職業もあるが、そちらもあまり人気の職業とは言えなかった)
それはそれとして。
「まあ、俺はそういったのとは別の理由があるんだけどな」
ともかく、今日もきっちり成果を出していかないとだな。
そして、来たる五限目。大抵の場合、五限目は魔力、魔術に関する座学で、六限目に魔力操作の測定やら実際に魔術実験をしたりする。
今日座学で習ったのは、「魔力の存在が知られた15世紀初期から現在にかけての魔具(正式名称は、魔術用媒体具)の進化と形態の傾向の変化」だ。
やはり、既に金属を多様に扱っていた時代から魔具という物は作られた始めたので、確かに程度の差はあれど、どれも理論的根拠に基づいた物となっていた。
そして、六時限目。本日行うのは、「呪符の作成」だ。ちなみに、この学校のモットーは、「神器使用認定者の輩出」が主で、単に優秀な人材を育成するというのはあくまで二の次になる。そのため、神器に直接的な関係のない魔術系統の実験や研究等はあまり推奨されていない。だからか、意識せずとも実技において魔術実験より呪符や魔力操作等に関わる物の方が回数が多いと分かる。
場所は第一特別棟の第二魔術実験室。この学校は、特別棟が本校舎及び中庭を挟んで二つに別れている。真上から見るとちょうどコの字型になる感じだ。
特別棟が二つに分けられている理由は諸説あるが、一番それらしい物は、大まかな用途が別れているからというものだ。
第一の方は、主に魔術関連の教室として使われており、第二は一般の学校にあるものと同じ設備となっている。具体的には、音楽室や、美術室、そして文化部の部室などだ。
第一特別棟は真上からみて本校舎の方を基準とした右側にある。そして俺達が授業を受ける第二魔術実験室は、四階建て校舎の内二階に位置する。
一階のほとんどが倉庫や物置のような扱いを受けているため、基本的に使われるのは二階以上だ。
生徒会で昼食を済ませた後、校内の探索も含め早めに第一特別棟へ向かった俺が、その階段を登っていると。
「お、君はこの前の……」
「ん?」
階段の先から俺を見下ろす何者かがいた。後方から射し込む陽光がまぶしく、そのせいで顔がよく見えない。だが、体の輪郭や制服のリボンが見えたので、ある程度の情報は得られた。
相手は女子だ(まあ、それは声で何となく分かったが)、しかも同じ一年生。
「誰?」
「ああ、ごめんね。私は有名人である君の事を当然の事ながら知っていたけれど、だからって君が凡人である私の事を知っている訳ではないもんね」
なんだこいつという言葉を飲み込んだ俺は、それ以上言葉を発する事なく相手の自己紹介を待った。
「私は、一年E組の
依然、なんだこいつという思いは変わらぬままだったが(むしろ強まっていたが)、俺はそれを決しておくびにも出さないよう意識した。
「そうか、よろしくな織紙。俺は────」
すると、いつの間にか目の前まで迫っていた織紙は、俺の言葉を遮るように、俺の唇に人差し指を当てた。
「知ってる。二宮 昴くんでしょ?この前のデュエルは本当に凄かったよ!」
「あ、ああ、そうか────」
「本当に……焦れったいったらなかったよ」
「!!」
急に空気感の変わった織紙に危険を感じた俺は、織紙からは視線を離さぬまま、即座に階段から飛び降りた。
「凄いね!流石の空間把握能力だよ」
「……そりゃどうも」
お互いに、膠着状態が続く。いや、この場合は、そんな緊張感のあるものではなかったか。少なくとも、相手側はそのような面持ちだ。
「いや、ここで事を構えるつもりは毛頭ないよ。闘技場以外での戦闘行為は全面的に禁止されてるしね」
「お前は、何者だ……?」
「やだなあ。だから言ってるじゃん」
俺の問いに、織紙は当初と変わらぬ笑顔で答えた。
「ただの凡人だよ」
「……」
すると、ちょうどいいタイミングで予鈴が鳴った。
「それじゃあ、またどこかでね。主人公くん!」
手をひらひらと振ると、織紙は階段を駆け上がって行った。
「何だったったんだ……アイツ」
結局、その日の間はその言葉が俺の中で消える事はなかった。
――――――――――――――――――
数日後。
朝、いつも通りルシア達に見送られ、昇降口へと差し掛かった俺は、不自然な人混みに目が行った。というか、下駄箱を過ぎた所にある少し広めの廊下にぎっしりと人が詰まっていて、渡ろうにも渡れない。
そこに集まった人々の目線の先には、ほぼ一貫して、廊下の壁に貼られた紙があった。
「ああ、そういうことね」
「おはよう、二宮君」
すると、丸眼鏡が特徴的な男子が一人、こちらへと向かって来た。確かクラスメイトだったはず。名前は忘れた。
「あ、ああおはよう。……そういえば今日だったんだな、対戦表の提示って」
「さっすが、優勝候補は余裕だね。僕なんかドキドキで夜も眠れなかったよ」
「ははは……」
クラスメイトと別れ、俺もなんとなく、対戦表へと目を向けた。
トーナメントは、全校生徒約700名を六つのブロックに分け、そこから一つのブロックにつき3位の者まで計18名が決勝トーナメントへと進める。
「俺のブロックは……と。あっ…た、けど……」
以前に、決勝トーナメントはテレビ中継されるとも言ったが、予選でも、出場生徒によって観客の数は大きく変わってくる。
そしてその中には、世界中から集まって来たどこぞのVIPも少なからずいるわけで。
つまり、何が言いたいかと言うと。
トーナメント戦は、ブロック毎に対戦ステージの特徴、特色があるということだ。そしてその特徴というのが、エンターテインメント性を重視したもので、ほぼヒャクパーそこらのお偉いさんや一般人を楽しませるためのシステムだ。
そして嫌味な事に、この対戦ブロックは、対戦表に記される事項の中でも対戦相手と同等と言える程の重要さをもつ。
六つのブロックに分かれているから、当然対戦ステージも六つに分かれているのだが、対戦ステージとしてのテーマは、大まかに三つの種類に分けられる。まず、A、Bブロックの対戦ステージは、総称して「災害ステージ」と呼ばれている。その名の通り、両ステージは自然災害に襲われた地を想定して、魔術により、それぞれAブロックは「突風、」Bブロックは「雷雨」というテーマを持っている。
Aブロック、「突風」ステージは、ただ短い草の茂った平野で、オブジェクトは何も無くただ常に強い風が吹き付けている。さらに、このステージの特徴と言えるのが、タイミングや強さ共にランダムで選手達へと吹き付ける「突風」である。その強さは、弱いものでもかなり体格のよい者でなければわずかながら体勢を崩される程度のもので、強いものだと平均的な体重の者は容易に数十メートル規模で宙に飛ばされる。体重はもちろん、体幹、バランス力などを要するステージである。
Bブロックの「雷雨」ステージの場合。
常に振り続ける豪雨は視界を奪い足元を滑り易くする。さらに、突如打ち付ける落雷は、直撃すれば一時的な
次に、C、Dブロックは、「特殊地形ステージ」と呼ばれていて、説明するまでもなく名前の通りだ。
Cブロックは、「
Dブロックだが、こちらは「雪原」がテーマのステージとなっており、辺り一面雪景色の、観客からは比較的人気度の高いステージとなっている。が、戦う側としてはこの雪が厄介でならない。
地面に約15cmも積もった雪は移動の阻害にもなり、おまけに体力も奪われる。しかし、問題は他にもある。仮想体は、通常痛覚を持ち得ないため、どれだけ滅多刺しにされようがせいぜい不快な感触を味わうだけで済むが、その他の機能は人間の身体と大した違いはない。だから寒い。物凄く寒い。さらにこの「雪原」ステージには場合によって雪が降り、酷い時には吹雪となって体力を奪われる。もはや、戦うどころの話ですらなくなってしまう程だ。実際、過去にも猛吹雪のせいで戦わずして決着がついた事もあると言う(その後、「盛り上がりがない」「そもそも画面見えない」などのクレームによりある程度は軽減されたが)。
そして、残るE、Fブロックだが、こちらは「」ステージと称され、Eブロックのテーマは、「迷路」。破壊不能の壁、床、天井でできた、幅二メートル、高さ三メートルの道が迷路のように複雑に重なり合ったステージだ。道の全てが直線で、曲がり角も全て直角だ。そのため、敵にばったり遭遇し、そのまま一触即発なんてことも容易に有り得る。というか、それがこのステージの醍醐味と言えるだろう。
そして、最後にFブロックだが、こちらは、観客から一番人気があり、同時に一番実戦に近いステージである。
テーマは「市街地」。
実在する都心部の街並みのどこか一部分を一キロメートル四方でコピーしたものが、対戦ステージとなる。ステージ内にある物なら、何を使っても良い。ただし、それらを攻撃目的で使ってはならない。最も戦略の幅が広く、最も厄介なステージだ。
ちなみに、俺の配置されたブロックは、事もあろうにそのFブロックだ。大変に面倒くさくなること間違いなしだろう。
「だけどまあ、楽しみでもあるな」
────この学校には、一体どれだけの猛者が
俺は、真琴さながらの獰猛さを秘めた笑みを浮かべた。
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