異世界転移したけど主人公がニコチン中毒すぎる
「異世界の勇者よ来たれ!」
魔術師の少女が魔方陣に塩を振り掛ける。彼女は古代の魔術書を発掘し、幻の召還魔法を行っていた。
いまや、この世界は危機に瀕していた。突如地の底から復活した魔王により、人間たちは駆逐されていた。強大な筋力を持つ魔王軍は貧弱な筋肉しかない人間を圧倒し、奴隷や食用肉にしていたからだ。魔王軍は筋力だけでなく魔力にも優れていた。地の底という過酷な環境に何万年も住んでいるうちに高い魔力を持つ者だけが進化してきたのだ。魔物たちは息をするように魔法を使う、一方、人間は三十年勉強してやっと箒で空を飛ぶのがせいいっぱいだ。筋力と魔力で人間を圧倒する魔王軍は、知力でも人間を圧倒した。魔物たちの学校では、三歳で相対性理論をマスターし、四歳で量子論を学習し、五歳でその二つを統合する。一方、人間たちはアリストテレスのレベルにも達していない。圧倒的な筋力と魔力と科学力を使った複合兵器に人間たちが勝てるわけが無かった。
しかし、唯一の対抗手段があった。それがこの魔術書。魔王を封印したという古代の伝説の魔法使いが後世に残したものだ。語られるところでは、異世界からとてつもないパワーを持った勇者がやってきて魔王軍をバッタバッタと撃ち滅ぼしてくれるらしい。なんともお得な魔術書だ。少女は人間の命運をかけて異世界の勇者を召還しようとしていたのだ。
「マジカル! トロピカル! カルシウム!」
これが呪文である。
ポン! と音がして、魔方陣の周りが煙で覆われた。かいだことのない臭いがあたりに立ち込める。非常に気持ちが悪い臭いだ。吐き気がする。少女はおもわずむせてしまった。
煙が通り過ぎた後、魔方陣の上には一人の男が立っていた。
「よく来てくれました、あなたが勇者ですね」
少女は言う。不健康そうな男だった。肌が全体的に黒ずんでおり、歯も黄色い。手は小刻みに震えている。白い小さな棒のようなものから煙を出している。少女は知らなかったが、それはタバコという薬物である。
「え? 僕が勇者? 驚いたのでちょっと一服」
男は箱からタバコを出して口にくわえた。二本くわえである。
「おい! おまえら! なにをやっている! 魔法を使うなら事前申請しろ!」
オークの警察官がやってきた。少女を乱暴に拘束する。
「わあー、オークだ。本当にいるんだなあ、記念にもう一服しよう」
男はタバコを取り出して、火をつけて、口の中に放り込む。三本のタバコの煙を吸うと、口と鼻から副流煙をたっぷりと噴出した。男の副流煙を、オークはもろに喰らう。
「げほっ、げほっ! なんだこの煙は!?」
オークは咳を繰り返し、胸を叩いて苦しむ。
「貴様! よくも! スーパーアルティメットストロンゲストユニバーサルメテオデストロイヤーバースト!」
オークはスーパーアルティメットストロンゲストユニバーサルメテオデストロイヤーバーストを放ったが、タバコの煙で涙が出て手元が狂い、ターゲットに当てることができない。男はスーパーアルティメットストロンゲストユニバーサルメテオデストロイヤーバーストをやすやすと避けて、オークに煙をぶっかける。
「ぐわわわぁぁぁ! 苦しい! やめてくれ! 降参だ!」
オークは涙を流して命乞いをする。
「なんで泣いてるの? あ、タバコ欲しいの?」
男は無情にも、オークの口に火がついたタバコを押し込む。
「ぐわああああ! ゲロゲロゲロゲロゲロ!」
究極まで気持ち悪くなったオークは吐いてしまう。男は倒れたオークに煙をかけ続ける。オークは痙攣しはじめ、いつしか動かなくなった。
「さすがです! 勇者様! どのような魔法を使ったのですか?」
「魔法? まあ、ある意味魔法だね、スカーとするから君も試してみようよ」
男は少女にタバコを渡した。
「あー、ほんとに気持ちいいですねー。頭の中が軽くなりますー」
ぷはぁーと少女は副流煙を口から出す。どんどんと、ニコチンがなければやっていけない身体に作り変っていく。
「これはタバコっていうんだ。頭を冴えさせてストレスを減らしてくれる魔法さ」
「その上、魔物を退治できるとは、すばらしいですね」
少女はうっとりとタバコに見とれる。
「だけど、あと五箱しか持って来てないな」
「ええっ!? ダメじゃないですか!?」
「大丈夫、タバコの種があるよ」
日本では非認可のタバコ製造は禁止されているが、タバコの栽培自体は違法ではないため種の入手は簡単だ。もっとも、男はベランダで栽培したものを材料に密造し、葉巻タバコを楽しんでいたのだが。
その後、男と少女は協力してタバコ畑を作っていった。タバコ畑は魔物からのシールドとなった。魔物は極度に健康的でニコチンが大の苦手だったのだ。タバコ畑は徐々に拡大し、魔物は少しづつ駆逐されていった。男のやり方に異議を唱える女剣士や王妃もいたが、タバコを与えるとニコチン中毒になり大人しくなった。
そして、召還から一年後、魔王軍と人間軍との全面戦争が始まった。強力な魔法や科学兵器を武器とする魔王軍に対して、人間軍の武器はタバコだけだ。だが効果があった。全国民がタバコをくわえて副流煙を吐き出しながら魔物に迫っただけで、屈強なオークやゴブリンやダークエルフは涙を流して降参した。魔王はニコチンの臭いに耐えられなくなり自ら命を絶った。
こうして、異世界からやってきた男は救世主として称えられた。巨大な銅像ができ、何百人もの女を従えるハーレムを作った。
しかし、その二年後肺がんで死んだ。
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