第7話

 四限目が終わり、昼食の時間となった。

 いつもは屋上や中庭でルシア特製弁当を食べるのだが、三限目からのあいにくの雨により、それは叶わなかった。

 ……それでなくても、どうせ叶う事は無かったのだが。

 《生徒会室》と書かれたプレートの付いたドアをノックすると、「はいっていいよー!」という聞き覚えの無い陽気な声が返ってきた。


「失礼します」


 そう言って中に入ると、室内には四人の男女がいた。無論、現生徒会メンバーである……と思ったのだが、先程の声の主、一人のとても高校生には見えない小柄な少女は(かろうじて幼女と言えないくらいの大きさだ)、生徒会メンバーではない……それどころか、制服すら着ていないので(少女が着ているのはどう見ても私服だ)、この学校の生徒かどうかさえ怪しい。


「来ましたね」


 そう言って出迎えてくれた(?)のは、現生徒会会長兼校内最強と噂される実力者。


「初めまして。生徒会長の三年D組木下 宗次郎きのした そうじろうと申します。ようこそ、我が生徒会へ」


「ようこそ」って事は……。


「俺の出した条件を飲んだんですか?」

「そうだとも。君が生徒会へ加入してくれる事をとても誇りに思うよ」


 そう言って両手を軽く広げる生徒会長を見るが、「やはり」と俺は心の中で呟かざるを得なかった。

 ……やっぱり、平凡だ。

 これといった個性や特徴が見当たらない。見た目やその人を纏う雰囲気などどれを取っても普通の一言に尽きる。

 これは、入学当時からも、変わらず俺が抱く生徒会長への評価だ。

 いかにも凡人で、特徴が無いのが特徴と言えそうなくらいだ。

 だからこそ、少し恐くもある。


「それでは、生徒会メンバーを紹介しよう。まずは、君も今朝会ったが改めて紹介しよう。生徒会副会長の二年B組千堂 藍歌せんどう あいかさんだ」

「どうも、二宮 昴君。貴方を歓迎致します」

「……どうも」


 今朝の件のせいで、少しばかり気まづいが、なんとか挨拶を返すと。


「…………(ジー」

「な、何ですか?」


 千堂副会長は、俺の顔を、暫くその紫紺の瞳に収めると、やがて何かを確信したようにうんと頷いた。


「あなた、ハーフですよね?」

「え……あ、はい。母親がロシア人で、父親は純日本人です」


 急な脈絡の無い話題に、少し反応が遅れた。確かに俺はハーフなのだが顔つきは断然父親似で、母親から引き継いだものなど、この髪染めを失敗したような金と黒の箇所の別れた頭髪くらいのものだ。それなのに、どうして千堂副会長は気づく事ができたのだろうか?

 果たしてその答えは、直後に本人の口から聞かされた。


「やっぱり!どことなく顔立ちがわたくしの祖母と似ていましたので、もしかしたらと思いましたが、私の勘が当たったのは珍しくて、とても嬉しいです……!」


 お、おう……何かキャラ違くね?

 両手を組み、上目遣いに端正な顔を近づけて来る千堂副会長の姿は、もしもこれがハニートラップであったなら大抵の男はまんまと引っかかるであろう破壊力を秘めていた。まあ、ハニートラップ対策に関しては天賦の才を持つと言われた俺だが、いまだにあれは褒められたのだと思えない。


「副会長の祖母も、ロシア人だったんですか」

「いえ、純日本人です!ロシア人なのは、祖父の方です」

「え、でもさっきは祖母に似ているって……」

「私の祖母は、顔だけ見ると百人中百人がロシア人と見間違うほどそっくりさんなのです」

「ああ、なるほど……」


 改めて千堂副会長の顔を見てみると、確かにどことなく外国人の雰囲気を感じさせる。

 ……まあ、それ以前にキラキラと輝く金髪のせいで全体を見ての日本人感などとうに消え失せているが。

 そして、頃合いを見計らったように、生徒会長が副会長の隣に立ついかにも快活そうな短髪の男子を前に立たせた。


「生徒会書記の、三年B組日向 将輝ひなた しょうき君だ。彼、こう見えて結構字が上手いんだよ」

「よろしくな、一年坊。ちなみに名前の方は、漢字で書くと《まさき》と間違え易いから注意しろよな」


 俺は綺麗に腰を折り挨拶を返した。


「よろしくお願いします、将輝まさき先輩」

「おい、そっちで憶えんなよ!?」

「早速からかわれてるな、将輝まさき


 俺のノリに生徒会長も加わり、将輝先輩は裏切られたとばかりに悲痛な叫びをもらした。


宗次そうじ……お前もか! 」


 宗次というのは、恐らく生徒会長の愛称だろう。

 どこかの劇で聞いた事があるような言い回しでツッコむ将輝しょうき先輩に皆が笑うと、いっそ気持ちが悪いほど丁度良いタイミングで、生徒会長が最後の一人を紹介した。


「最後は、コイツ。僕の妹であり、君と同じく一年生の木下 紅葉きのした もみじだ。来週、この学校に転入する事になっていて、入ってからは生徒会役員の中で空いてしまっていた会計の枠に入ってもらう事になっている」

「よろしくね!」


 紅葉、と呼ばれた少女は、天真爛漫と言う言葉がぴったりな笑みを振りまいた。


 …………怪しい。物凄く怪しい。

 だって、おかしいだろう。入学してまだ一学期という早い段階での転入に、明らかに十五というよわいには見えない外見。そして突如消えた元生徒会会計。


「……よろしく」


 とりあえずは、差し出した手を握る。すると。


「────────ッ!!」


「────!……へぇ、これに耐えられるんだぁ……!」


 不意に来た衝撃から転倒(というか落下)しそうになるのを、どうにか一歩足を出し耐えると、少女は恍惚の表情を声色に出していた。


「お兄ちゃん!」


 少女は振り返り、それを近くで眺めていた兄、生徒会長の方を向いた。

 当の生徒会長は、こちらも感心したように何度か頷いた。


「ああ、これは凄い。今までで百人にも登る強豪達に試して、それに耐えてみせたのは、君を含めても片手で足りる程の数しかいない。素晴らしい!」

「褒められても全然嬉しくねえよ……」


 思わず低い声で本音をもらすと、たちまち周囲から笑い声が上がった。悪ノリのレベルが壮絶すぎる……。


「今度こそ、よろしくね!スバル君!」


 少女が再び差しのべた手を握ると、俺はニヤリと口元を歪めた。

 不思議そうに小首を傾げた少女は、次の瞬間。


「……!!」


 ガクッ!……と。

 足を一歩、開いていた。

 傍から見れば、ただのそれだけだが、を仕掛けた本人おれと、それにまんまと引っ掛かった少女もみじ、そして二人に最も近い位置にいた生徒会長は、俺が何をしたかに気づいていた。


「どうしたんだよ?急に足なんか開いて。」


 わざとらしく言った俺に、少女は比喩ではなくぷくーっと頬を膨らませた。


「いぢわる」

「先に仕掛けたのはそっちだろ?」


 お互いに獰猛な笑みを浮かべる。

 俺が少女を見下ろし、少女が俺を見上げる体勢のまま睨み合っていると、日向先輩が、声を上げた。


「おいおい、今の間に一体何があったんだよ?」


 その声に、俺はニヤリといやらしい笑みを浮かべたまま、説明をした。

 

「なに、簡単な事ですよ。さっきこの娘がしてきた事を仕返ししてやっただけの事です。……まあ、俺もさすがに女の子を地面に転ばすのは気が引けたので、


 そう。先程少女が俺にやったのは、俺の意識の波長に合わせて、最も波が弱い(意識が薄い)、所で手を引っ張るという至極単純なものだ。

 対して、俺がしたのは、それを少しアレンジした物だ。少女がしたのは、最も意識の波が弱い所で手を引いた。そして俺は、そのタイミングのに仕掛けた。

 そうする事で、ギリギリ少女は反応でき、更に俺が握手している手で軽く支えた事により、少女は一歩足を横に踏み込むだけで済んだという訳だ。


「それじゃあ、仕切り直しという事で」


 最後は俺から手を差し出すと、紅葉は「にひー」と無邪気な(ように見える)笑みを浮かべた。お互いにガシッと強めに手を握る。


「それじゃあ、一通り紹介も終えた所だし、昼食にしようか」


 そして、談話を挟みつつ食事を済ませると、放課後にまた顔を出すようにとの報告(もちろん時間はかからないようにするとの事だ)と共に解散となった。


「ふうっ……」


 教室に戻り、ようやく一息ついた俺は、独り思考した。


(さっきのは危なかった……)


「さっきの」とはつまり、紅葉とのやり取りである。

 本能的にうっかりボロを出してしまった。さっきのは、幸運にも鍛えているからという言い訳で済む物ではあったが、これからもそのような危険性がまとわりつくのは間違いない。


「世の中上手く行かないもんだな……」


 今更過ぎる事を取り留めもなく呟き、俺はいつも通り机に突っ伏した。

 すると、何やら先程までとは違った雰囲気のある喧騒が聞こえてきた。


「おーい、すばる!」


 俺はビクッと肩を震わせたが、送った視線の先にいた人物に、焦りよりも不思議に思う感情が勝った。


「……真琴まこと、お前、どうしてここに!?」


俺が、(珍しくも)親しげに呼んだ人物は、こちらもフリーダムな私服姿の少女。

 俺の親戚であり、ライバルである(らしい)矢敷 真琴やしき まことがここにいる事に、俺は驚きを禁じ得なかった。


「どうして……って、僕も一応キミと同じ学年なんですが……」

「え、マジで?」


 廊下から人混みを掻き分け(というか人混みが彼女に道を開け)こちらへと歩み寄って来る真琴は、今はさすがにハルバードは抱えていないものの、あいも変わらずピンクの多い私服姿で、この学校の生徒であるなどとは考えもしなかった。


「……じゃあ、昨日はなんでボクがあんな所にいると思ったんだ?」

「えと、それはほら、エリカもあそこに居たから……」

「違和感に気が付かなかったと……」


 呆れ返る彼女に、俺は苦笑いを返すと、今更になって気づいた。


「あ、それで、ここに来たのは誰かに用事か?」

「……そう」

「それなら、俺なんかにかまってないで先に用事を済ませたらどうだ?」


 俺の良心からきた提案に、真琴は何とも言えないような顔で頷いた。


「そうだな、そうさせてもらう。……って事で、昴。ボクは君に用事があってここまで来た。今、手は空いてる?」

「ああ、なんだ。それならそうと早く言ってくれ」

「…………」


 真琴は、なんだか難しい顔でこちらを見つめてきた。

 正直なんでこんな目で見られなきゃならないのかまったくもって不本意であったが、今はそれよりも。


「それで、俺に用事ってのは?」

「ああ、それだけど……昴さ、僕と《デュエル》しない?」

「「「──────ええええ!?」」」


 俺が驚くより先に、クラスメイト達が驚きの声を上げた。……って、え!?


「はあ!?な……なんで?っつーか第一、アレの承認は物凄く難しくて俺達じゃ到底……」


 柄にもなく動揺する俺(最近は割と頻繁だが)に、真琴は含みのない純粋な微笑を浮かべると、突然ズボンのポケットをまさぐり、ある物を取り出した。

 生徒会役員と担当の教師の両方に許可をもらい、そして理事長の最終確認の後、教師監修のもと行われる正式な勝負それが《デュエル》。基本的には年中いつでも申請が可能で(ただし、テスト期間中や長期休暇中においては例外だ)、主に昼休憩中もしくは放課後に行われる(大抵は放課後だ)。

 本来なら、いくら昼休憩や放課後になっても、部活動等の練習の邪魔になるためそう簡単に授業以外での闘技場を使った実戦練習はできないため、正式に練習試合の場を設ける事ができる《デュエル》は利用者が絶えない……はずだったのだが、その申請を承認する項目がかなりの難関で、しかも学校側が認定した正式な勝負という事なので、勝敗が成績に関わってしまうのだ。それに加えて毎回物凄い数の野次馬目的の生徒が集まってくるとなれば、自然と利用数は少なくなる。

 頻度といえば、二、三ヶ月に一回行われるかどうかといった所だ。

 バンッと手が痺れそうな勢いで真琴が机に叩きつけたのは書き込みの終えた《デュエル》申請書であった。しかも、既に印鑑は押してある。


「これで文句は無いだろ?」

「な……!」


 先程言った承認する項目とは、つまりは「普段どれだけ礼儀正しい学校生活を送り、どれだけの高成績を収めているか」というものだ。

 間違っても、こんな普段から派手な私服姿で学校生活を送るような奴が承認してもらえるはずがない……。

 しかし、どんな手段を取ったにしろ、実際問題彼女はこうして押印を貰って来た。────それならば、彼女の心意気に答えて然るべきだろう。


「……はあ、分かったよ。その代わり、一回勝負だし、どっちが負けても文句は無しだからな」

「決まってんじゃん♪」


「じゃあ、放課後ね」と上機嫌に去って行った真琴を複雑な表情で見送った俺は、三度みたび席に着くと、ある事に気づいた。


「……あ、生徒会」


 すっかり忘れていた。そうだ、生徒会からも放課後に招集をかけられていたのだった。

 ……どうしようか。

 どちらも、到底無視できるような案件じゃない事は明らかだ。

 ……方や、親戚でもあり友人でもある真琴が、おのがプライドを賭けて申し込んだ正当な勝負。そしてもう片方は、これから生徒会との、及び学校内での活動を円満に行うための重要なイベントだ。

────────いや、まあ、答えはとっくに決まっているんだけどな。


「男に二言は無い……そうだろ?俺」


 自分の頬を叩いた音で、クラスメイトが何人か不審げな視線を向けてきたが、それはこの際気にしないでおこう。



 そして放課後、俺は闘技場へと向かった。先程の二択はさほど悩むことでもなかった。単純にどちらが重要かを考えれば、自ずと結果は出るだろう。

 闘技場館内のフィールドは、八つに分かれている。横に並べられたそれぞれのフィールドとの合間あいまに通路が設置されており、しかもフィールド四つごとに西館と東館で分かれ、その間には広い通路が広がっている。ランク戦など一般客が集う場合などには、そこでは売店や催し物などが行われ、まるでお祭り騒ぎのような賑わいを見せる。

 フィールド内へと入るためには、外部に設置された入り口もしくは観客席の中間地点に設けられた通路、そして闘技場内に点在するエレベーターからのみ専用の通路へと入る事ができる。

 俺は、観客席側の通路を使おうとしていた。

 真琴は既に定位置にて、俺の登場を心待ちにしているようだ。ハルバードの頭頂部の刃を地面に突き立て静かに俺を待つ姿とその表情には、まるでこれからジェットコースターにでも乗ろうとしているかのような緊張感と焦燥感が混じったワクワクとした感情がありありと伝わってきた。

 別に声を掛ける事などはせず、そのまま通路へ入った俺は、フィールド前にした扉の側で、意外な人物に遭遇することとなった。


「生徒会長……来たんですね」

「やあ。……初日でいきなりサボタージュとはなかなかにいい度胸だと思ったら、まさかこんな事になっているとは」


 実に愉しそうな笑みを抑えたまま、生徒会長は(いかにも純粋そうな)笑顔で言った。


「すみません。このお詫びは後日改めてしますんで、今は行かせて貰えないですか」


 俺がそういった言い回しをしたのは、生徒会長がフィールドへ続く扉を塞ぐようにして立っていたからだ。


「いやいや、僕は何も君を止めるべくして来た訳ではないんだよ?ただ、君の試合を間近で観ておきたくてね」

「……扉を閉めるにしても、そこだと流石に危険じゃないかと」

「もし君達がこの扉を突き破る程の戦いをしたなら、客席で観ている方がいっそう危険だろう」


 そう言って生徒会長が叩いた扉は、世界一硬い金属と呼ばれるタングステンを使っており、その中心部からくり抜いたように存在するガラス窓は、防弾、防刃はもちろん、耐熱やその他危険な化学合成物質にすらも耐えのける超高性能ガラスでできており、確かにこの扉を破壊してのける程の威力を持った一撃なら、その上方にある剥き出しの観客席の方が何倍もその衝撃を強く受けるだろう。(ランク戦など一般人も観客として来席する場合は、魔術結界によりこの扉よりも強固な防護壁がなされるであろう。……だが、今回はイベントでもなければ観客は普段から訓練された生徒達のみという事で、実力のある術師が何人も必要になる魔術結界は貼られていないのだ)


「分かりました……でも、知りませんよ?」

「今更、何を心配する事があるんだい?」

「……アイツの本気は、あまり間近で視ない方がいいと思うんですけどね……」

「……何故か、聞いてもいいかな?」

「アイツの殺気にあてられると、精神の弱い奴は壊れてしまいかねない。まあ、あんたならそこまで酷くはならないにしても……扉じゃ殺気は防げませんしね」


 俺の言葉に、いつもの余裕を感じさせる笑みをわずかに強ばらせながら、尚も会長は言った。


「それじゃあ、心して観覧させていただくとするよ」

「はあ、本当にどうなっても知りませんからね」


 俺がため息混じりに呆れ声で言うと、生徒会長は。


「ははは、まあ大丈夫さ。それに……君はに耐えられるのだろう?」


 道を退き壁にもたれかかると、意味ありげな視線で問いかけてきた生徒会長は、恐らく俺が「強い人間」だから、きっと耐えてみせるのだろうという期待を込めて言ったのだろうが、……残念ながら俺はその期待に応えられる程精神が強いわけではない。


「無理ですよ、あんな化け物みたいな凶暴な殺気に耐えるのは、俺なんかが数年数十年鍛えたところでどうにもなりません」


 俺は、開けた道を歩き、扉を開く。映画館のような少し薄暗い通路に差し込める照明の強い明かりに、軽く目を細めながら、俺は生徒会長に言った。


「だから、俺はひょろりと現実逃避するかわすだけです」


観客席の野次馬達に文字通りの野次や、中には声援を浴びせられながら、俺はフィールドへと一歩踏み出した。







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